「奇跡のリンゴ」木村秋則 改革は地方から。日本が世界に誇れる自然栽培の潮流とは?滝川クリステル いま、一番気になる仕事

農薬も肥料も使わず、世界初の自然栽培でつくられた「奇跡のリンゴ」で有名となった木村さん。異常気象、環境汚染など世界的に不安定な状況が続くなか、“目に見えない大切なこと”を今、改めて見つめようと提唱するその心の内にある熱い思いに迫る。

自然栽培がもたらす農業ルネサンス

滝川 以前COP10(生物多様性条約第10回締約国会議)関連のイベントでお会いしてから、もう5年近くが経つんですね。最近、また新たな挑戦をされていると聞いて、ぜひお話をうかがいたいと思っていました。

木村 私は馴れ馴れしいから、一度会ったらもう友達だ(笑)。今日は『GOETHE』の対談っていうから、以前ドイツのケルンに行った時のことを思い出してた。呼ばれていってスピーチしたあと、ゲーテ記念館で、一般非公開のゲーテ自筆の日記を見せてもらったのよ。スタッフの人が「木村さんの話と同じことが書いてあるから、特別に」と案内してくれて。

滝川 どんな言葉が書かれていたんですか?

木村 「雑草を植えなさい、大豆を植えなさい、麦を植えなさい」。それを繰り返せば永久に食は続きます、というようなことが書いてあった。ゲーテは詩だけでなく、農学にも詳しかったのだろうな。私がたくさんのリンゴの木を枯らし、死を覚悟してやっと気づいたことが、さらっと書いてあったよ(笑)。

滝川 雑草を生やして、大豆を植える……。本当、木村さんのリンゴ栽培と同じプロセスですね。きっとゲーテも、人間がどうあるべきかという、すべてのことに考えを巡らせていたのでしょうね。

木村 人間だって自然の一部。みんなつながっているからな。森では、肥料も農薬もなくても果樹が実る。誰も、草刈りをしないし除草剤もまかないのにな。それは自然のサイクルでいえば当たり前のことなんだけれども、今は環境が変わりすぎて、当たり前のことをやるのが難しい。

滝川 木村さんは1970年代から自然栽培を手がけてこられ、約10年かけて絶対不可能と言われた完全無農薬のリンゴ栽培に成功しました。今でこそ無農薬という言葉は一般的になりましたが、当時、農薬も肥料も使わない栽培法は常識的とはいえず、批判も多かったとか。

木村 あはは、批判というかな、気が狂ったと思われてたろうね。800本のリンゴの木が枯れていくのに、ただ放置していると。

滝川 それが今は、農協とも一緒にタッグを組んで、全国で自然栽培を広めていらっしゃる。

木村 リンゴはまだ難しいけれども、コメは、岡山県、石川県で農協が中心になってやっているよ。2015年で4年目と5年目のところがあるけど、みんな、やってよかったって言ってる。自然栽培は農薬も化学肥料も使わないから、経費かからないからね。いずれ技術があがってもっと収穫量が増えたら、価格も安く提供できるようになるんじゃないかと期待してるんだ。

滝川 その技術を教えるために、木村さんは畑仕事の合間に全国をまわり、支援を求める各地の生産者にアドバイスをされてきました。2014年からは北海道余市郡の仁木(にき)農場で、学校(HOKKAIDO木村秋則自然栽培農学校)も始められたんですよね。

木村 もう65歳だからね、これからは若い人に広めてもらおうと思って始めたの。自分とこの農地を拡大するだけでなく、卒業したら指導者になれるようなシステムを取ろうとしてるんだわ。でも卒業生は自分の畑に夢中になってしまって、なかなか先生になってくれない(笑)。

滝川 でも、現場レベルでどんどん、木村式の栽培法が広まっているんですね。頼もしいです。

木村 方法といっても、いかに自然の手助けをして、その恵みを分けてもらうか。それだけのことなんだ。主役はリンゴの木であり、稲であり、決して人間じゃない。このやり方に賛同してくださるのは、ずいぶん若い方が多いよ。そう思うと、日本の農業は捨てたもんじゃないと私は思うな。あとさ、数年前から青森県の地方銀行による農家向けの融資が活発になってきてるの。農家を救うにはこれしか方法ないんじゃないかといって。

滝川 木村式自然栽培法に挑戦した人にも、お金を融資してくれるということですか?

木村 そう。土の改良から始めるわけだから、どうしても時間がかかる。極めて低金利の融資で、収穫量があがってきたら、少しずつ返済すればいいと。同じような試みが今度、九州でも始まるんですよ。

滝川 前回お会いしてから、ずいぶん大きな変化が起こっているんですね。

木村 改革はよ、地方からさ(笑)。それで5年後のオリンピックでは、東京に来た人たちに向けて、日本でしかつくれないような、おいしい食材を食べてもらえたらいいよな。私はそれが本当の「おもてなし」だと思うよ。人間にとって“食”って一番身近で大切なことだからさ。

滝川 木村さんのおっしゃる農業ルネサンスは、質のよい生産物を、国内外に向けて広く普及していけるプラットフォーム作りですよね? それが実現したら、自給率100%も夢ではないということでしょうか。

木村 それは難しい。国を維持するうえでは、他国との関係において輸入も必要でしょう。自給率は上がってもせいぜい6割かなと私は思うけどな。でも今度はよ、TPPで海外輸出が自由になるわけだ。日本にしかないもの、より付加価値のあるものを海外に輸出できるようになるわけだから、農家にとってチャンスと思うんだよ。今まで国に甘やかされてた分の、膿(うみ)は出さねばならないだろうけども。

滝川 木村さんのリンゴは今、輸出されているんですか?

木村 いや、できないの。植物防疫法で。

滝川 えっ、そうなんですか。

木村 リンゴの輸出自体はできるよ。ただ自然栽培のやり方だと、ひっかかるのさ。でもこれも、そのうちなんとかしたいと思ってます。この前、愛媛大学で調べてもらったんだけど、私のリンゴの表面には菌がいないんだと。理由はわからないけど。

滝川 不思議です。でも、だから腐らないんですね。

木村 そのあたりをきちんと主張して、なんとか世界に出したいよな。まあ今、リンゴ農家はどこも厳しいよ。品種改良をしすぎたせいで、なにしろ手がかかる。一度失敗したら3年は花もつけない。台風が来たら終わり。そこまでして実をつけても、嗜好品だから価格の乱高下も激しいしな、株と一緒さ。従来のやり方で農薬を使っていた農家でも、半数がリンゴから手を引いた。経営難から、最悪の道を選んだ人が何人もいる。

滝川 そうでしたか……。

木村 だから青森でも、桃や梨やぶどうはバンバン教えるけど、リンゴはあまり教えないの。私と同じ苦しみを、誰にも味わってほしくないから。独占してるわけじゃないんよ(笑)。

滝川 畑の土を、森と同じような自然な状態に戻すだけでも、数年単位ですものね。

呼ばれればどこにでも指導へ 「自然栽培は土つくりに時間は要するけれど、誰もができる栽培で奇跡ではない」として、現在も国内外問わず、自身の経験を語り歩く。木村さんの活動や、HOKKAIDO木村秋則自然栽培農学校について、詳しくは http://www.ak-hokkaido.jp まで。

木村 森の果樹がたわわに実をつけるのは、自然のままの土にたくさんの目に見えない微生物がいるおかげさ。雑草が必要な理由も、その根に特有の微生物がいるからだと、最近やっと研究でわかってきた。

滝川 私のブログのタイトル「目に見えない大切なこと」っていうんですよ。『星の王子さま』が昔から大好きで、そこから言葉をもらったんですけれど。生物多様性について取材を続けるようになってから、本当に、あらゆることがつながっているんだと感じる毎日です。

木村 1gの土に、1億近くのバクテリアが生きてるといわれてる。カネにならないから全然注目されなかったけど、本当に人間を、自然を支えているのは、目に見えないものだよな。

Akinori Kimura1949年青森県出身。偶然手にした自然農法の本に感銘を受け、20代後半から自然栽培を開始。約10年かけて無農薬・無肥料のリンゴ栽培を成功させ、さまざまな農産物において自然栽培のメソッドを確立。ベストセラーとなった『奇跡のリンゴ』(幻冬舎文庫)は2013年に映画化された。

Text=藤崎美穂 Photograph=古谷利幸 Styling=吉永 希 Hair & Make-up=野田智子 撮影協力=日本民藝館
*本記事の内容は15年5月取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい。
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滝川クリステル
滝川クリステル
Christel Takigawa 1977年フランス生まれ。WWFジャパン 顧問。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 顧問。一般財団法人クリステル・ヴィ・アンサンブル代表。現在、『教えてもらう前と後』(TBS系)でMCを務める。2018年、2度目となるフランス国家功労勲章「シュヴァリエ」を受章。インスタグラム:@christeltakigawa
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