なぜ、イ・ビョンホンは他の韓流スターとは一線を画す存在なのか

主演映画『王になった男』が大ヒット。今、韓流スターからワールドスターへの地位を固めつつある韓国俳優、イ・ビョンホンに、ソウルで話を聞いた。

 イ・ビョンホンに会ったのは2012年12月、取材日は韓国大統領選挙が行われた翌日だった。ブルース・ウィリスと共演したアクション映画『RED レッド2』のイギリスでの撮影を終えたばかりの彼は、スーツ姿で現れた。その鍛え上げた身体に、スーツがイヤというほど似合う。それでいて物腰は柔らかく紳士的。なんといっても心地よく響く低い声がいい。2月に日本公開の『王になった男』の主人公、李氏朝鮮の王・光海君(クァン ヘ グン)のキャスティングでは、王の威厳を感じさせるこの声が決め手のひとつだったと聞く。暗殺者に狙われる王と、その影武者である芸人ハソンの二役を演じたこの映画のおかげで、12月は多くの受賞ラッシュが続いていた。取材日の前々日も、その年最高の韓国人男性を選ぶA-Awardを受賞。その受賞スピーチでは翌日の大統領選への投票を呼びかけた。『王になった男』の韓国での記録的大ヒットを受けて、彼の言葉の説得力は絶大だ。

『王になった男』の撮影中、自身の演技を何度も確認する(左)。本誌の取材に最初に訪れた時のイ・ビョンホン(中・右)。

 「リーダー論についてのメッセージを含んだ作品です。前半では、多くの人は光海よりもハソンに心が動かされ、共感せずにはいられません。彼のきめ細かい優しさや心配りに『こんな人間的な王様がいたらいいのに』と思うでしょう。でも後半になるにつれて、指導者としてはそれだけでは十分とはいえないということを仄(ほの)めかされ、“指導者の徳とは何か?”を考えるようになるんです。真に立派なリーダーは、ハソンのように個人的な感情のみに突き動かされたり、偏った共感があってはならないんですよね」
 多くの二枚目韓流スターの「スターであること」を意識した作品選びを見るにつけ、イ・ビョンホンの果敢な作品選びを思わずにいられない。『グッド・バッド・ウィアード』や『悪魔を見た』といった作品では悪の方向でそれを体現してきた彼だが、今回の作品では笑いで観客を魅了した。王の「ガラス張りの生活」をコミカルに描く前半では、他の二枚目スターならば決して演じないだろう爆笑必至のトイレの場面もあるのだが、彼は「あの場面があるから、このオファーを受けたようなもの。最高の名場面になると思って!」と笑う。数多くの国際的ヒット作を持つイ・ビョンホン。本作では人口5000万人の韓国で、延べ1200万人以上を動員し、国民的大ヒットを記録したが、単なる面白さだけでなく、役者の強い存在感が光る。それがイ・ビョンホンの特徴かもしれない。

ロンドン韓国映画祭にハリウッドスターと参加/イギリスでの『RED レッド2』の撮影中、ロンドンで開催された韓国映画祭の閉幕作として上映された『王になった男』。客席にはイ・ビョンホンの呼びかけでブルース・ウィリスやジョン・マルコビッチの姿も。

演技のみを追求できる完璧な環境づくり

 韓国映画が活況を呈し始めた2000年前後、その中心的存在だったパク・チャヌク監督の『JSA』で、イ・ビョンホンもまた国際的な注目を集めるようになる。その頃から彼とペ・ヨンジュンを中心に第一次韓流ブームが始まり、国際的な作品のオファーがちらほらと舞い込み始める。初めてアメリカのエージェントから声をかけられたのは、『甘い人生』が上映された2006年のカンヌ国際映画祭。グローバルエージェント事業部を持つ自身の企画会社(現BHエンターテインメント)を立ち上げたのは、その翌年の2007年のことだ。そこに「韓国を背負って立つ」という思いがあったのか聞くと、ちょっと恥ずかしそうに笑う。
「仕事の幅を広げていくうちに自然とそうなった、というのが一番正確ですね。5年後、10年後を見越した戦略があると思われることも多いんですが、実は全然なくて(笑)。ファンの方たちがワクワクドキドキしながら私の作品を待ってくれているのと同じように、私自身、いつも期待と不安を胸に、新しい場所へと踏みだしているんです。そういう流れのなかでたまたま海外への仕事の道が開け、そのためのスタッフや部署が必要になり、事務所もそういった形で立ち上げることになって」

初挑戦の時代劇『王になった男』/李氏朝鮮時代の王・光海君に、影武者がいたという架空の設定で描かれる、イ・ビョンホン初の時代劇。

 だが事務所の戦略は明確だ。韓国の芸能事務所は通常、俳優との契約時に多額の契約金を払う。ゆえに投資会社に頼らねばならず、その資金を回収するため、俳優は演じること以外の付加的な事業にも駆りだされることになる。一方契約金のないBHエンターテインメントは、現在では資金を外部にまったく依存しておらず、投資会社の発言権で俳優の意思が損なわれることがない。また所属俳優を少数に制限することにより、密度の高いマネジメントを実現している。加えて日・米・中の有名エージェントと提携関係を持っているのも、韓国の芸能事務所では珍しい。当初から「俳優専門」を打ち出し、「俳優が演じることだけに集中できる環境づくり」をモットーに、現在は国際的な活躍が見込まれる人気俳優ばかり13人が契約している。
「行けるところまで行った先に、見えてくるものが見たい。海外で仕事を始めた頃はそんなふうに思っていました。でもだんだんと、もし自分が何かを成し遂げられなくても、自分が経験した試行錯誤を後輩たちに伝えることができるのではないかと思うようになっていきましたね。同じ思いを抱いている後輩たちには、少しでも近道を通ってほしいと思うんです」
 国際的な舞台へとエネルギッシュに進出する韓国人俳優たち。イ・ビョンホンは先駆者であり、後に続くものを率いるリーダーとして存在している。その足場は着実に固まりつつある。件の『RED レッド2』に先駆け、2013年3月に全米公開される『G.I.ジョー バック2リベンジ』では、シリーズ前作に続き、彼が演じて人気を獲得したキャラクター、ストームシャドーを演じる。プロデューサーは『トランスフォーマー』を手がけたロレンツォ・ボナベンチュラで、『RED レッド2』のプロデューサーでもある。彼がイ・ビョンホンの人柄とストイックな仕事ぶりを絶賛していることはいうまでもない。

韓国では歴代3位を記録する大ヒットとなり、マスコミからの取材が殺到した。

国境や文化を超えて観客を魅了する映画の夢

 この日は一日中、テレビや雑誌などの多くの媒体の取材を受けた。撮影では各カメラマンのさまざまな要望に応え、アイデアも出す。スターにありがちなピリピリとした緊張感が漂わないのが不思議だ。ゆったりとリラックスし、時にスタッフと冗談を交わして和やかに笑う。だが、「海外での映画の撮影も楽しむほうですか?」とたずねると、独特の繊細さが顔を覗かせる。
「海外での仕事では、精神的なプレッシャーで押し潰されそうになります。この間のイギリスでの撮影を思い返してみても、本当に辛かった。明日の撮影は上手くいくだろうかと毎日心配していたし、身体を鍛えなければいけなかったので美味しいものは食べられないし(笑)。ただ、楽しいこともあるんですよ。例えば韓国にいれば近所に買い物に行くのですら、何を着ようか考えなければいけませんが、欧米では、何を着ていようが、髪の毛に寝癖がついていようが、気にせずどこへでも出かけられる。海外でマネージャーとふたりっきりで生活をしている時は、週に2回くらい食料の買い出しに行き、自分で料理を作ったりもします。近所をジャージで出歩いても平気ですから(笑)」
 だが、欧米でのそういった自由も、ハリウッド作品に次々と出演するにつれ、少なくなっていくのは確実だろう。海外での仕事にはさまざまな苦労や悩みがつきまとう。言葉もそのひとつだ。日常会話ならば英語はもちろん、フランス語にも困らない彼でさえ、撮影となれば別。演技に集中できなくなりそうなほど、逐一アクセントを修正されることもある。また、組合が強いハリウッドでは、納得がいかなくても撮影は時間どおりに終わってしまう。完璧主義者のイ・ビョンホンにとっては、それもかなりの苦痛だったそうだ。

『G.I.ジョー バック2リベンジ』/アメリカでは2013年3月に公開される、ジョン・チュウ監督作品。

 「でも何よりも難しいのは、他の国の異なる文化や習慣を受け入れること。これは短い期間でできることではないんですよね。だからこそ、イライラせず、少なくとも心はオープンでいないと。さまざまな国で映画に出演することで、成功することも失敗することもあるでしょう。ただ、多様な文化やそこで培われた感性、独自の情緒を知るという経験は、人間イ・ビョンホンをより豊かに大きくしてくれる、そのことは間違いないと確信していますから」
 取材の最後に最新号の「ゲーテ」12月号を手渡した。表紙はジェームズ・ボンドに扮したダニエル・クレイグ。「ロンドンでの撮影期間中に、『007スカイフォール』のプレミアに招待されて、本人に会ったんですよ」と楽しそうに言う。『王になった男』のロンドン・プレミアでは、イ・ビョンホンの呼びかけで、ブルース・ウィリス、ジョン・マルコビッチなど『RED レッド2』の共演者たちも来場した。

「直前になって『レジェンドのような存在の彼らが、私の映画をどう見るんだろう』『韓国語の作品をわかってもらえるだろうか』と、急に心配になりました(笑)。でも本当に大笑いしてくれたんですよ。プロデューサーのロレンツォも『長い付き合いだが、ブルースがあんなに大笑いしているのを見たのは初めてだ』って」
 世界中でナショナリズムが叫ばれる現代、誰もが笑って泣いて感動できる映画は、国境や文化を超えた共感を呼び起こすことができる数少ないもののひとつだろう。イ・ビョンホンはそれを自ら体現し、その力を信じている。世界を舞台に観客を魅了できるのは、彼がそういったロマンを信じているからかもしれない。
「4歳くらいの幼い頃、初めて映画館に行き、その時から映画や劇場は私にとってのファンタジーになりました。約2時間の間、空を飛び、他の星に行き、怪物にもライオンにもなることができる。夢見たことのすべてが実現できる空間です。俳優として、そういうファンタジーを作っていきたい。世界中の観客にそれを届け、受け取ってもらえることが私の何よりもの喜びなんです」


女性誌の撮影(上)の合間に、最新作『G.I.ジョー バック2リベンジ』をチェック(下)。
Lee Byung-hun
1970年ソウル生まれ。91年に俳優デビュー。『JSA』『甘い人生』『悪魔を見た』『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』『G.I.ジョー』など韓国内外の話題作に出演。現在2本のハリウッド映画が公開待機中の国際派スター。

Text=渥美志保 Photograph=Jino Park(Studio BoB)

*本記事の内容は13年1月1日取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい