プロフットボーラー久保裕也「ロシアで日本代表として戦いたい」BORDERLESS STRIKER 第7回

世代交代が進むサッカー日本代表において、24歳、久保裕也は間違いなくキーパーソンに挙げられるだろう。5年前から単身海を渡り、周囲に日本人がほぼ誰もいないスイス、ベルギーで武者修行を続ける道を自ら選択。なぜ、この男はあえて厳しい環境に身を置くのか。なぜ、この男は国境に捉われることなく成長を求める道を歩むのか。6月に開幕するロシアW杯を前に、苦悩し、進化し続けている若きストライカーが、その知られざる思いを「ゲーテ」だけに綴る連載エッセイ。  


「自分が呼ばれることを信じて、準備をしながら待つしかない」

ベルギーリーグ、ヘントでの2シーズン目が終わり、久しぶりに日本に帰ってきた。最終戦となった5月21日は優勝したブルージュとの対戦。この試合で僕は得点をあげ、チームも1-0で勝つことができた。最終的なチーム成績は4位、僕の得点は11。もっとやれたという思いもあるが、すべてが順調とはいえないなかで最低ラインの目標はクリアできたことは素直に喜びたい。

チームとしては序盤に波に乗れず、監督が途中で交代することになった。こうなると僕のチーム内での役割も変わり、思うようにプレーできないことも少なくなかった。そういう状態ではコンディションも上がらず、なかなか点も取れない。日本代表に呼ばれても結果につながらず、落ち込みそうになることもあった。

それでも気持ちを切らさず、いつかくるチャンスを待ち続け、準備し続けることができたのは、自分でも収穫だったと思う。チームでは少し下がった位置を任されながら、自分がやりたい“いちばん前”での仕事のための自主練習は欠かさなかった。

それが活きたのはシーズン最終盤、プレーオフに入ってからだった。プレーオフが始まってからチームは波に乗れず、連敗を喫することもあった。そこでポジションが見直され、僕はいちばん前を任せられることになり、そこで得点を重ねることができた。シーズン最終盤にきてカラダのキレも、得点感覚もかなりよくなってきたのだ。

Licensed by Getty Images

さあ、次はワールドカップだ。残念ながら、ガーナ戦の代表メンバーには選ばれなかった。正直、プレーオフを戦いながら、早く日本に戻って代表合宿に参加したいという思いはあったし、このタイミングで代表戦に出られないことに対して複雑な思いもある。それでも西野朗監督は記者会見で僕のことを「戦力として考えている」と言ってくれた。いまはその言葉を信じ、自分が呼ばれることを信じて、準備をしながら待つしかない。

もし最終戦に敗れていたら、27日にもう1試合ベルギーで試合に出なければならなかった。そうなると日本への帰国も遅れるし、コンディションの管理も難しくなっていた。最後に勝つことができたことは、ワールドカップを目指す僕にとってもかなり大きい意味があるのだ。風は吹いているように思う。

日本代表として戦ってきて、いいときもあったし、そうでないこともあった。でもここまでやってきたからには、やはりロシアに行きたい。ワールドカップの舞台で日本代表として世界と戦いたい。そのための準備を僕は日本で続けていく。いつ呼ばれても最高のパフォーマンスができるように、気持ちとコンディションを保ち続けたいと思っている。

第8回(最終回)に続く

第6回「日の丸をつけるということ」


第5回「春だからこそポジティブに」


第4回「監督が誰であったとしても」


久保裕也のツイッターをフォローする
GOETHEツイッターをフォローする

Composition=川上康介

久保裕也
久保裕也
1993年山口県生まれの24歳。京都サンガF.C.のU-18に在籍していた2010、'11年と2種登録でトップチームに登録され、チームに帯同。高校3年だった'11年はJ2で10得点と活躍した。19歳だった2013年6月に単身欧州に渡り、スイス1部スーパーリーグのBSCヤングボーイズに移籍。昨年1月からはベルギー1部、ジュピラー・プロ・リーグのKAAヘントに所属し、移籍後7試合5ゴールの活躍でチームを上位プレーオフ進出に導いた。日本代表は、高校生だった'12年のキリンチャレンジカップでA代表初選出。昨年W杯最終予選では2試合連続ゴールを決めるなど、日本の本選出場に貢献した。
気になる方はこちらをチェック