西川 八一行×伊原木 隆太 相師相愛 vol.12 (WEB特別版)

師匠か、恩師か、目をかける若手か、はたまた一生のライバルか。第12回は、老舗企業を変革して画期的な新商品を生んだ社長と岡山県知事。(WEBゲーテ特別版として、誌面の内容の続きが読めます)

波長の合うふたり

西川 初めてお会いしたのは、天満屋の社長として展示会にお見えになった時でした。気さくで笑顔がたえなくて、でもビシッと質問する時はする。私も他の業界から来ましたから、いい波長を感じました。

伊原木 450年以上もの歴史ある会社に若くて元気な人が入られ、素晴らしいと思いました。周囲に聞くと、ご先祖は武将の佐々成政(さっさなりまさ)、お父上はテレビでよく拝見した元内閣安全保障室長の佐々淳行(さっさあつゆき)さんだと聞いてびっくりして。

西川 子供の頃から家で政治の話や防衛の話をよく聞かされていました。佐々家は武士道、片や西川家は商人道。ふたつの道を極めたところですから、どちらでも学びの日々でした。

伊原木 とにかく利益を出せばいい、自分の代だけ儲かればいい、という人とは違うな、と感じました。振り返ると、取引先関係の個別のお付き合いはほとんどない私ですが、西川さんはずっとお付き合いくださって。

西川 もうふたり加えた4人で、3、4カ月に一度、泊まり込んで、おいしいものを食べたり、ゴルフをしたり、いろんな話をする「経営研究会」で長くご一緒させていただきました。

伊原木 なるほど魅力だな、と思ったのは、端正な雰囲気なのにうまく間を抜いてくださるところ。ゴルフでは完璧なバックスイングでボールではなくドカンと土を叩かれていたり(笑)。

西川 ブラックジャックに影響されて、本当は医者になりたかったのに、兄の影響で早稲田に進んだら医学部がなかったことに気づいたりもしました(笑)。

伊原木 西川さんらしい(笑)。

西川 それにしても経営研究会は、グローバルな話、ローカルな話が行ったり来たりして、本当に面白かったです。知事選に出られた時はびっくりしましたが、意外な感じはしませんでした。実際、ずっとサラリとされていて前とまったく変わらない。

伊原木 苦労が顔に出ないタイプですから(笑)。それよりも、西川さんは450年以上歴史ある会社で大きな改革をされて、本当にすごいことだと思います。簡単なことではなかったでしょうけど、やわらかいお人柄で見事に成功された。お願いですから、僕の対抗馬で選挙に出るのだけは遠慮してほしいです(笑)。

西川 ゴルフもテニスもうまいし、話もうまい。経歴もすごいのにいっさいひけらかさない。ちょっとコミカルなフリをいつもなさる。私は商人道で対抗しますので大丈夫です(笑)。

(これより、WEB限定テキストです)

伊原木 ひとつ本当に申し訳なかったのは、知事になった後、お世話になった人に、ちゃんとご挨拶ができていないことです。選挙に出る前は話せないし、出た後は選挙戦。知事になってからは、県庁の秘書課は公務優先ですから、プライベートな予定はまず入れられなくて。

西川 今回も、お声がけしても無理だろうなぁと思っていたんです。どうやって連絡を取ろうか迷ってSNSが思い浮かんで。

伊原木 選挙でSNSを使ってしまったら、大変な数の人とつながってしまい、もはやフォルダを空けられない状態になってしまっていまして。

西川 それでショートメッセージを入れることを思いついたんです。恋人にメールを打つように文字を打って(笑)。そうしたら、電話がかかってきて。

伊原木 なかなか電話をかけたり取れたりできないんですが、本当にいいタイミングでした。

西川 僕も電話にはなかなか出られないんですが、ちょうど車で移動中で。向こうから元気な声が聞こえてきて(笑)。

伊原木 お互い電話に出られなかったら、今日はなかった(笑)。しかも運良く東京出張があって。こんな僕を覚えていてくださって、ありがとうございます(笑)。


西川産業 代表取締役社長
西川 八一行(やすゆき)
1967年生まれ。早稲田大学卒業後、住友銀行へ。ニューヨーク勤務などを経て、95年西川産業入社。2006年より現職。「AiR」などの新シリーズ展開を推進。


岡山県知事
伊原木(いばらぎ)隆太
1966年生まれ。東京大学卒業後、米スタンフォード・ビジネススクールを修了し、MBAを取得。98年天満屋社長。2012年岡山県知事に就任。16年再任。