【知られざるヒーロー列伝】三島由紀夫に慕われたトレーニング界の伝説、遠藤光男 <予告>

すごい男がいたもんだ!  話を聞きながら、昔流行した、ビールのコマーシャルのワンフレーズが、脳裏をかすめた。 遠藤光男氏、75歳。戦後、黎明期の日本ボディビル界を語る上で欠かすことのできない人物であり、まだ方法論が確立されていなかったウェイトトレーニングに、独自の合理的なメソッドを導入した、パイオニア的存在でもある。ここに示すのは、そんな知られざるヒーローの物語。


三島由紀夫と親交を深め、7人もの横綱を輩出

幼少期、病気がちだったことに悩み、海外プロレスラーの肉体に憧れて、16歳でトレーニングを始めると、たちまち頭角を現し、24歳のときに全日本ボディビル選手権で優勝。世界選手権でも、居並ぶ海外勢を向こうに回わし、上位に食い込む健闘を見せる。

雑誌『ボディビル』の表紙を飾る若かりし頃の遠藤氏

一方、トレーニングを通して、作家・三島由紀夫、高倉健をはじめとする数々の文化人、芸能人と交流を持ち、墨田区錦糸町に開いた自身のジムでは、トップアスリートたちを指導。角界とのつながりも深く、なんとエンドウジムで汗を流した力士から、7人もの横綱を輩出している。

プロレス、ウェイトリフティングはもちろん、あらゆるカテゴリーのスポーツにおいて、エンドウジム、遠藤光男氏の存在感は、揺るぎないものがある。現在も、長男の遠藤克弘トレーナーとともに、エンドウジム会長として、アスリートからビジネスパーソンまで幅広くトレーニング指導を展開している遠藤氏。

昭和から平成に至る半世紀もの長きにわたり、ボディビル、ジム、トレーニングを通じて、時代にアグレッシブに関わった“すごい男”の証言に耳を傾けよ。


第1回 三島由紀夫との出会い 6月10日公開 

いまやトレーニング業界のレジェンドとなった遠藤氏は、自らの身体の弱さを克服するために、ジムに目覚めた。高校2年から東京・後楽園ジムに通いつめ、自らを鍛錬する日々。そこでは、大作家・三島由紀夫との運命的な出会いも待っていた。トレーニングを通した、男同士の交流が始まった。

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第2回 盾の会、そして市ヶ谷の報に接し 6月15日公開

24歳でボディビル界の頂点に立つと、錦糸町に自らのジムを構える一方で、さまざまな場所に出向いてトレーニングを教えていた。ある時、少し変わった若者集団に絡まれ、話を聞いてみると、彼らは「盾の会」と名乗った。上野駅で見送った、三島との最後の思い出。そして、市ケ谷の報を振り返る。


第3回 角界とも親交を深め、横綱7人を輩出 6月20日公開

飲みの場では、三島、勝新をも驚かせるほどの酒豪。40年間、朝昼晩と酒を飲み続けたが、身体は衰える様子はなかった。そんな、豪胆な男は力士からも慕われ、トレーニングの教え子から数々の横綱が誕生。今だから明かせる、新事実とは?

逆鉾(現井筒親方、右)、霧島(現陸奥親方、中)とちゃんこを食べる遠藤氏(左)


第4回 問題児横綱、北尾改め双羽黒に「喝!」 6月25日公開
身長2m。行く末は、大横綱になるはずだった北尾(横綱昇進後は双羽黒に改名)もジムの教え子。もめごとを起こして各界を去った問題児から、ある日「プロレスをやりたい」と告げられると、新日本プロレス入りに尽力したのだが……。

元横綱・双羽黒の北尾光司氏(左)を通して学んだことはたくさんあった。右が遠藤氏。


第5回 千代の富士、朝青龍、そして白鵬 6月30日公開
各界との縁は続く。ある時は脱臼に苦しむ千代の富士を救い、ある時は暴れん坊横綱の朝青龍の真の姿を目撃。そして、いまや大横綱となった白鵬に対しては、彼が体重80キロ代だった10代の頃から「大横綱になる」と予言していたという。


Text=まつあみ靖、Photograph=吉田タカユキ