ポン・ジュノ監督発言にみる新型コロナウイルスの恐怖との向き合い方~ビジネスパーソンの言語学84

最近、説明や謝罪時の、違和感のある言葉遣いが話題になりがちだ。当コラムでは、実際の発言を例にとり、公私の場で失敗しない言葉の用い方を考える。ビジネスパーソンのための実践言語学講座84、いざ開講!   

「医学的、生物学な恐怖より、人が作り出す心理的な恐怖のほうが大きい」―――アカデミー作品賞を受賞した『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督

パニック映画のようなことが現実に起きてしまっている。それがハッピーエンドでも、バッドエンドでも映画ならば2時間もすれば結末が訪れるが、この新型コロナウイルス問題は、まったく出口が見えない状況になってしまっている。中国に端を発するこの騒動は、日本、韓国などのアジア圏から中東、ヨーロッパまで広がり、世界を巻き込むパンデミックに発展してもおかしくないところまできている。

映画『パラサイト』でパルム・ドールとオスカーのダブル受賞という快挙を成し遂げたポン・ジュノ監督は、かつて『グエムル 漢江の怪物』という作品でウイルス感染の恐怖を描いたことがある。先日、日本で行われた記者会見で日本と韓国を襲っている新型コロナウイルスについて質問を受けた彼は、次のように語った。

「医学的、生物学な恐怖より、人が作り出す心理的な恐怖のほうが大きいと感じます。そうした心理的恐怖に飲み込まれると、災害を克服することが難しくなります」

「過度に反応したり、人種的な偏見を加えたりするともっと恐ろしいことが起きます。私たちはこの事態を乗り越えられると希望を持ちたいです」

いまの日本はまさにこの心理的恐怖に包まれつつある。ネット上にはさまざまな情報、噂が飛び交い、偏見や差別の言葉があふれている。パンデミックよりも先に“インフォデミック”が訪れている状態だ。もちろん未知のウイルスである以上、誰も先のことはわからない。本来であれば、まず政府が手持ちの情報を明らかにした上で、国民に対してやるべきこと、やるべきでないことを明確に伝え、落ち着いた行動を呼びかけるのが筋だろう。

しかしどういった理由かは不明だが、日本政府は相変わらず検査や情報開示に対して消極的だ。本腰をいれてこの問題と向き合っているように見えないのはとても残念だし、国民のひとりとして不安に感じる。危機管理の鉄則でいえば、リーダーは常に最悪の事態を想定して動くべきなのだが、国民の心配をよそに政府の対応はどこか楽観的で具体性に欠ける。

確かに恐怖を生み出したのはウイルスだ。だが、その恐怖を政府が育ててしまっている。私たちは、その恐怖に負けてはならない。ポン・ジュノ監督の言うように、恐怖に飲み込まれることなく、まずはひとりひとりが自分自身を守るための行動をやっていくしかないだろう。目の前の事態に冷静に向き合わなければ、本当のバッドエンドが訪れてしまうかもしれないのだから。

  Text=星野三千雄