日本酒業界のイノベーターが見据える「獺祭」の未来【旭酒造社長インタビュー後編】

市場規模が縮小し続けている日本酒業界において、内外で異例とも言えるヒットを飛ばす純米大吟醸「獺祭(だっさい)」。その蔵元である旭酒造の代表取締役社長・桜井一宏さんへのインタビューを前・後編の2回にわたって掲載。後編では桜井さんが長年取り組んでいる海外マーケテイングの話を中心に触れていく。
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食文化を変えるという挑戦

「獺祭」は30年以上の月日をかけ、売上高を約40倍まで伸ばすことに成功した。そのヒットの要因のひとつが「海外進出」という英断にある。

「父がニューヨークへの出張の前日に、「お前はどうするんだ!?」と急に言ってきて(笑)。その日以来、海外出張の日々が続いています。当初は日本酒が受け入れてもらえるか不安もありましたが、現地の人たちとコミュニケーションを交わす中で、僕らが美味しいと思えるものは、彼らも同じように感じてもらえることが分かりました。「これなら、いけるかもしれない!」と大きな可能性を実感するようになりました」

今現在、日本酒は海外でどのように受け入れられているのだろうか。

「もちろん国によって異なると思いますが、例えるなら、50年ぐらい前に日本にワインが入ってきた頃に近いのかもしれません。少なくとも当時の日本では、ワインが物珍しいこともあり、今のように飲む感覚はなかったわけで…。すでにアジアでは火がつきはじめていますが、正直なところ、日本酒ブームが到来したというには程遠い状況です。日本酒が海外へ本格的に流通しはじめてから20年近く経った今、確かに感度が高い一部の富裕層には支持されているのですが、一般の家庭まで浸透するにはまだ時間がかかるでしょうね。とはいえ、今は口コミの時代ではないし、SNSなどで一気に広まる可能性が十分あるかと思います」

これまで桜井さんが携わってきた海外プロジェクトの代表例が、食通の間で大きな話題を集めた昨年パリにオープンした「ダッサイ・ジョエル・ロブション」の出店だろう。

「当初は和食の職人さんと組んでパリに出店する予定でしたが、その話が白紙になってしまって…。それを聞いたジョエル・ロブションさんが話を持ちかけてくれました。『お前の日本酒は、和食より俺のフレンチの方が合う』と言ってくださって、とても心に響くものがありました。そこからの展開はスピーディでしたね」

両社の協業によるレストランは、凱旋門から歩いて10分もかからないフォーブル・サントノーレ通りにあり、エルメスの本店などが並ぶ絶好の立地条件だと言える。

「私が思うフレンチの魅力は、常に進化し続けていることです。元々重厚でしっかりとした味があったものが、今ではベジタリアン向けの軽さのある味まで生み出されている。その柔軟さがあるからこそ、日本酒と違和感なく合わせられる受け皿があるのだと思う。いざ蓋を開けてみると、ワインのメニューもある中で、日本酒はダブルスコアという好調な売れ行きです。『ちゃんとやれば、パリでも日本酒が売れる』という手応えがありますね。まだまだ課題はありますが、パリの食文化を変えられる楔を打ち込めたと確信しています」

ダッサイ・ジョエル・ロブションの店内。1階は洋菓子、パンなどを販売するパティスリー、2階はバーとティーサロン、3階はレストランという構成。

これに勝るとも劣らない話題を振りまいているのが、2020年の秋頃を予定しているニューヨークに醸造所の開設するプロジェクトである。

「カリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカ、通称CIAと呼ばれている料理大学から『アメリカで日本食の売上がすごく伸びているから日本酒を学びたい、ひいては近くに醸造所を作ってくれないか』という依頼があったことが、プロジェクトのはじまりでした。私たちには、この醸造所を拠点に、『アメリカの食文化をひっくり返そう』という目標があります。実際、アメリカで日本酒を売ろうとすると、関税と送料の問題からかなり高額になるため、市場に参入するハードルが格段に高くなります。だからこそ醸造所を設ける意味があるのです。ゆくゆくは現地のオイスターバーで日本酒が気軽に飲めるような環境に変えていきたい」

ニューヨークに建設される醸造所の完成予想図。

日本酒は、土地が重要視されるワイン造りと違って、米と米麹と水さえあれば製造することができる。

「この新しいお酒は、『獺祭』とは違う銘柄になります。今のところ、日本から山田錦を持っていって、アメリカで採れるカルローズと配合しながら調整している段階です。日本とは水も空気も違いますが、その環境下で最高のを品質を目指していきます。ある種、『獺祭』のライバル的な存在になることで、お互いが競い合う形になるのが理想ですね。一筋縄ではいかないと思いますが、ここで得られた経験は大きな糧になりますから」

アイデアを実現することで未来が変わる

旭酒造の夢創りの先には、日本酒のさらなる可能性が広がっている。

「国内の新しい取り組みとして、今年から山田錦のコンテストをはじめていて、毎年継続していくつもりです。優勝した方から、1俵50万円で50表、つまり2500万円分のお米を買い取ります。参加していただくのは、農家の方に限らず、業界外の方でも構いません。なぜこのようなコンテンストを開催するかと言うと、今の閉鎖的な状況を打破したいからです。通常、山田錦は1俵2万5000円という相場。等級が上がらない限り、価格が変動することはありません。そうなると、仮に今よりも品質が高いお米が作れる技術があったとしても、新たに設備投資するメリットが一向に生まれません。でも、1俵50万円での買取りなら状況も変わるだろうし、その過程で得られるノウハウから新たなビジネスチャンスが生まれるかもしれない」

それともうひとつ、桜井さんには新たな夢がある。

「いずれ一本100万円で売れる、究極の『獺祭』を手掛けてみたいと思っています。投資のお金が入るワインとの価値は比較が難しいから、今は具体的なビジョンがまったく思い浮かばないのですが、気長に見守っていただけると幸いです(笑)」


Kazihoro Sakurai
1976年山口県生まれ。早稲田大社会科学部卒。2006年、旭酒造に入社。2010年より取締役副社長として海外マーケティングを担当。2016年9月、代表取締役社長に就任、4代目蔵元となる。


Text=戸叶庸之 Photograph=吉田タカユキ


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