【楢﨑正剛インタビュー】今後、指導者への道を歩むのか?

2018年シーズンを持って現役を引退した楢﨑正剛。引退後は名古屋グランパスのスペシャルフェローという任について、幅広い活動を行っている彼に単独インタビューを行った。【最終回】


GKコーチのマザロッピから多くを学んだ

ここ数年Jリーグでは、韓国人をはじめとした外国人GKがスタメンを務めるクラブが急増していた。昨シーズンまで外国人選手枠とは別枠のアジア枠があったことも大きいが、同じアジア人であっても、身体が大きく、身体能力の高い韓国人GKが重宝されたと考えられる。しかし、近年、日本代表のシュミット・ダニエル(ベルギー/シントドイエン)をはじめ、若い世代には、外国人の両親を持つ大型のGKが数多く登場している。190センチ代の選手も多く、高い潜在能力を秘めていると期待を集めている。

「ユース世代の選手を見ていると、日本人選手の可能性は感じます。ただ、GKのポジションはひとつしかないので、プロになって18歳、19歳の頃に試合で経験を積めるようになることが大事だと思います。ただ若いからチャンスを与えるというわけではなく、チャンスをもらうべき選手じゃないといけないし、それを活かせる選手でないとダメだという前提はあるけれど」

昨年シーズン限りで現役を引退した楢﨑正剛は、そう語った。

彼自身、奈良育英高校を卒業後、横浜フリューゲルスに加入した。その直後、正GKが長期出場停止処分を受けたことで、出番が回ってきた。

「僕自身はプロに入ってすぐチャンスをもらえた。当時はただただ必死だった。でも、その経験というのは非常に大きいものになりました」

フリューゲルスの活躍が、日本代表入りに繋がったことはいうまでもない。そんな若いGKを支えたのがブラジル人GKコーチのマザロッピだった。

「マザロッピからはたくさんのことを学びました。大きいなと思うのは、彼の経験値を共有できたことです。そのとき、僕が対峙している課題や現実を、マザロッピは現役時代にすでに経験しているので、その対処法も僕の気持ちも理解してくれていました。彼との会話によって、落ち着いたり、解決策が見いだせたりということが何度もありました。試合で起こりうること、乗り越えなくちゃいけない壁を指摘するうえで、経験した人の言葉は説得力があると思いました。だから、僕は自分が経験させてもらったことを、今度は選手世代にフィードバックしていかなければいけないと思うんです」

では、今後、指導者への道を歩むのだろうか?

はっきりとした回答は得られなかった。

楢﨑は現役時代に膝を患い、引退を決意した理由にはそれもあるが、キーパー練習でキッカーを務めることの多いGKコーチの仕事に支障があるわけではない。GKコーチだけでなく、監督という選択肢も残されている。それを言えば、楢﨑がサッカー界に関わる仕事は指導者に限らない。Jリーグが発足して20年が過ぎ、引退した選手たちの活躍の場も多岐に広がっている。指導者を目指すものは多いが、チームを組織するゼネラルマネージャーやクラブ経営など、元Jリーガーたちがサッカー界を引っ張っている。

「現役時代、(引退したあとの)セカンドキャリアについて、何をしたいかとか、イメージを持つことがまったくなかったんです。正直、引退を決意したあと、『じゃあどうするか?』という感じでした。今は名古屋グランパスのスペシャルフェローという肩書きを頂いているけれど、不安は不安です(笑)。でも、現役時代も常に不安で、そうやって歩いてきたので。たまにキーパー教室だったり、サッカースクールをやらせていただくんです。キーパーをやったことのない子どもたちが、『新鮮で楽しかった』と言ってくれるとすごくうれしいですね。小さなことかもしれないけれど、やり甲斐は感じますね。ダイレクトに伝わってくる楽しさがあります。GKは本当に素晴らしい仕事だと思います。まあ、現役時代を振り返ったとき僕の満足度は2割5分でしたけど(笑)」

楢﨑が蒔いた種がどう花開くかはわからない。それでも地道な普及活動がGKというポジションの価値向上に繋がっていくはずだ。

毎試合毎試合、大きなプレッシャーを背負い戦ってきた。クラブとの契約期間には限りもある。思わぬ怪我もあるだろう。先を見据えて逆算するタイプの選手は多いが、楢﨑は現役時代から逆算するタイプではなかったという。

「これからもそれは変わらないと思います。こつこつと今を生きる。不器用なんで(笑)。

今、いろんな人に求められて、さまざまな仕事ができているのは、本当にありがたいし、これからもそうありたいと思います。そのなかで、自分の才能を見つけたいですね」

足元を見ながら、やるべき仕事と出会い、自身の道を歩んでいくに違いない。

終わり


SEIGO NARAZAKI

1976年奈良県生まれ。1995年に横浜フリューゲルスに入団。1999年に名古屋グランパスに移籍。J1リーグ歴代最多631試合出場。国際Aマッチ77試合出場。2018年シーズンをもって現役を引退。2019年、名古屋グランパスのクラブスペシャルフェローに就任。


Text=寺野典子