アルピニスト野口健 被災者支援で大炎上を経験 ~滝川クリステル いま、一番気になる仕事~

幼少期から外交官の父親に連れられ、中東の紛争地を見てきた野口さん。常に物事の表と裏を見てきたなかで培われたのは、類まれなる行動力、そして、古い慣習や常識にとらわれないバランス感覚だった。  

両極端を行ったり来たりしてバランス感覚を保っていく

左:アルピニスト 野口 健、右:滝川クリステル ドレス¥135,000(AGNONA/三喜商事 TEL03-3238-1308)、靴¥96,000(JIMMY CHOO/JIMMY CHOO TEL:03-5413-1150)、ピアス¥80,000(LARA BOHINC/H.P.FRANCE TEL:03-5778-2022)、ブレスレットはスタイリスト私物

ガチなことはガチでやらないほうがいい

滝川 野口さんはアルピニストとして世界最高峰に挑む傍(かたわ)ら、環境保全や教育、震災支援など、登山に限定されない多彩な活動をされています。この4月には地震で大きな被害を受けた熊本県益城町(ましきまち)で「テント村」を開設され、定期的に足を運んでいらっしゃるとうかがっています。

野口 実は熊本に関しては、最初の3日間は「やらない理由」を探して動きませんでした。ネパール地震の時に迷わず動いたのは、まず自分が地震の現場に居合わせたということがあって。

滝川 ネパールの地震は81年ぶりの規模だったんですよね。

野口 ええ。そこへ居合わせた意味も考えましたね。さらに家族同然の付き合いをしてきたシェルパ(ヒマラヤ登山の専門ガイド)たちが、自殺を考えるほどに追い詰められている姿を目の当たりにしたので、何かしなければと考えるのは自然な流れだったんです。でも熊本に関してはそういった所縁(ゆかり)があるわけではないし、ネパールでの支援活動も終わっていない。むしろやることはいっぱいあって、「今回はいいよね」と頭のなかで言い訳をしていたのが正直なところでした。ところが地震発生から3日後、シェルパたちから「去年は日本の人に助けてもらったから」と連絡があって、彼らの月収分のお金が送られてきた。

滝川 自分たちも大変なのに。

野口 昨年僕は『ヒマラヤ大震災基金』を立ち上げ、たくさんの支援をいただきました。シェルパたちはその恩返しにすぐに反応した。僕は逃げようとした。頭を殴られた感じがしましたね。そこからすぐに岡山県総社市(そうじゃし)の市長さんにも協力してもらって、テントを持っていったんです。

滝川 野口さんの行動はかなり早かった印象があります。

野口 人間、安心して眠れる拠点がないと精神的に壊れてしまうんです。被災地に必要なものは最終的に現金だと思いますが、直後は心身を休めるべースをまず確保しないと。結構強引に乗り込んだので、批判もありました。きちんと調査しなければ不公平になるとか。何か起きた時の責任の所在とか。文句を言われている間もテントを組み立てる手は休めませんでしたが。

この世の究極の地こそが人生の道しるべになる 「今でも、本当に心底落ち込んだ時は、ヒマラヤに行くんです」という野口さんが自身で撮影した写真集から。19歳の時、ひとりで初めて訪れたヒマラヤももう50回以上は通い続けているという。なぜヒマラヤはそこまで心を引きつけてやまないのか、究極の地でしか感じ得ないことを教えてくれる。

滝川 どんなことでも、用意周到を目指していたら始まりませんよね。特に緊急性の高い問題は時間との闘いでもあって。

野口 そうなんです。ある家族はテントに入った時に全員涙を流していました。一家5人が余震に怯えながら10日間、駐車場に停めたセダンで車中泊していたんです。現場は今うちのスタッフや総社市の職員が数名泊まり込んでフォローしています。当然僕も、定期的に足を運ぶ。そうして積極的に責任を取らなければ進めない。それでも設営まで1週間かかりましたから。

滝川 不安に待つ時間は、通常の感覚とは全然違うでしょうね。

野口 精神的なケアについては、東北の震災支援でも考えさせられました。愛煙家の多い地域だったんですが、支援物資にタバコはありません。それを聞いて、家族や家を失った方の気持ちが一瞬でも和らげば......と何カートンか買っていったら、聞いたことのない歓声があがったんですよ。ただ、のちにその件で僕は大炎上するんですが。

滝川 どういうことですか?

野口 「津波で助かった人間を肺がんで殺す気か」と電話が殺到しました。炎上慣れしてなかったからきつかったですね。

滝川 炎上慣れですか。

野口 どの活動も多かれ少なかれ反対意見が必ずあるもので、炎上すると最初は本当に凹んでいたんですけど。でもだんだん慣れてきましたね。高山病もそうなんですが、頭が痛いことに疑問を抱かなくなってくるというか。炎上はもはやセットだと思うようになっています(笑)。

日本とエジプトの血を受け継ぐ野口さんは、私と同じダブルでした(滝川)

滝川 デリケートな問題だと、とても難しいですね。

野口 すべての人に好かれよう、評価されようと思うと、何もできなくなっちゃいます。もっとも、それが高じてストイックに自分の正義感に酔いしれると、視野がどんどん狭くなって、今度は自分が違う価値観を受け入れることができなくなる。バランスが大事なんですよね。

滝川 どこかで意識的に視点を変えることが必要なのかも。

野口 そう、ガチなことをガチでやったら、誰でもしんどくなると思うんですよ。実際に自分がいくつもの活動を並行してやっているのは、そうしてひとつひとつが煮詰まらないようバランスを取っているところも大きいんです。わりと昔からバランスって意識していて、一時期はエベレストに登ったあと、よく海に潜ってました(笑)。

滝川 私もダイビングは好きですけど、エベレストからだとすごい高低差ですね(笑)。

野口 なぜかというとヒマラヤには生物がいないんです。だから匂いも色もない。海はカラフルじゃないですか。ただ山も危険はあるけど、海も怖いですね。酸素がなくなる時は突然だし、それでパニックになって急浮上したら圧の関係で死んでしまう。一度ガラパゴス諸島のハンマーヘッドの多い夜の海でひとりになってしまったことがあって、かなり、心細かったです(笑)。

滝川 それは怖いですよ......。野口さんが幅広い活動をされているのは、そうして常に反対側を見ているからなのでしょうか。問題意識を持たれたのは、元外交官のお父様の影響も大きいとおっしゃっていましたが。

野口 でかいです。中東の専門家なんですが、子供の頃からよく護衛もつけずに紛争地帯やスラム街に連れていかれました。物事には必ずA面とB面があって、隠されたB面にこそ世の中のテーマがある、B面を見るようにしろといつもビービービービー言ってましたね。今でも仲いいんですよ。僕が小学生の時、エジプト人の母が男をつくって家を出てしまって。そこから何度も修羅場を乗り越えてきたので、同志に近い関係です。大炎上の書き込みを見せた時は「おまえもアホだな、ハッハッハ」って笑ってましたけど。

滝川 おおらかですね(笑)。

野口 中東の現場で切った張ったをやってきた人なので(笑)。

滝川 野口さんは当面は熊本の緊急支援活動が中心かと思いますが、ヒマラヤでも新しい計画がスタートされているとか?

野口 はい。日本人が初登頂したマナスルという山に森林を復活させる計画を、住友林業の方と進めています。30年くらいの長いスパンで、森を作っていくんですが。生きてるかな(笑)。

滝川 それはもちろん! 長生きしていただかないと。

野口 地震もそうですが自然の現象を予測することはできません。登山に危険はつきもので、でも怖がっていたら登れない。やりたいことと、期待されていること、やらなければならないこと。自分なりにそのバランスを取りながら、どの活動も見届けていきたいですね。

『ヒマラヤに捧ぐ』 野口 健 集英社インターナショナル ¥2,500

Christel's Times Monthly Column

長期的支援を前提に、まず不足しているケージと、飼い主さんに向けたビデオメッセージを送らせてもらいました。

熊本市動物愛護センターは全国に先駆けて殺処分ゼロを達成し、動物愛護の意識が高いことで知られています。ペットと暮らす世帯割合も高く、同行避難ができないため避難所に入れない方も多いのだとか。大切な家族を守りたいと思う気持ちは当たり前のもの。今でも福島でペットを残してきた方たちは後悔に苦しんでいます。ただし同行避難には課題が多いのも事実。非常時におけるスムーズな同行避難を考えることは、人の精神的サポートにも直結する課題だと感じています。

Ken Noguchi
1973年アメリカ生まれ。世界各地で幼年時代を過ごす。99年エベレストの登頂に成功、当時の七大陸最高峰世界最年少登頂記録を25歳で樹立。エベレストや富士山の清掃登山、『シェルパ基金』の開設、『野口健 環境学校』の開校、戦没者の遺骨収集や震災支援など多彩に活動。

Christel Takigawa
1977年フランス生まれ。『グローバルディベートWISDOM』(NHK BS1)ほかに出演。WWFジャパン 顧問、世界の医療団 親善大使。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 顧問。一般財団法人クリステル・ヴィ・アンサンブル代表。http://www.christelfoundation.org/