日本の頭脳・宮田裕章が予見する「やさしさの未来」【特集やさしい服】

「現在国連が提唱しているSDGs(持続可能な開発目標)には多くの軸がありますが、ファッション業界は環境問題ばかりに特化しているように感じます」というのは慶應義塾大学の宮田裕章教授。 日本の頭脳が考える、持続可能な未来とは――。

今こそ服を纏うことで世界とどう対峙するかが問われている

環境問題は健康や人権、教育、自由など、満たすべき軸のひとつに過ぎません。何を着て、何を食べ、どう仕事し、どう遊ぶか。今後はそのすべてが地球に影響を与えることを考えていく必要があり、環境だけ取り組めばいいという話ではありません。現在はコーヒーで成功している、生産者も潤うフェアトレード品のような、関わる人々全体が幸せになるモノが選ばれるようになっています。発展途上国から搾取し、自分だけ幸せになる。チャンスロスを防ぐため大量に作り、残ったら廃棄。そして安いモノを一瞬だけ手に入れ、楽しく生きられればいい。そういった前時代的な考えは、もう終わりつつあるのです。

これからは、服が手元に来るまでと、着た後に手元から先、世界にどう影響を及ぼしたのか。そしてその流れのなかでつながる世界とどう対峙し、自分はどのように生きているのか。ファッションはそのひとつの窓口になっていくと思います。日本のコム デ ギャルソンやヨウジヤマモトは、以前から近いことを表明していました。何を着るかということから、その人の生き様は始まっているのだと。ともあれ、いまはクリエイションそのものが、モノをつくるだけの時代から、ユーザーの体験にコミットして価値を作る時代へとシフトし始めているのは、間違いないことです。

そこで大きな役割を果たしているのがデータとAI(人工知能)です。これまではデータを使う際、マスボリュームを生むため集団を捉えることが重要とされてきました。しかし、映像の分野で成功しているネットフリックスなどは、AIを駆使して集団ではなく個人を見詰め、従来はニッチで見向きもされなかったニーズを抽出。さらに個人に向けて作りこむことでクオリティを高め、結果世界と共有できるほどの新しい体験を生みだすことに成功している。こうした大転換、デジタルトランスフォーメーションは全産業で起こっていることであり、ファッションも遠からずそうなるでしょう。纏うことでどんな体験ができ、世界とどう対峙できるのか。そういった意味では、ファッションが着る人の在り方により強くつながる時代になると思います。

こうした転換点を迎えるうえで、改めて示唆を与えるのがレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画『モナリザ』です。ダ・ヴィンチは死ぬまでこの絵を手放さずずっと手を加え続けました。"万能の天才"と称される彼ですが、医学や工学はすべてモナリザを描くための習作に過ぎなかった、という説が提唱されています。そんな彼は"この絵は数学者には理解できる"という謎めいた言葉を残している。この人類に投げかけられた方程式は、絵に対峙すれば解けます。手がかりのひとつはスフマートという技法により、絵が微笑みかけてくるように見えることです。つまり観賞という行為により、ポジティブな感情が結ばれて体験が完成する。人間は決してひとりでは生きていけません。そこを突き詰めると、人類文明にとっての普遍的な価値のひとつは、やさしい微笑みで世界をつなぐことであり、それこそダ・ヴィンチが表現したかったことだと、私は考えています。そしてそれは、人々を軸にした持続可能な未来を作ることにもつながるのです。

Hiroaki Miyata
慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室教授。厚生労働省・参与及び保健医療分野におけるAI実装推進懇談会構成員。大阪府・2025年万博基本構想検討会議メンバーなど。"日本の頭脳”と称され、データ活用による社会変革を多彩な分野で実践。


Text=竹石安宏 Photograph=滝川一真