「それ、会社病ですよ。」アメリカに押しつけられた地方自治地方議会なんて、いらない Vol.36


地方議会をめぐる不祥事がたびたびニュースになります。温泉地に何度も出張などという、いい加減な経費申請が大問題になった事件は記憶に新しいですが、最近でも地方議会の不祥事がいくつも報道されています。
 私はこれには理由があると思っています。はっきり言ってしまいますが、本来、地方議会なんてほとんど必要ない組織だからです。
 もとより地方自治の考え方は戦後、アメリカに押しつけられたものだということを認識しておく必要があります。戦前は、県の代表は国家の指名で決められていました。明治以降、民主主義型の地方自治は、日本では行われていなかったのです。そんなところに戦後、アメリカがよかれと思って地方自治を持ち込んだ。
 なぜアメリカで地方自治が重視されるのかといえば、もともとアメリカの民主主義は、植民地時代、入植した人々の住民自治から始まった。地方の町や村の単位で住民組織が独自に、司法・行政・立法の三権をつくっていった。陪審員制度が自然なのは、仲間内の常識で物事が決められていたからです。
 こうした町が集まってステイツになり、もっと大きく集まってユナイテッドステイツになったのが、アメリカです。つまり、アメリカという国は住民自治から始まっているのです。ところが日本にそうした歴史はない。敢(あ)えてあるとすれば政治、経済、文化がごっちゃになった土着的な地域共同体です。まったく地方自治の文化がないなかで戦後、人工的にアメリカのまねごとをして、市議会や県議会を入れてしまった。

住民サービスを行う機能は市町村レベルまであっていいと思います。ただ、その単位で選挙によって首長を決めたうえに、大人数の民選議会までつくる必要があるのか。もしかして、極めて効率の悪いものになっているのではないか。議員の報酬にせよ、選挙の費用にせよ、莫大なお金もかかるのです。
 百歩譲って、行政の長である首長までは選挙で選ぶとしても、議会の代わりに行政の暴走を監視するためのオンブズマン組織をつくり、民選議員を数人入れたら十分です。なのに、小さな単位で予算などを決めさせたりするから、土着的な共同体の延長線上で利権構造がむしろ強化される。
 それこそ行政機構として、最も効率的で効果的なのは、間違いなく霞が関の官庁です。比較的少人数で回っている。
 効率の悪い地方自治を持ち込んだのは、もしかしたら日本の行政機構をおかしくするアメリカの陰謀とさえ思えます。
 アメリカの地方自治がそれなりに機能しているのは、もともとの成り立ちに要因があります。地域で強制的に集めた税金をどう分配するか、それを決めるのは地域の納税者自身という哲学がある。ところが日本ではその感覚は希薄です。空から税金が降ってくると思っているから、利権分配システムになってしまう。
 住民自治などというのは、インテリの幻想です。日本には根付かない。それこそ地方議員は、地方大学の文系学科と同じくらい、必要ない。地方創生、地域の自立が問われている今、日本になじむ地方自治のあり方を見直す時期に来ています。

Text=上阪 徹 Illustration=macchiro
*本記事の内容は15年8月取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい。
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