【連載】男の業の物語 第十八回『暗殺された友』


フィリピンの上院議員ベニグノ・アキノは同じ頃の選挙で当選して以来の親友だった。ニノイのニックネームで知られた彼は国家的な人気者だったが、それが独裁者のマルコス大統領に気に入られず、事あるごとに摩擦が絶えなかった。そしてある時、演説中に爆弾を仕掛けてマルコスの暗殺を謀ったという冤罪で投獄され、その間に心臓の発作を起こしアメリカでの治療を望んだ彼をマルコスは体よく追放し、数年間彼はアメリカで亡命生活を過ごしていた。

彼を強引に投獄したマルコスが適当な手立てで彼を殺さなかったのには、ある訳がある。それにはこの私が一枚噛んでいたのだ。私はかねて彼から興味深い話を聞かされていた。

ある時、彼が私に「フィリピンの副大統領が誰か知っているか」と質したことがある。そんなことを知る由もないので首を傾げたら、「それは日本の商社丸紅のヒヤマ社長だよ」という。つまり丸紅はマルコスに取り入って多大な利益を上げていて、マルコスもそのキックバックでいい思いをさせられているそうな。

ある時、彼の妻コーリーの実家の大農園の見学に小型飛行機で飛んだ帰りにバターン半島の先端の丘の上にあるマルコスの豪華な別荘の上を飛んだら、警備兵に威嚇射撃されて追い払われたものだった。その時アキノが「あの別荘はミスターヒヤマからの贈物だよ」と教えてくれた。

それで彼の投獄を聞いて私は大学の先輩である大丸紅の檜山廣社長に面会を申し込み、圧力をかけて将来性のあるアキノを殺さないでおくのは丸紅のためにも役に立つのではないか、ぜひマルコスを抑えてほしいと建言したら檜山さんも大いに頷いてくれた。その効果あってかマルコスはアキノを殺さずに亡命という形での追放ですませたのだった。

その話を後にボストンで打ち明けたら彼が大笑いして、「この俺がお前に命を拾ってもらったとはなあ」と慨嘆していたものだった。

私は投獄中の彼の様子を、一方的な裁判の様を彼の密かな支援者が写した写真で知ることも出来た。投獄によって前よりも痩せ細り精悍な顔付きの彼がマルコスの任命した判事たちに激しく反論し、相手が思わずのけ反る姿までが写されていたものだった。

後に彼の亡命先のボストンで再会した彼から聞かされたものだが、投獄されている間いちばん辛かったのは、彼を眺めにやってきたマルコスが電話機を設置させ、「これは俺の机に直接繋がっているから、これを取り上げひと言『イエス』と言ったら即座にお前を釈放して副大統領にしてやる」と言い残して出ていったことだったそうな。その後彼はその電話を見るのも恐ろしく、自分が間違って電話に触ってしまうまいかと部屋の中を歩くのも怖かったと言っていたものだった。その間、独裁者の横暴は限度を超えてきて、国民の間に怨嗟の声が高まり、彼は帰国の決心をするに至った。

その決心を伝えられた時、私には彼の状況があまりに楽観的に思われたので独裁者打倒のための他の策を建言したが、彼は一途に帰国を言い張り帰国の途に就いてしまった。私の妻が心配し気学の名人に相談したら、その日は五黄の暗剣殺で最悪の日取りだという。早速電話でそれを告げてせめて帰国の日を延ばすよう忠告したが、私の英語では気学の説明なぞ覚束なく一笑に付されてしまった。

その後彼の滞在に勘付いた台湾の当局が彼の出国を防げる動きがあるので、それをなんとか阻止してくれと彼から頼まれ、親しかった台湾の駐日代表を探し回り、彼の配慮で現地での彼への監視は解かれはした。

廊下にいた監視者が姿を消したのを確かめた彼から改めての感謝の電話があり、「お前は俺にとって本物の友達だよな」と妙にしみじみとした声で彼は言った。

そしてその後、半ばマルコスに通じながら身を処してきていたマセダという側近から、マニラの空港ではダブルスタンダードの暗殺計画が用意されているらしいという情報を聞かされたと洩らした。私にはそれがマセダのアキノへの偽の半ばの忠誠の証拠だと指摘し、帰国を思い止まるように忠告したが、彼は聞く耳を持たなかった。そして最後に「シンタロウ、お前は俺にとって最後のたった一人の親友だったな」と言って電話は切れた。

そして翌日、彼は降り立ったマニラの空港で軍が仕立てた偽者のガルマンなるやくざ者の暗殺者と一緒に射殺されてしまったのだ。

気丈夫な彼の母親のオーロラは血みどろの息子の死骸をそのまま棺にしまって国民の目に晒して弔問を受けつづけた。それが引き金となって国民の独裁者への怒りが爆発し暴動が起こり、マルコスは失脚してしまった。

その後、母国へ帰国する途中、日本にトランジットで降りたアキノの遺族たちへの、マルコスに気兼ねした日本政府の扱いは冷酷なもので、間に入っていろいろ奔走した私の手立ても及ばなかったが、気丈な未亡人のコリーには感謝もされた。そして民衆はアキノの愛国心に報いて未亡人のコリーを大統領に担ぎ上げたものだったが。

彼女の就任式には私も参列したが、心は晴れることはなかった。

あの時、マセダの報告を打ち明け、中国の毛沢東に媚びていたマルコスに反感を抱いていた台湾政府を刺激し、アキノの身柄を拘束させていたならばと密かに強く思わぬわけにはいかないでいるが。それにしても心の通い合った友人を手の届かぬところでみすみす失うということの辛さというか、もどかしさは何度思い出し噛みしめてみても喉には通らない。

第十九回に続く


第一回「友よさらば」

第十六回「男の約束」

第十七回「男の兄弟」