「好き!を仕事に」でヒット連発! ベンチャーバンク鷲見貴彦がウェルネス界に新風を巻き起こす

"日本初"というキャッチがつくような斬新な事業を次々と放ち、右肩上がりの成長を続けている「ベンチャーバンク グループ」。成功の秘訣は、鷲見貴彦が紆余曲折の末にたどり着いた独自の"哲学"にあった。


新たな分野での競争は先に始めたほうが強い

暗闇フィットネスの先駆け、「FEELCYCLE」や、クラブのような空間で遊ぶように身体を動かす「PLAYGROUND」など、ウェルネス事業を中心に急成長を遂げているベンチャーバンク グループ。現在、手がけている事業は、まんが喫茶や大人向けの個室ネットカフェなど、さまざまな業態を合わせると23にも及ぶ。これらを牽引する鷲見貴彦会長は、「我が社はインキュベーション・カンパニー。新規事業を興す会社です。企業理念が『好き!を仕事に』ですからね。好きなこと、やってみたいと思ったことを形にしていったら、どんどん新規事業が増えていったのです」と話す。

躍進の契機となったのが、「ホットヨガスタジオLAVA」だ。アメリカで流行していると耳にした鷲見氏は、早速体験。「終わった後の爽快感が素晴らしい」と2003年に事業化し、’04年に1号店をオープンする。当時、ヨガの認知は広まっていたとはいえ、高温多湿のスタジオで行うというスタイルは皆無。業界からは、「日本で受けるのか」などと、冷ややかな声もあがったという。それでも「他にないものだからこそ、やる」のが、鷲見イズム。

「何事もやってみなければわからない。もちろん、市場調査はしますし、経営戦略も練ります。けれど、成功するかどうかはタイミングをはじめ、運も大きい。だからこそ、『まずはやってみる』ことが大切。それに新しい分野は、たとえ数年でも先に始めていたほうが有利ですからね」

それから15年。今やホットヨガはブームを超え定番化し、現在さまざまな企業が参入している。が、先駆者である「LAVA」は圧倒的なシェアを誇り、海外出店を果たすまでに。鷲見氏の言葉どおりの展開になったわけだが、ここにいたるまでには、紆余曲折があった。

20代から30代半ばは迷走した時期だった

鷲見氏が最初に就いた仕事は、臨時教員。岐阜大学教育学部出身のため、当然の流れかと思いきや、「教育学部に入ったのは、地元の国立大学で入りやすい大学だったから」。教師になる気は、あまりなかったという。

「けれど、学んでいくうちだんだん楽しくなってきた。それで教師を目指して採用試験を受けたのですが、4回チャレンジしてもダメ。縁がないのだとあきらめ、地元の出版社に中途入社しました」

出版には興味があったものの、配属されたのはシステム開発などを行うコンピュータ部門。やりがいが見いだせず、悶々とした日々を過ごすことになる。

転機が訪れたのは、入社して3年目、東京への転勤だ。東京ならば、「人生を賭けよう」と思えるほど、情熱を注げる仕事が見つかるかもしれない。そんな想いを抱き、鷲見氏は上京する。

「出版社で働きながら2年ほど転職活動を続けましたが、やりたいことが見つからない。方向転換して、ビジネス全般を知るべく幅広い業種と関われる経営コンサルティング会社の船井総研に入ったのです。入社1年目から結果は出せたのですが、自分はこの仕事に向いていないとすぐに悟ってしまった。クライアントと何時間も顔をつきあわせて話をするというのが苦手で。それに、他人の事業にアドバイスをするよりも、自分が主体となってやりたいことをやり、利益を得るほうに魅力を感じるようになってしまったんです」

青山のヘッドオフィスにある会長室。床暖を配したフローリングに、一枚板のテーブルなど、鷲見氏のこだわりが随所に。いつでも身体を動かせるよう、バランスボールやヨガマットも常備。

ビジネスには成功か大成功しかない

船井総研には5年間勤めたが、在職中に、自身の会社も設立。雑誌や本を買いあさり、街を歩いて、"ネタ"を探し求め、「これなら売れそうだ」と思ったものを、次々に事業化していった。

「ジャンルを絞ることなく、思いつくまま挑戦しました。サプリメントの販売に情報提供サービス、ブランド品の並行輸入に、生花のディスカウントショップ。うまくいかず、すぐに撤退したものも少なくありません。撤退の最大の原因は、私自身が商品に思い入れがない、いわば、『好き』ではなかったから」

ブランド品も花も、"利益を上げるためのツール"としか見ていなかったのだろう。「これを世に広めたい」という強い信念があるわけではないため、苦戦を強いられた際、もうひと踏ん張り、もうひと押しができなかった。オリジナリティのあるアイデアを考えるでもなく、成功しているシステムを踏襲するだけだったのだ。

「30代半ばまで、仕事のうえではかなり迷走していましたね。今思えば、『どんな仕事をしたいか』、『何のために働くのか』という自分の軸がしっかりしていなかったのだから、当然のこと。でも、その経験があったからこそ『好き!を仕事に』という企業理念にたどりついたのでしょう。社員にもよく言うのですが、私は、ビジネスには成功か大成功しかないと思っています。立ち上げた事業が成長サイクルに乗れば大成功ですが、もし撤退にいたったとしても、その経験は次に生かせるし、将来の成功に、きっとつながるはずですから。人生に無駄なことなんて、ひとつもないんですよ」

継続的な成長に必要なのは社員満足度の高さ

’97年に事業を開始した「まんが喫茶ゲラゲラ」が軌道に乗ったところで、鷲見氏は、かねてより関心があったウェルネス分野にビジネスをシフト。その後の大躍進は、前述のとおりだ。

それを支えているのは、ベンチャーバンクの「好き!を仕事に」という理念であり、「社員満足度を最優先する」という姿勢。いずれも理想論ではなく、鷲見氏の25年以上の経営経験に基づいて生まれたものである。

「人は、好きなことなら『絶対に成功させたい』と頑張るでしょうし、やりがいや充実感があれば、さらに仕事に励み、人としても成長する。それは次のステップにつながります」

実際、ベンチャーバンクでは毎月1回、社員からアイデアを募る機会を設けており、なかには事業化につながるものも。暗闇フィットネスの先駆けとなった「FEELCYCLE」も、そうした経緯で生まれたものだとか。

「社員満足度を最優先にするのも、企業の持続的な成長につながる。会社の利益や顧客満足度を優先し、社員に負担を強いれば、モチベーションは下がります。すると、仕事の効率が落ちるだけでなく、離職につながりかねません。社員にかけるコストを削るということは、実は、非合理的なことだと思います」

一例となるのが、「LAVA」のインストラクターの雇用。フィットネス業界のインストラクターは、一般的には非正規が多いが、同社は正社員での雇用を主流としている。安定した生活が保障されるだけでなく、長期的なビジョンを持てるからか、インストラクターたちのモチベーションも技術も確実に上がったという。魅力的なインストラクターがいれば、リピーターはつき事業は成長する。正のサイクルができあがるというわけだ。

成長の軌道に乗った事業は、分社化し、それぞれプロジェクトのトップを務めていた社員を社長に据えている。これも、ベンチャーバンク本体の子会社にするよりも独立性が保たれ、それぞれが自由に、成長を目指せるためだ。

「新規事業には、立ち上げ・育成・成長・拡大と、4つのステージがある。それぞれにおいて求められるリーダーの能力は違うため、適材適所を考え、異動は行います。ですが、異動後も、相応のインセンティブを受け取れる仕組みをつくっています」 

瞑想することで自分を見つめ直す

情熱を持てる仕事を求めて奔走した鷲見氏が行き着いたのは、後に続く者の背中を押し、すべての人を笑顔にするビジネスだ。

「『LAVA』の事業を通じて、瞑想に出会ったことが大きかったですね。瞑想とは、自分の内側に意識を向けること。外にばかり目がいっていると、売り上げや成長率など、他者の評価が気になるし、嫉妬や悔しさといったネガティブな感情も生まれがちです。そんな感情を手放すのに、瞑想はとても有効。初めのうちは、負の感情や考えが浮かんでくることがあるでしょう。そうしたら、『今自分はこんなことに捕らわれているんだ』と、自分の状況をまずは認め、『でも、これは不要な感情だ』と思えば、手放せばいい。それを繰り返していくうちに、自分が本当にやりたいことは何なのかが、見えてきますよ」


ベンチャーバンクグループが生んだ進化系ジム&健康施設7選

Takahiko Sumi
1959年生まれ。岐阜大学卒業後、出版社のシステム開発や船井総研での経営コンサルタントなどを経て2005年、ベンチャーバンクを設立。ウェルネス事業のほか、健康食品の通販や介護サービス、インターネットカフェ、人材育成など、様々な事業を展開。2018年2月のグループ売上高は381億円に達した。


Text=村上早苗 Photograph=吉場正和