安藤忠雄が山中伸弥と会って考えたパイオニアの思考法

世の中の常識を疑い、固定観念を覆し、未来を切り拓く「パイオニア」と呼ばれる人がいる。建築家の安藤忠雄さんが、日本を代表するパイオニアに会いにいくスペシャル対談「パイオニアの思考法」。ノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授と語り合う。

安藤忠雄 特別寄稿 パイオニアとは
山中伸弥さんは、iPS細胞という生物学の常識を覆す発見で、2012年の生理学・医学分野でのノーベル賞を日本人として25年ぶりに受賞された医学界のパイオニアだが、決して順風満帆ではなかった発見までの苦しい道程を、めげずに闘い抜けた。その根底にあったのは、臨床への思いであったという。モチベーションは実にシンプルで、だからこそ力強い。受賞の席で、最初に国を含めた周囲への感謝を伝えた山中さんは「今度は自分が」と、欧米に比して厳しい日本の、後進達の研究環境の改善のため、忙しい研究の合間も懸命に走り続けている。そんな真っ直ぐな山中さんだからこそ、誰もが無私の心で応援したくなる。 


この10年、次の10年――。無茶を重ねて戦い続けます。

 2015年3月17日、「山中伸弥さんを支える会」が発足した。iPS細胞(人工多能性幹細胞)を開発し、2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授の研究を、経済面で支援する会である。呼びかけ人は建築家の安藤忠雄さん。「世界中の難病に苦しむ人たちを救う研究の役に立ちましょう!」と主に関西の企業に寄付を募り、5年間で4.5億円が集まる見通しだという。

安藤忠雄(以下・安藤) 山中さんと出会ったのは2010年、京大のiPS細胞研究所のオープンの時でした。以来、何度かお会いしていますね。

山中伸弥(以下・山中) はい。

安藤 2014年の11月、兵庫県の元知事だった貝原俊民(かいはらとしたみ)さんが急死されました。兵庫県から創造力のある子が育っていくことを楽しみにされていた貝原さんを偲んで、2015年の4月に兵庫県立芸術文化センターで「未来を担う子どもたちへ」というテーマの講演をしてほしいと山中先生にお願いしたところ、「やります」と、即決してくれました。

山中 子供たちに話すということでしたから、是が非でもと。

安藤 スピードある判断に感激したのがきっかけで、「山中伸弥さんを支える会」に発展しています。今回は関西の企業限定で寄付を募ったのですが、ほとんどの企業が「山中先生のためなら!」と即決です。私自身が大阪出身で、大阪人はケチだから難しいのではと、不安いっぱいでスタートしましたが、すぐに集まりました。人々が山中先生に寄せる期待がいかに大きいか、実感しました。

山中 安藤さんのひと声の大きさにものすごく驚いています。

安藤 建築の仕事もそうですが、創造性は常に不安の中から生まれるものと考えています。山中先生も研究のなかで、多くの困難を乗り越えてこられたからこそ今の成果があり、そしてそれが人々の信頼へとつながっているのだと思います。

iPS細胞研究の目的は再生医療、病気解明、創薬

安藤 最近は、日本国内よりも圧倒的に海外の仕事が多いのですが、外国では今、日本の経済よりも、科学や文化に信用があります。以前は、日本といえば家電や自動車でしたが、最近は「あのiPS細胞でノーベル賞をとった日本」という評価をよく耳にします。そのiPS細胞ですが、医療現場で実用化されると、人間の手、足、内臓……などを失うか損傷しても、自分の身体から取りだした細胞で再生できるといわれています。あらゆる病気やけがに苦しむ人を救える夢のある研究で、山中さんはそのパイオニアであるわけですが、どこまで研究は進んでいるのでしょう。最初は、再生医学が目的だったわけですね。

山中 はい。安藤さんのおっしゃるように、病気やけがで失われた機能を取り戻すのが目的でした。細胞を移植する治療法の開発です。けがで切れてしまった神経をつなぐとか、糖尿病ならばインスリンをつくる細胞をつくって移植するとか。でも、それだけではなく、創薬に役立つことがわかってきました。

安藤 新薬の開発ですね。

山中 今、薬で完治させられない難病はたくさんあります。糖尿病、高血圧症、認知症……など。そして、ALS(筋萎縮性側索硬化症:きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)も。ALSは原因がわかっていないので治療法も見つかっていません。こうした病気の治療薬の開発にiPS細胞が役立ちそうなのです。今、認知症の患者には、誰に対してもほぼ同じ薬を使っています。しかし、人間の体質はさまざまなので、効果も副作用もさまざまです。患者の細胞からiPS細胞をつくり、そこにストレスをかけると、病気になるプロセスがわかります。ひとりひとりを分析して、その人に合う治療ができるのです。

安藤 私なら私に合った、効果的な治療や薬の処方ができるというわけですね。

山中 そうです。これを個別化医療といっています。

安藤 つまり、再生医療、病気の原因解明、創薬という主に3つの研究が進んでいる。

山中 病気だけではなく、人間と猿の脳細胞をiPS細胞から作り、知能の違いも研究しています。iPS細胞は、私たちが当初期待していたよりも何十倍も可能性が広がっています。

安藤 優れた研究者が共通して持つ資質はありますか?

山中 基本はVWです。「V」はビジョン。「W」はワーク・ハード。30代前半にグラッドストーン研究所に最初に留学した時、研究所の所長だったロバート・マーレーさんに教えられました。ビジョンは、長いスパンでの目標を明確に持つこと。ワーク・ハードは、一所懸命働くことです。日本人が最も得意とするものの一つでしょう。

安藤 山中さんご自身にとってのビジョンとは?

山中 自分の研究は、最終的にベッドサイドに還元したい。つまり、治療に役立てたいんです。私は研究者ですが、もともとは医師だったので。

安藤 20代の頃ですね。

山中 はい。父は山中製作所というミシンの部品を作る会社を経営していました。でも、私に継がせるつもりはなくて。医師になるように勧めました。

安藤 なぜでしょう?

山中 経営には不向きと思っていたようです。それで外科医を目指しました。でも、それも向いていなくて。というのも、器用な外科医ならば20分で行う手術に、私は2時間もかかりました。これはよく講演でも話していますが、当時病院での僕のニックネームは「ジャマナカ」でした。そんな経緯もあって、研究者の道を歩んできたわけですが、27歳の時に治療の難しい肝炎で父親を失ったこともあり、臨床への思いは絶えることなく持ち続けています。

安藤 それがiPS細胞の発見につながったわけですね。

山中 だからこそ、iPS細胞の研究をベッドサイドに還元するまで持っていきたいのです。

研究所運営資金のためにマラソン大会にも出場

安藤 山中さんの話をうかがっていると、ビジョンどおり、順調に進んでいる様子ですね。

山中 京大iPS細胞研究所は2010年にできましたが、おかげさまで2015年の時点で、2020年の目標達成が確実になってきました。

安藤 それは素晴らしい!

山中 研究所での私のスタンスも変わりつつあります。

安藤 具体的にはどういうことでしょう?

山中 今まで、私は研究者としてやってきました。スポーツにたとえると、プレーヤーです。ゲームリーダーと言わせていただいてもいいかもしれません。それを、経営に軸足を移しつつあります。スポーツならば、チームリーダーでしょうか。

安藤 研究所のスタッフは、何人いらっしゃるのですか?

山中 15年3月の時点で約300人です。それが約30の研究グループに分かれています。彼らスタッフがいかに力を発揮できるか――。その土台づくりがこれからの私の役割です。というのも、300人のうち正規雇用は28人しかいません。9割以上のスタッフが、1年、2年という有期限の不安定な条件で頑張ってくれています。

安藤 人件費は毎月必要ですからね。国からはどのくらい研究資金がでるのでしょう?

山中 約40億円です。とてもありがたい金額です。ただし、問題があります。この研究費の9割強は競争的資金といわれる研究費です。これは研究者同士が成果を競って国からもらうお金で、決まった期限内に、研究そのものに使わなくてはいけません。残りの1割弱が運営費交付金や寄付金などで、人件費はこちらから捻出するわけです。

安藤 つまり、山中さんはそのような研究所運営のためのお金をつくることに尽力されているわけですね。

山中 安藤さんが立ち上げてくださった会のお金も、こちらに使わせていただきます。

安藤 山中さんがマラソン大会で走っているのも、運営のための資金づくりのためですね。

山中 祖父が47歳、父が57歳で他界しているので、もちろん健康は強く意識していますが、安藤さんのご指摘のとおり、走ることでお金も集めています。クラウドファンディングというインターネット上のシステムで、完走を目標に掲げてiPS細胞研究基金への寄付を呼びかけ、1000万円を集めました。

安藤 42.195kmで1000万円。

山中 ただ、年間の寄付金の目標額は5億円なので、マラソンだけで集めるなら、50回出場しなくてはいけない計算です。

安藤 では、今回の「山中伸弥さんを支える会」で、走る回数を減らせますね。

山中 はい。ありがとうございます。その分、研究に時間を割くことができます。

特許を獲得するための米企業との仁義なき戦い

安藤 山中さんはアメリカでも研究をしていますよね。

山中 1カ月に、2日か3日、サンフランシスコ、グラッドストーン研究所に行きます。先ほど申し上げたように、日本では経営的なことに軸足を置いていますが、アメリカでは今までどおり、ひとりの研究者です。

安藤 日米の研究の環境に差はありますか?

山中 90年代くらいまでは、日米の違いはそれほど感じませんでした。ところが、その後、どんどん差が開いています。

安藤 何が違うのでしょう?

山中 日本の研究機関は、研究費の大部分が国から出ていますが、アメリカは企業や寄付がすごく多いんです。サンフランシスコの倉庫しかないようなエリアに、新しい研究所がどんどん生まれています。建物だけで1棟、日本円で50億から100億くらいのビルが、企業や個人の寄付で建っていて、企業名や個人名がつけられています。ITで財を成した経営者の「僕たちが研究をサポートする」という心意気を感じます。クラウドファンディングも盛んです。

安藤 日本はまだまだですね。

山中 クラウドファンディングもあまり認知されていなくて、だからマラソンに参加すると、沿道の声援のなかに「マラソンより研究を頑張って!」という声も交じって聞こえますね。

安藤 日本はもっと個人が寄付するような環境になってほしいですね。お金のことに限らず「私の責任でやりましょう」という発想が少ない。みんな、生活が不安だから、なかなか寄付まで意識が行きません。でもね、お金持っている人、多いでしょ。私はいつも「社会に還元しましょうよ」「冥土にお金は持っていけませんよ」と言っていますけれどね。そうすると、研究所の運営、ひいては優れた研究者を安定雇用する人件費に使える。

山中 人件費のほかにも、外からは見えづらいところに、大きなお金がかかっています。

安藤 それは?

山中 特に大きなものは特許です。iPS細胞をつくった時にも、京都大学ですぐに特許を取得しました。京大は公的機関なので、うちが特許を持てば、世界中の研究機関や企業がiPS細胞を研究することができます。実際に、公的機関の研究者なら無償で、民間企業でもリーズナブルなライセンス料でiPS細胞を作れるようになっています。

安藤 研究が加速しますね。

山中 はい。しかし、どこかの企業が特許を取得して独占すると、他の研究機関が手出しできず、研究が滞ってしまう。

安藤 そういう例は?

山中 たくさんあります。アメリカのベンチャー企業は特に積極的にチャレンジしてきます。私たちの特許はヨーロッパでは広範囲で有効ですが、アメリカでは限られたエリアだけなので、次から次へと争わなくてはいけません。アメリカの特許庁は特殊な制度ですので、アウェーの戦いを強いられています。そこにかかる莫大な費用には、国からの研究費を充てられないのが現状です。

安藤 いつ、どれだけお金が必要か、わからない戦いですね。

山中 おっしゃるとおりです。

安藤 チームリーダーとしての山中さんの戦いは長期戦になりそうですね。

山中 私、最近、50代になりましてね。祖父を40代、父を50代で失っているので、自分もいつまで生きられるかわかりません。でも、今はすごく元気なので、できるだけ無茶をしようと思っています。それで、運よく60代まで生きられたら、「せっかく生きられたんだから、もっと無茶をしよう!」と。そうやって無茶を積み重ねていこうと考えています。


Text=神舘和典 Photograph=鞍留清隆

*本記事の内容は15年5月1日取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい。14年4月以降の記事では原則、税抜き価格を掲載しています。(14年3月以前は原則、税込み価格)

安藤忠雄
安藤忠雄
1941年生まれ。独学で建築を学び、’69年に安藤忠雄建築研究所を設立。世界的建築家として活躍する。現在、進行中のプロジェクトは50を超える。プリツカー賞、文化勲章をはじめ受賞歴多数。桃・柿育英会 東日本大震災遺児育英資金」実行委員長。イェール、コロンビア、ハーバード大学の客員教授歴任。97年より東京大学教授、03年より名誉教授。2017年、国立新美術館で開催された個展には30万人を動員した。
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