【俳優・市村正親】齢を重ねた今だから辿りつけた"役を生きる"役者の境地

俳優・市村正親の舞台を初めて観た者は、彼の身体から放たれる熱量に圧倒されるだろう。メディアで見せる軽快な人柄からは想像もできないほど、その気迫は力強く、魂を神に捧げる儀式を見ているように感じることすらある。劇団四季でデビューし、日本を代表するミュージカル俳優として築き上げたキャリアは約45年。今なお他の追随を許さない存在感を発揮し続ける名俳優の、バイタリティーの源泉を探る。  


人生は、やっぱり愛がなければいけない

11月30日公開の映画『Merry Christmas!~ロンドンに奇跡を起こした男~』は、チャールズ・ディケンズの名作「クリスマス・キャロル」の誕生秘話を描いたファンタジー作品だ。ディケンズ本人がいかに悩み、光を見出し、後世に語り継がれる物語を生み出したのか。その心の旅が、「クリスマス・キャロル」に登場するキャラクターとの対話を通して描かれている。

この映画で市村正親は「クリスマス・キャロル」の主人公・スクルージの吹替えを担当。実写でのアフレコは初挑戦、しかもスクルージは、1994年の初演以来、市村自身が舞台で繰り返し演じてきた役柄だ。

「もう何度も演じていますからね、この吹替えのお話が来るのは当然かなと(笑)。僕は長年スクルージの役をやっている観点で物事を見られるから、演じるという意味では(吹替えでも)苦労はしなかったけれど、(映画でスクルージを演じる)クリストファー・プラマーさんがつくり上げた肉体と、僕の声がひとつになってつくり上げるという感覚は、やはり舞台とは違いますね」

スクルージは、人間嫌いでケチな、無慈悲極まりない老人だ。「くだらん」「馬鹿馬鹿しい」とすべてを否定することしかできない、悲しい人間ともとれるかもしれない。そんな彼に対し「スクルージを演じる俳優としてはすべてに共感ができる」と市村は言うが……。

「人間・市村正親としてはまったく違いますね。スクルージは“愛=詐欺、金=安心、子供=役に立たない”と言うけど、僕にとって愛は人生そのもの。人生の中には劇場、観客、家庭、すべてが含まれますから。自分の人生は、やっぱり愛がなければいけないし、僕も愛が欲しいし、与えなくちゃいけないって思うんだよね。お芝居をやるとね、本当にいろんなことを教わりますよ。先日『NINAGAWA マクベス』をやった時は、誰かの甘いささやきには耳を貸しちゃいけないって、改めて思いましたし。反面教師になるというかね(笑)」

2018年10月には黒澤 明監督の初ミュージカル化作品『生きる』に挑み、『市村座』では唄あり笑いあり涙ありの濃密な時間をひとり芝居で魅せるなど、常にチャレンジを続けている市村。「新しい挑戦をしないと、脳が老化してくような気がする」と本人は笑うが、一から新作の舞台をつくり上げることは、並大抵のエネルギーでは成し得ないことだ。心から演じることを楽しみ観客と向き合う、その情熱を保ち続ける秘訣はどこにあるのだろう。

「僕は2、3時間で激しく、他人の人生を生きることが好きで、この世界に入ってきたんです。好きなことだからこそ情熱を込められるし、手が抜けない。こういう熱は、やっぱり“好き”に繋がるようなものじゃないと出せない気がするんです。僕の熱が冷めているのは寝ている時だけ(笑)。だから仕事に終わりはないわけだけど、その都度その都度いい達成感が得られるから続けられる。本番が終わった後に飲むワインは、なにより美味しいもんね(笑)」

情熱を“保つ”のではなく、常に燃え続けるほど“好き”という気持ちが強いということだろう。デビューから約45年、その心が揺らぐことはなかったが、演じることに対してのスタンスに変化はあったという。

「前はね、“お客さんにいいところを見せよう”って気持ちがあったんですよ。フィナーレの歌はこういう風に聞かせたいとかね。欲や助平な気持ちがあるから、外に結果を求めてしまう。でも今は、“役を生きる”という感覚に近い。役柄の心の中に起きてきたことを演じればいいわけであって、本来の役者の姿に戻ったんだろうなって気がします」

もうすぐ齢70という節目を迎えるが、年齢を重ねたからこそ演じられる役との出会いがあるという市村。その円熟味を市村節で表現するならば「おかずではなく、出汁のような演技」だというが、その表情に宿る純粋で無垢な舞台を愛する気持ちは、これからもずっと変わらないのだろう。

Masachika Ichimura
1973年に劇団四季の『イエス・キリスト=スーパースター』でデビュー。多くの作品で主演を務め、退団後はミュージカルやひとり芝居など、さまざまな舞台や映画、ドラマで活躍。2019年1月2,3日に放映予定の正月時代劇『家康、江戸を建てる』では徳川家康を演じる。また1月15日からは主演ミュージカル『ラブ・ネバー・ダイ』が開幕。1988年に日本初演時にファントム役を務めた『オペラ座の怪人』の10年後を描く続編で、約5年ぶりの再演とあって期待が高まる。


©BAH HUMBUG FILMS INC & PARALLEL FILMS (TMWIC) LTD 2017
『Merry Christmas!~ロンドンに奇跡を起こした男~』
監督:バハラット・ナルルーリ
出演:ダン・スティーヴンス、クリストファー・プラマーほか
配給:東北新社 STAR CHANNEL MOVIES
11月30日より新宿バルト9ほか全国ロードショー


Text=岡村彩加(ゲーテウェブ編集部) Photograph=後藤武浩