トランプ人気は本物か? 元NHKスクープ記者 立岩陽一郎のLIFE SHIFT 第13回

これまで華々しい実績を残してきたNHKを49歳にして去り、その翌日単身渡米、巨大エリートメディアを去った一人のジャーナリストによるエッセイ。第13回目は、トランプ大統領の現状と今後について現地アメリカよりリアルな声をレポート。


なぜ司法長官は解任されたのか

11月7日の午前9時にフロリダのタンパをアメリカン航空で出た。昨夜の中継は毎日放送とニコニコ動画。1人ですべてをこなす中継だったが、日本側の反応は悪いものではなかった。

後で耳にした話だが、毎日放送に関して言えば、同じ時間帯に他局が総力を挙げて放送したアメリカ中間選挙特番を視聴率で上回ったらしい……勿論、たまたまかもしれないが。

と、中継の話はさておき、中間選挙の結果は既にこの時点で出ている。日本の参議院にあたる上院ではトランプの共和党が過半数を維持し、日本の衆議院にあたる下院では逆に民主党が過半数を奪還。

さて、それをどう見たらよいのか。それを考える上で不可欠なのが首都ワシントンでの取材だ。そうこうしていると、機長のアナウンスが入った。

「暫くするとCIAが眼下に見えます。その後はペンタゴン(国防総省)と続きます。ようこそ、我が国の首都へ」

私は飛行機に乗る時は通路側と決めているのだが、隣の真ん中席に人がいなかったこともあり窓側に座る客の横からCIAの敷地が見えた。地名から「ラングレー」と称される世界最大の情報機関だ。

ご存知、アメリカの首都ワシントンは極めて小さい。当然、その中に政府機関すべてはおさまりきらない。だから、巨大な施設を必要とする機関は隣接するバージニア州やメリーランド州に置かれている。このCIAはその代表格だ。今は首都の中心部に鎮座しているFBIも手狭故、近くどちらかの州に移ることになっている。

飛行機はCIAを過ぎてペンタゴンにさしかかった。国防総省をそう呼ぶのは、建物の形状が五角形となっているが故だが、その結果、CIAとは逆にその周辺がペンタゴン・シティーと呼ばれるようになっている。近くには巨大ショッピング・モールも出来ており、週末には家族連れでにぎわう。

ペンタゴンを過ぎれば、すぐにロナルド・レーガン空港だ。党派を超えて今も人気の大統領の名を冠したこの空港は、その機能性から極めて利便性が高い。地下鉄で都市部と20分ほどで結んでくれている。

空港に着くと、地下鉄で中心部に向かった。ファラガットノース駅で降りる。政治の街ワシントンにあって、この駅の周辺こそがまさに政治の中心と言ってよい。南に徒歩数分でホワイトハウスがある。駅前を通るストリート沿いにはロビイストの事務所が並ぶ。ワシントン・ポスト紙の本社もある。

そこにトランプ大統領の追及で知られる雑誌社「マザー・ジョーンズ誌」のワシントン支局もある。先ずはそこで名物支局長のデビッド・コーンに話を聞く予定だったが、まだ時間がある。店でコーヒーでも買おう……と並んでいると、後ろの女性が、「荷物、お持ちしましょうか?」と。

振り向くと、ウォールストリート・ジャーナルのケイト・デビッドソン記者の美しい顔が笑っている。

「ラスから聞いていたわ。でも、ここで会えるなんてすごい偶然ね」

「ケイト、会えて偶然だね。嬉しいよ。これからラスのところに行くんだけど、時間があったのでコーヒーブレイクさ」

ラスとはマザー・ジョーンズ誌記者のラス・チョーマ。ケイトはラスの奥様だ。ウォールストリート・ジャーナルで財務省や中央銀行的な役割のFRB=米連邦準備制度理事会を取材している。年間最優秀ビジネス記者にも輝いた凄腕だが、私にとっては親友の美しい妻であり、一人息子のレオの優しい母親だ。

「ヨイ、知っていると思うけど、ジェフ・セッションズが解任されたわ」

ジェフ・セッションズ。司法長官だ。

「セッションズが? 予想はしていたが、随分と早い動きだね」

「中間選挙の結果を見て直ぐとは、トランプもかなり焦っているんじゃないかしら」

説明しよう。セッションズは共和党で最も早くトランプを支持したアラバマ選出の上院議員だった。つまり二人は盟友だった。

その最も信頼できる人物を司法長官に任命したのには、恐らく自身が抱える様々なスキャンダルへの対応からだった……とはトランプの支持者でさえ思っている。その最たるものが、FBIが捜査しているロシア疑惑であることも、恐らく誰もが同意するだろう。司法長官はFBIを指揮する立場だからだ。

ところが、トランプの思惑は外れる。セッションズ本人が駐米ロシア大使と接触していたことを隠していたことが暴露され、FBIの捜査に関与しないことを宣言せざるを得なくなる。セッションズからすれば仕方ない話だが、トランプは許せない。

「お前みたいな役に立たない人間を司法長官にそえてやったのは、捜査を止めるためだ。それができないなんて、なんてこった」……とまでは言っていないが、それに近いことを言っている。

だから、セッションズの解任、つまり司法長官を交代させるのは時間の問題とは見られていた。

「ただ、それを選挙結果が出た直後に行うとは誰も想像していなかったわ」

ケイトは言った。彼女から首都の官庁街で流れている噂話などを教わり、マザー・ジョーンズ ワシントン支局へ向かった。

そこではラスが迎えてくれた。

「支局が移転したんだ?」

「ああ、セキュリティーの厳しいところに移る必要があったんだ。とにかく、よく来たね。さっきケイトに会ったんだね。彼女からメッセージが入っていたよ」

10人余りの記者が大部屋で忙しそうにしている。このマザー・ジョーンズ ワシントン支局はトランプ大統領の疑惑の追及をどこよりも早く、そして深く行ったとして2017年の全米雑誌協会賞を受賞している。

そのリーダーが支局長のデビッド・コーンだ。見渡すと、彼は端のソファーで横になって電話をしている。そのラフな感じが格好いい。

デビッド・コーン支局長

40年余りにわたってアメリカ政治のスキャンダルを暴いてきたコーンは、トランプ大統領をめぐるスキャンダルでも発言が引用される。今、まさにトランプ大統領が司法長官を解任したことについてコメントを求められている最中だった。

ラスに支局長室を案内され、そこでラスから最新の動きを聞いた。やはり、自身に向けられた捜査をトランプ大統領が潰しに出たということの様だ。

「セッションズ司法長官では、モラー特別検察官の捜査を止めるのは無理だと判断したのだろう」

「しかし、それは司法妨害じゃないか」

「そうとも言えるが、大統領の権限のひとつである閣僚の交代とも言える」

「ロシア疑惑の捜査はどうなる?」

「影響は何とも言えない。コーンなら何か知っているかもしれない」

そうこうしているうちに、コーンが支局長室に入ってきた。「相手を追及することだけが俺の生き甲斐だ」といった感じのコーン。アメリカ人にしては珍しく愛想もよくない。

「待たせて悪い。忙しいので、手短に頼む」

テレビ局の仕事ならお金を貰える話を無料で私にしてくれるだけでも有難い。こちらは、次々に質問を投げていく。

「司法長官解任の今後の影響は?」

「捜査にはあまり影響はない。誰が来ても、モラーの捜査を止めることは難しいだろう」

それよりも……と話し始めた部分が私の最も知りたいところだった。

「下院で民主党が過半数をとったことが大きい」

なぜ?

「これまで議会は、トランプの疑惑に対して何もできなかった。司法委員会や情報委員会での調査は始まっていたが、共和党が支配していたので実質的に何もしていない。しかし、これが大きく変わる。下院は年明けから、次々とホワイトハウスや政府機関に対して資料の提出や関係者の議会への出席を求める」

それは命令だという。

「拒否はできなくはない。しかし、拒否してもただじゃすまない。拒否の根拠を示す必要がある。政権は追い込まれる」

大統領の弾劾はあるのか?

「それはないだろう」とコーンは言った。勿論、モラー特別検察官の捜査次第だがと付け加えた。

民主党は弾劾には動かないのか? 大統領の弾劾は、下院が手続きの開始を決める。だから、民主党が過半数をとった下院ならそれは可能だ。しかし実際に弾劾を決めるのは上院だ。ここは共和党が過半数を抑えており、手続きに入ったからといってトランプを弾劾できるわけではない。

「そういう無駄なことはしない」

では、トランプは安泰なのか?

「否。弾劾などする必要はないということだ。下院の調査が進んでいけば、必ず大統領は追い詰められる」

すると?

「ウォーターゲート事件のニクソンだ」

つまり、自ら辞める、と。

「辞めてもらわないとこの国は大変なことになる。この国の民主主義がかかっている」

1974年、当時の大統領だったニクソンが辞任に追い込まれたのは、ウォーターゲート事件で追及されたからだった。この時、上下両院はニクソンの弾劾に動くが、弾劾の手続きには入っていなかった。それでもニクソンは辞任したのは、これ以上の混乱を避けるという彼なりの正義だった。

その正義はトランプにあるのだろうか?

「正義じゃない。彼をして、大統領職にとどまれるレジティマシーの問題だ」

レジティマシー……正当性ということか。コーンは近く書く原稿で、民主党がトランプに投げる質問の一覧を書くという。恐らく民主党の深い部分から得ている……というよりは、トランプ疑惑に精通しているコーンが民主党と一緒に質問を作成しているのだろう。

時間が来た。コーンとラスに礼を言って事務所を出た。


14回に続く

立岩陽一郎
立岩陽一郎
調査報道を専門とする認定NPO「インファクト」編集長。一橋大学卒業。NHKで初めて戦場特派員としてイラク、クウェートを取材。社会部記者、1年間の米国留学の後、国際報道局デスクを経験するなど華々しいキャリアを築くも「パナマ文書」の取材を最後に49歳にしてNHKを辞職しその翌日渡米。現在は公益法人「政治資金センター」理事や毎日放送「ちちんぷいぷい」のレギュラー・コメンテータ、ニュースメディアへこれまで培ってきた報道の世界の鋭い目線で記事を提供するなど活動の幅は多岐に渡る。著書に「ファクトチェック最前線」「トランプ報道のフェイクとファクト」「NPOメディアが切り開くジャーナリズム」「トランプ王国の素顔」、共著に「ファクトチェックとは何か」「フェイクと憎悪」がある。
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