競泳界のエース・瀬戸大也がとにかくポジティブな理由【東京五輪の現場から①】

54年ぶりに東京に五輪が戻ってくる2020年。本連載では、オリンピック担当として東京五輪に向けた取材を続けるスポーツニッポン・木本新也記者が現場の'生の声'を届ける。メダルを目指す選手のスペシャルな思考や、大会開催の舞台裏とは――。第1回は、競泳界のエース瀬戸大也のとにかくポジティブな思考について。


父の影響を受け、超ポジティブな性格に  

大一番を終えると、いつもかけられる言葉がある。2016年リオデジャネイロ五輪で3位に終わり悔しくてたまらない時も、'12年日本選手権で2位以内に入れずにロンドン五輪出場権を逃した時も、昨年7月の世界選手権で2冠を達成して200mと400mの個人メドレーで東京五輪出場が内定した時も、同じ言葉だった。

「良かったじゃん」

良い成績が出た時はもちろん、不本意な結果でも必ず今後の成長の糧となる。短い言葉だが、次の1歩を踏み出すための勇気をもらえるフレーズ。競泳男子のエース瀬戸大也(25=ANA)は競技人生の節目で、父・幹也さんからの前向きな一言に背中を押されてきた。

母・一美さんは証言する。「主人がすごくプラス思考なんです。もし、リオ五輪で金メダルを獲っていたら、満足してしまい東京五輪で金メダルを獲ると強く思えなかったかもしれない。だから"良かったじゃん"なんです。大也も小さい時から"プラス思考の発言をするように"と呪文のように唱えられていたので、主人の影響を100%受けていますね」

父の影響を受け、瀬戸も超ポジティブな性格に育った。話を聞いていると、驚かされることが多々ある。

昨夏の世界選手権では故障者が出たため、レース前日に急遽男子800mリレーの出場を打診された。既に200mバタフライで銀、200m個人メドレーで金メダルを獲得していたが、2日後に本命種目の400m個人メドレーを残す張り詰めた状況。過密日程の中、貴重な調整日が減ることになるが「験担ぎだと思って泳ぎます」と快諾した。'13年バルセロナ大会、'15年カザン大会と過去2度の世界選手権で800mリレー出場後の400m個人メドレーで優勝した経験があり、むしろ歓迎していたという。

財布をなくしても……

昨年12月。米ラスベガス遠征から帰国の際にはサンフランシスコでの乗り継ぎが10分しかなかった。空港内を全力疾走。滑り込みで搭乗するも、預けていたスーツケースは間に合わずに後日到着となったが「荷物がないと移動が楽でいいですね」と笑顔で羽田空港を後にした。

東京五輪の試合会場となる東京アクアティクスセンターでレースをする機会が本番までに4月の日本選手権の1度しかないことに言及した時は「なんで使えないのか、理解できない。せっかく東京でやるのに強みがまったくない」と指摘。珍しく不満を口にしたかと思ったが「でも、本番まで1回だけの日本選手権で良いイメージで泳げれば、そのまま五輪に行ける。逆にポジティブにとらえたい。何回か泳ぐとこけたりもするので」と結局は前向きな言葉で締めた。

「財布をなくしたら?」の質問には「新しいものが買えるからラッキーだと思う」と返答する。この正月は蟹しゃぶを食べ過ぎて少し太ったことを明かし「7月までのエネルギーを貯められた」。ポジティブ発言は枚挙にいとまがない。

元飛び込み選手の優佳夫人は「失敗したりイライラしている時は"これも勉強だよ"と声をかけてくれる。何かをなくしたら"新しいものが買えるじゃん"と言ってくれる。旦那さんのお父さんがそういう言葉をかけるのが上手いので、ご両親の育て方が影響していると思う。自分の子供もこういう風に育ってほしいと思ったことも結婚した理由の一つです」と明かす。持ち前の前向きさが、伴侶を射止めた一因にもなっていた。

昨夏の世界選手権で獲得した2つの金メダルはクローゼットの奥に仕舞っている。いつも目の届く場所に置いてあるのは、'16年リオデジャネイロ五輪の銅メダルだ。「リオの銅メダルは見たり触ったりしています。世界選手権の金メダルはまったく見ないですね」。出場を逃した12年ロンドンを含めれば、自身3度目の五輪へのチャレンジ。自国開催の真夏の祭典後にかけられる「良かったじゃん」には、どんな意味が込められることになるだろうか。

Text=木本新也 Photograph=gettyimages