武豊アブミプロジェクト連載⑧ 製造過程でトラブル発生も「じゃあ、2パターン作るのはどう?」

ジョッキーにとって、騎乗時に足を踏みかける「アブミ」は極めて重要な仕事道具。しかし、武豊曰く「30年前から何も変わってないし、俺もそんなに気にしたことなかった……」。それが昨秋、 ゴルフクラブブランド「MUQU(ムク)」のアンバサダーとして名古屋の工場を訪れた際に、ふと閃いた!  「そんなに気にしたことはなかったとはいえ、どこかで気にはなっていた。何とかならないかな?」と。30年のジョッキー人生を懸けた一大プロジェクトを「ゲーテ」が独占でお届け。

トラブル発生!

2020年3月中旬、競馬界にも新型コロナウイルスの影響が及ぶなか、アブミ製造現場にも多少の影響はあったが、無事に武豊モデルの鋳造品10個が手元に届いた。

しかし、エムエス製作所で心待ちにしていた迫田副社長は、言葉を失った……。以前、栗東トレセンにて、武幸四郎調教師が「巣穴に気を付けて!」と言っていた、それが起こっている。

迫田:「小林さん(筆者)! トラブル発生です、大変です!」

鋳造品の検品を経て、仕上げ研磨(重量調整)と形状誤差などチェックすれば武さんの元へ届けられる、と筆者は考えていた。

迫田:「製造元に巣穴の危険性も伝えて、空洞の検査を実施してもらったんですが、そのレントゲン検査で、ちょうど革紐を通す穴付近に内部空洞が見つかりました。もう、先方には作り直しの指示は出しましたが、どうしましょう……」

製造特性上、ある一定の割合で内部の空洞はできてしまうもの、とは聞いていたが、その箇所が、実際に過去の強度テストでの「破壊」箇所であった点、見逃せない。

小林:「納期の遅れは、私の方から武さんにちゃんと(理由を経て)説明しますが、日本のモノ作りとして、安全基準に関しては一切の妥協無し、で行きましょう!」

既に鋳造で成形したアブミが、世界中のジョッキーの手元に渡っている以上、「鋳造では難しい」は話が通らない。

小林:「既製品(海外製造)がある以上、何か策はあるはずです、お願いします」

迫田:「巣穴があるモデルで、念のため、強度テストに出します」

後に、テスト結果が判明した。13.0kNと、我々が1つの基準にしていた7.0kNを大幅にクリアしている。安全性に問題はない。しかし、日本の製造現場として、妥協なきモノ作りを目指したい。

レントゲン検査により「巣」の発生を確認。鋳造品にはつきものだが、今回正直にレポートする。強度テスト基準は十分にクリアしているが、さらなる精度UPを目指す。

素材の違いで多さの違う2タイプ

当初、ステンレスで製造する「重さ」について、100gを目指していたことは、この連載でも触れているが、武豊のオーダー形状によって130gが限界だと判明。巣穴の問題があった初回納品分のいくつかを計ると、いずれも150g前後であった。

135~140gで仕上がってくるアブミ重量が、また増えている。150g前後は、事前にそうなるであろうとの報告があり、しかし、そこから、MS製作所が研磨加工(削り)によってダイエット(130gを目指す)する、と決まっていた。

今回、鋳造品のトラブルがあったが、その前に「重さ」について、迫田副社長に、筆者の方から「やっぱり、ドンドン重くなってます。改めて何とかなりませんか?」と、報告ごとに増える重量に気をもんでいた。

鋳造メーカーから納品されたアブミの1つ、147gと少し重く、ここからMS製作所が得意の「削り」作業を施し、130gを目指す。Made in Japanの一切の妥協なきモノ作りである。

しかし、筆者はこうも思った。

ステンレスは少し重いが、武豊が形状にこだわり抜いたモデル。世界最軽量チャレンジの前に、今回のこだわり抜いた形状をアルミ素材に変えて、(アルミ既製品の)強度テストでのエラー箇所を補強し、多少細部が太くなったとしても、武豊のこだわり箇所がクリアできるのではないか? と。

迫田副社長にそれとなく可能性として提案しておき、最終的には、武豊に電話し、その判断を仰いだ。

小林:「武さん……。もし今進んでいる形状を基準に、素材をアルミに変えて100g前後で完成したらどうですか? もちろん、アーチ部分の補強などするので、完全に形状が一緒ってことはないですが」

武豊:「うーん。130gは、これはこれでいこうよ」

小林:「130gのステンレス製も必要ってことですか?」

武豊:「俺は130gが基本になるけど、斤量が厳しい時なんかは、俺もアルミ製を使いたいし、100gも欲しいね」

小林:「2つのパターンでいきます?」

武豊:「もし……できるなら」

こうして、また1つ決まった(ラインナップが増えた)。世界最軽量アブミを目指す前に、素材の違う2種類を作ることになった。

形状にこだわり抜いたオリジナルアブミ  『武豊モデル1』は、130gのステンレス製と、100gのアルミ製の2種類の選択肢が生まれるということだ。

今年2月29日、16ヵ国目の騎乗となったサウジアラビアにて、世界9ヵ国目の勝利をあげた武豊 ©アフロ

迫田副社長に報告と打診をしなければいけない。

小林:「ステンレス、アルミのどっちか1択ではなくて、武さんの希望は、もし可能なら両方欲しいね、とのことでした」

正直、武豊が「両方を望む」とは思っておらず、また迫田副社長とも、そのつもりで1択の可能性話をしていた。

迫田:「では、既製品のアルミ製で、強度不安(強度テストで破壊箇所が判明)があった箇所をシュミレートし直し、武さんのこだわり形状を残しつつ、設計図を作ってみます」

小林:「シュミレーション上は、どれぐらいの重さ想定ですか?」

迫田:「PC上では96g~98gと出てます。この重さは川田騎手のカーボン製(96g)とほぼ同じ重さなので、かなり多くの騎手の皆さんにも受け入れられる重量かと」

小林:「良いですね!100gを切りつつ、形状は武豊がこだわり抜いた形。マーケティング要素は完璧ですね(笑)」

シーズン1の終了報告

さて、武豊アブミ連載を2週間毎に公開してきましたが、ここまでを「シーズン1」とし、「シーズン2」は、武豊が今回のアブミをレースに使用するシーンから始めます。シーズン1は、武豊のアブミへの思いと、その理想型を日本で初めてチャレンジする町工場の人達の取り組みを中心にお届けしました。シーズン2は、製品化されたアブミがレースでどう評価されるのか? 海外への挑戦、世界最軽量アブミチャレンジ、また、待ってもらっている川田騎手のオーダーなど、現在ルポを進めております! ご期待下さい。

Yutaka Take
1969年京都府生まれ。17歳で騎手デビュー。以来18度の年間最多勝、地方海外含め100勝以上のG1制覇、通算4000勝達成など、数々の伝説的な最多記録を持つ。2005年には、ディープインパクトとのコンビで皐月賞、日本ダービー、菊花賞を制し、史上2例目となる無敗での牡馬3冠を達成。50歳を迎えた2019年も、フェブラリーステークス、菊花賞を制覇。昭和・平成・令和と3元号同一G1制覇を達成した。 父は元ジョッキーで調教師も務めた故・武邦彦。弟は元ジョッキーで、現調教師の武幸四郎。  

Santos Kobayashi
1972年生まれ。アスリートメディアクリエイション代表。大学卒業後、ゴルフ雑誌『ALBA』の編集記者になり『GOLF TODAY』を経て独立。その後、スポーツジャーナリストとして活動し、ゴルフ系週刊誌、月刊誌、スポーツ新聞などに連載・書籍の執筆活動をしながら、映像メディアは、TV朝日の全米OP、全英OPなど海外中継メインに携わる。現在は、スポーツ案件のスタートアッププロデューサー・プランナーをメイン活動に、PXG(JMC Golf)の日本地区の立ち上げ、MUQUゴルフのブランディングプランナーを歴任。