建築家 安藤忠雄 お互いの仕事に敬意を払う イタリアに学ぶ①

「来年、東京の国立新美術館で展覧会を開き、『光の教会』の原寸大模型をつくります。それもコンクリートで。館長の青木 保さんにも驚かれましたが、私はとにかく見に来た人に感動してもらいたいと思っています。やはり人生、驚きや感動がないと楽しくありません。そして、今の日本には驚きが足りません」と語る建築家の安藤忠雄氏。安藤氏がイタリア人の働き方から学んだこととは。

大阪・梅田駅近くにある安藤忠雄建築研究所。その事務所棟の向かいにあるアネックス棟に、昨年末、3階からガラスの箱を中庭に突き出すように増築。宙に浮かぶラウンジ空間のガラス面の前には大きなクスノキが。反対側の壁に設けられた横長の窓からは、JR線の電車が通り過ぎていくのが見える。

「これまで、イタリアで仕事をする機会に恵まれましたが、イタリア人は日本人と違って、日々の生活を楽しみながら生きています」

 ミラノにあるジョルジオ アルマーニの本社と劇場、ベネトンの若者に向けたアートスクール、ヴェネツィアの歴史的建造物を再生させた現代美術館など、1990年頃からイタリアで建築を手がけるようになった安藤忠雄さん。現在もイタリアでいくつものプロジェクトが進行中だという。

そのFABRICAの建築現場でイタリア人チームと。以降、イタリアやヨーロッパ周辺の仕事は同じチームで行う。

「イタリアの現場では、仕事が終わったらその場でみんなでワインを飲んで家に帰っていきます。片や日本はまっすぐ家に帰る。どちらが面白い人生を歩んでいると言えるでしょうか? イタリア人は生まれた時から生活は楽しむものだと思っているのです。イタリアの経済は正直、破綻寸前と言ってもいいですが、ファッション、フード、インテリアなど、生活文化にまつわる企業は今も元気いっぱいです。イタリア人は生活を豊かに楽しむためにはお金を惜しみません。ですから国も会社も個人も、みんなお金を貯めず、すぐに使ってしまいます。一方、日本人は先行きに対する不安からお金を貯め込みます。企業は内部留保、個人は貯蓄に走ってお金を使いません。長い人生を考えた時に、はたしてどちらがよいでしょうか。考えてみるのも面白いと思います」

ジョルジオ アルマーニのファッションショーの舞台として設計された、ミラノの「ARMANI/TEATRO」。

 よくイタリア人と一緒に仕事をするのは難しい、スケジュールも守られない、という話を聞くが、安藤さんの現場では、これまで何も問題がないという。

「イタリア人の美に対するこだわり、そして誇りにはすごいものがあります。小さい頃からコロッセオやパンテオンを見て、ミケランジェロが近くにある生活を送ってきた人たちだからでしょう。現場の職人たちもそうです。だから、私は彼らの仕事、誇りに対して敬意を払います。イタリア語は話せませんが、一番重要な心の部分では通じ合っている。だから、できあがりやスケジュールに関しても、大きな問題が起こることはありません。そして彼らは、できあがった建築に強い愛着を持っています。自分たちのつくっているものが美しいもの、そして生活のために役に立つと信じている。アルマーニの建物も、完成してから15年経っていますが、今もきちんと手が入っていて、ピカピカですよ」

2000年に完成した、ヴェネツィア近郊の街、トレヴィソに建設のベネトンのアートスクール「FABRICA」。
Tadao Ando
1941年大阪府生まれ。独学で建築を学び、69年に安藤忠雄建築研究所を設立。世界的建築家に。現在、進行中のプロジェクトは50を超える。プリツカー賞、文化勲章をはじめ受賞歴多数。

Photograph=林 景沢

*本記事の内容は16年11月1日取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい。14年4月以降の記事では原則、税抜き価格を掲載しています。(14年3月以前は原則、税込み価格)

安藤忠雄
安藤忠雄
1941年生まれ。独学で建築を学び、’69年に安藤忠雄建築研究所を設立。世界的建築家として活躍する。現在、進行中のプロジェクトは50を超える。プリツカー賞、文化勲章をはじめ受賞歴多数。桃・柿育英会 東日本大震災遺児育英資金」実行委員長。イェール、コロンビア、ハーバード大学の客員教授歴任。97年より東京大学教授、03年より名誉教授。2017年、国立新美術館で開催された個展には30万人を動員し、翌年パリのポンピドゥーセンターでも開催された。
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