くまモン 熊本県営業部長 爆発的人気の裏に知られざる秘密があった!ゆるキャラに隠された、ゆるくない戦略

熊本県PRのキャラクターとして登場、県庁の敏腕営業部長として知られるくまモン。関西から火がつき、今や全国区となったその人気を支えるのは、経験ゼロの地方公務員集団“チームくまモン”。その驚きの戦略とは

熊本を関西に売り込む
ゆるキャラのトップランナー

 ポテッと丸くてふわふわなボディー、短い手足は表情たっぷりにひょこひょこと動く。目の前のくまモンは愛嬌たっぷりの子供のようだ。とはいえ営業部長、まずは名刺交換をしなければ。差し出された名刺にはたどたどしい「くまモン」のサイン。妙に和んでいると、くまモンが受け取ったこちらの名刺を突然床に叩きつけた――ふりをした。するとすかさず、イベントでのくまモンの相方=“くまモン隊”のお兄さんお姉さんが「コラ! なんしよっと、くまモン! 失礼たい! メンコじゃなかでしょうが!」と突っ込む。なんとも素晴らしいコンビ芸。カメラや観客がいようがいまいがくまモンは常にボケ倒し、くまモン隊がそのすべてをきっちり回収する。これぞ他のゆるキャラの追随を許さない“くまモンクオリティー”と言っていい。
「最初は右も左もわからずに、ただ突っ立っているだけでした。でも大阪で活動してると“お前何しとんねん、こうせなアカンやろ”みたいに突っこまれることが結構あったみたいで」
 くまモンの成長に目を細める“育ての親”のひとり、熊本県庁くまもとブランド推進課課長・成尾雅貴さんの言葉に、一瞬、ん? となる。熊本県のキャラクターなのに、大阪で活動? 実はそこに、最大の特徴がある。
「くまモンは大阪で熊本の知名度を上げるためのツールでもあったんです。“熊本の観光の顔”といえばアウェー戦略に思えますが、ある意味では大阪もフランチャイズなんですね」
 戦略は大当たり。今や関連商品の売り上げは年間300億円に届かんとする、“ゆるキャラ”のトップランナーだ。

誕生当初からくまモンに関わる、くまもとブランド推進課の成尾雅貴課長。

シビアな計算で成功させたよしもと新喜劇への出演

 2011年の九州新幹線全線開通に向けて、熊本の魅力を再発見し県外からの観光客へアピールするためのスローガン「くまもとサプライズ」。くまモンはその顔として、2010年2月に誕生した。このうち大阪でのPRを担当したのが、現在もくまモンを専門に扱う「くまもとブランド推進課」である。
「期限は1年後、ターゲットは大阪と、目標が明確だった。そうしたらやっぱり笑いにこだわるべきだよね、大阪のツボを押さえた大阪の代理店と組まないとダメだよね、というのはおのずと出てきましたね」
 とはいえ具体的なアイデアは白紙、はっきりしていたのは予算があまりないことだけ。求められるのは、広告スペースを買う1回きりのPRでなく、話題づくりでパブリシティーを仕込む“ひと粒で何度もおいしい”企画である。その最大の成功例が、11年1月の吉本新喜劇への出演だ。成尾さん曰く「手ごたえを感じた」というくまモンのブレイクの決定打である。
「吉本新喜劇は演目が1週間で入れ替わります。1日3公演として21公演。1回の観客数が700~800人だから、1週間で1万4000~5000人。でもその多くが観光客で、私たちのターゲットである大阪在住者はそれほど多くない。

もともと県が小山薫堂氏に依頼したのはロゴマークのみ。実はくまモンは「オマケ」でついてきたキャラクターだった。

 それじゃあお金をかける意味がないと、私自身は否定的でした。でも当初からずーっと“やりたい”と言っていた職員が粘って、物語の舞台を熊本にするとか、劇場内でちょっとした物産展をやるとか、いくつかの条件をもぎとってきた。一番大きかったのはテレビ放映です。それだけあればアリだね、って話になって」
 成尾さんの口からは、判断基準としての具体的な数字がポンポンと出てくる。それはやけにシビアに聞こえるが、軸としてはブレようがない。何しろ予算は血税だ。“そこまで言うならお前を信じてやってみよう”的なゆるい精神論は、「KANSAI戦略」にはひとかけらもない。

トップの理解を力にユニークな作戦を連打

 かくして吉本新喜劇へ出演を果たしたくまモンとともに、もうひとり、吉本デビューした人がいる。蒲島郁夫熊本県知事である。観客を驚かせ、全国の地方公務員をのけぞらせたのは、知事が舞台で台本どおりに盛大にコケたことだった。
「知事の出演には、課長、部長、局長、副知事の決裁が必要でしたが、なぜか誰も“ちょっと待て!”と言わなかった。まさか知事が本当にやるとは……なんて言っちゃいけませんが(笑)、ご自身は基本的にウェルカムでしたね。心のなかでは逡巡(しゅんじゅん)もあったのかもしれませんが」
 ご本人も“お堅い公務員”とは思えない、シャレの利いた成尾さんは、言いながら、ハハハ、と笑う。公務員のイメージを覆す戦略の数々は、吉本新喜劇出演に至るまでの“ドサ回り”的なキャンペーンのなかにも散見する。例えばくまモンが「正体不明のクマ」だった頃から配り歩いた32種類1万枚の名刺には、キャラクターを感じさせるこんな面白キャッチが並んでいる。
「くまモンのパチモンが、現れるくらいになりたい」
「子供だけど、メタボ」
「カバのひと声でやってきたクマです。知事のカバシマさんに言われまして……」
「その目のくま、くまもとで取りません?」

「正体不明のクマ」として大阪各所への出没を繰り返し、よしもと新喜劇出演で大ブレイク! 蒲島知事と一緒にコケた『よしもと新喜劇』(MBS土曜12:54~ほかで放送中)。 舞台度胸が抜群のくまモンは、芸人のボケと突っこみもみるみる吸収していった。

 県庁ではHPの一文を更新するにも決裁が必要だが、即時的な双方向コミュニケーションツールであるブログやツイッターも活用した。そうした媒体は何がきっかけで炎上するかわからないから、官公庁が扱うだけでもかなりの冒険なのだが、熊本県はそれを使ってさらなるチャレンジングな試みをやってのける。それが'10年の11月に展開した物語戦略「くまモン失踪事件」だ。幕開けはなんと知事のダミー会見。「職務放棄して大阪で失踪したくまモンを探すため、目撃情報をツイッターで寄せてください」と、YouTubeで語りかけたのである。
「どうしてそんなに自由にやれるのか? ……どうしてでしょう(笑)。ただ“とりあえず知事に聞くだけ聞いてみよう”という空気があるのは確か。知事がよく言われる言葉に“皿を割ってもいいから、たくさん洗おう”というのがあります。つまりリスクを恐れず行動しろ、と。公務員は普段は法律や条令や規則という枠組みのなかで動かなければいけない。ですからトップの理解がなければ怖くて何もできなかったと思います。もちろんそれでも無理なこともあります。ひとつの企画の裏で、結実しなかったアイデアの数は10や20ではきかない。それでも楽しみながらやってはいましたね。楽しさを届けるためには、楽しまなきゃいけないという意識もありましたし」
 トップの理解による自由な空気、楽しみながらもシビアに磨き上げられた企画。だがそれだけでキャラクターの人気が出るかといえばそうはいかない。キモは現場で人々と直接触れ合うくまモンが握っているからだ。

現場でファンから求められてとっさに書いたサインだったが、今では名刺にも使われている。

やんちゃでチャレンジング。
大企業も魅了するくまモン

 ならば実際のくまモンを見ようと、訪れたのは水俣市で開催の「全国ご当地ちゃんぽんフェスティバル」。埠頭の特設ステージでのイベントを前に現れたくまモンは、そばから子供たちに囲まれ、あっという間に写真撮影の長蛇の列ができる。くまモンはそのひとりひとりと握手をしハグをして大歓迎、合間合間にコケるわボケるわで笑いを取り、そしてしばしば調子に乗って本当にコケる。だがひとたびステージに立てば、その機敏さとキレのいいダンスに誰もが驚くだろう。実は先生について習い、日夜カッコいいダンスを研究しているらしい。ひょうきんでやんちゃ、好奇心旺盛な男の子そのままの行動は、時に周囲を仰天させることもある。かつて現場で急に「やる!」と言い出してバンジージャンプしてしまったことは、今や語り草だ。感情豊かで表現力豊か、チャレンジングだからサプライズだらけ。イラストではなんとも思わなかった人も、実物に会うと必ずファンになってしまう。その“くまモンマジック”は、営業部長になった2年目にさらに威力を発揮している。
「営業部長になったきっかけは、エースコックさんからの“くまモンをパッケージにしたスープ春雨を作りたい”という申し出でした。県が一銭もかけずに作っていただいたパッケージで熊本のPRができるなら、これほど嬉しいことはありません。それで“こちらからもいろいろな企業に営業をかけよう”ということになったんです。ロイヤルティー・フリーもそこから始まったんですが、当時はそもそもロイヤルティーを取れるほどくまモンの知名度がなかった(笑)。でも実際のくまモンに会うと、たいていの担当者が気に入ってくれるんです。僕らがどれだけがんばっても作り込めない部分を、本人がちゃんと理解して魅力的に表現してくれている、それがくまモンのすごさなんです」

熊本県の土産物を扱う店舗では、くまモンをキャラクターにした食料品やグッズがずらりと並ぶ。もはやくまモンを使わない商品を見つけるほうが困難なほど。

海外進出も視野に、目指すのは県民の幸福

 この7月にはパリのジャパンエキスポにも参加するくまモン。これまで韓国や中国、シンガポールなどアジアを中心とした蒲島知事のトップセールスにも同行し、評判も上々だ。利用許諾の申請、派遣要請の取り仕切り、海外進出を視野に入れた商標の法的整備など、その業務は日々増大し、関わる人も増えている。共通認識は今後ますます重要課題となってくるが、くまモンのイメージを損なわないための、明確に文書化したマニュアルは存在しない。迷った時に立ち戻る基本があるとすれば、それはくまモンが「地方公務員」であることかもしれない。
「皆さんに笑顔になってもらうことが、くまモンの喜びだし、それが県民の幸せにもつながっていく。県民に尽くす、というと大げさに聞こえてしまうけれど、結局はそういうことだと思います。それは“自らの周辺にある驚くべき価値あるものを再発見し、より多くの人に広めていくことが、自分たちの笑顔につながる=くまもとサプライズ”の基本的なコンセプトでもあるし、蒲島知事が目標としている“県民の幸福量の最大化”という考えにも通じている。それって公務員本来の活動と同じベクトルなんです。今後は、例えばイギリス湖水地方の美しい世界観を持つピーター・ラビットのように、雄大な阿蘇の自然やおいしい水、豊かな農林水産物、歴史や文化などとともに、くまモンを世界に出していきたい。経済効果ももちろんですが、それが県民の皆さんの誇りや笑顔につながっていくことは、プライスレスなことですよね。くまモンの役割は幸せの種まき。僕らはそれを世界中に広めたいって、本気で思っているんです」


くまモン
九州新幹線元年戦略のアドバイザー、小山薫堂さんの依頼により、グッドデザインカンパニーの水野学さんがデザイン。ビックリ顔のやんちゃな男の子にして熊本県営業部長。「ゆるキャラグランプリ2011」では見事優勝。

Text=渥美志保 Photograph=今井隼人、植 一浩

*本記事の内容は12年11月1日取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい