【中田英寿に・ほ・ん・も・の外伝】水戸徳川ミュージアムで徳川家の家宝にふれる<茨城②>

2009年から’15年の約6年半、のべ500日以上をかけて、47都道府県、2000近くの場所を訪れた中田英寿。世界に誇る日本の伝統・文化・農業・ものづくりに触れ、さまざまなものを学んだ中田が、再び旅に出た。


水戸徳川家伝来の美術品・工芸品約3万点を展示 

茨城県は、「都道府県魅力度ランキング」で7年連続最下位なのだという。実際に旅をしていると面白いスポットがあるし、おいしい料理もたくさんある。だが、あらためて茨城の魅力はときかれると、すぐには思いつかない。すべてが平均点であるがゆえに、どうしても印象が薄くなってしまうのかもしれない。

「たとえば茨城の名所といってすぐに場所が思い浮かぶ人はいないでしょう。水戸の偕楽園も名前は聞いたことがあっても、実際に訪ねたことがある人はそう多くない。名物料理といっても納豆と冬場のあんこう鍋くらいで、茨城でしか食べられないようなものでもない。それでも、全国的に高い知名度を誇るものがひとつだけあるんです。なんだと思います? 『水戸黄門』ですよ」(水戸徳川ミュージアム 徳川斉正理事長)

ドラマ『水戸黄門』は1969年から2011年まで続いた、昭和世代にはおなじみの長寿番組。水戸藩二代目藩主の徳川光圀が全国各地を旅する勧善懲悪のドラマは、70〜80年代にかけて30〜40%以上の視聴率を誇った。

この主人公の“御老公”こと徳川光圀の功績や水戸徳川藩の歴史を知ることができるのが、水戸市の偕楽園のすぐそばにある徳川ミュージアムだ。徳川家について、水戸藩について流暢かつおもしろく解説してくれる徳川館長は、実は水戸徳川家の15代目。そう思って見ると、どこか高貴なお殿様風情が漂っているような気も……。

このミュージアムに収められているのは、徳川家康から水戸家に贈られた茶器や刀剣、『大日本史』を編纂した光圀ゆかりの品々など、水戸徳川家伝来の美術品・工芸品約3万点と、旧水戸藩の史局彰考館収蔵の古文書類約3万点。もちろん展示されているのはそのうちのごく一部だが、名家に伝わる品々を近くで見ると、ある種の迫力のようなものが感じられる。

「これだけの品々を管理していくのは本当に大変なんでしょうね」(中田)

「書物や衣類は温度や湿度を適正に保たないとボロボロになってしまいます。たたんである衣類を広げようとすると崩れ落ちるなんてこともありますから。膨大な数がありますが、徳川家というよりも日本の宝。それを未来に受け継いでいくのが私の仕事だと思っています」(徳川理事長)

刀剣の美しさ、鎧のきらびやかさ、茶器など日用品のきらびやかさ。もちろん水戸黄門でおなじみの印籠も展示してある。そんなひとつひとつを眺めていると、教科書でしか知らなかった徳川家の存在がどこか身近に思えてくるから不思議だ。茨城には魅力がないと思っている人は、このミュージアムを訪ねてみるべきだ。この地で脈々と受け継がれてきた歴史と文化に触れれば、茨城の印象ががらりと変わるのではないだろうか。

「に・ほ・ん・も・の」とは
2009年に沖縄をスタートし、2016年に北海道でゴールするまで6年半、延べ500日以上、走行距離は20万km近くに及んだ日本文化再発見プロジェクト。"にほん"の"ほんもの"を多くの人に知ってもらうきっかけをつくり、新たな価値を見出すことにより、文化の継承・発展を促すことを目的とする。中田英寿が出会った日本の文化・伝統・農業・ものづくりはウェブサイトに記録。現在は英語化され、世界にも発信されている。2018年には書籍化。この本も英語、中国語、タイ語などに翻訳される予定だ。
https://nihonmono.jp/


Composition=川上康介 Photograph=淺田 創


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中田英寿
中田英寿
1977年生まれ。日本、ヨーロッパでサッカー選手として活躍。W杯は3大会続出場。2006年に現役引退後は、国内外の旅を続ける。2016年、日本文化のPRを手がける「JAPAN CRAFT SAKE CAMPANY」を設立。
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