メルカリが鹿島アントラーズのオーナーになった本当の理由。小泉文明のサッカービジネス論②

Jリーグが再開。コロナ禍によるサッカーの試合が延期される期間に、すべてのチームの中で圧倒的な存在感を示したのが鹿島アントラーズだ。率いるのは前メルカリ社長(現メルカリ会長)の小泉文明。新しいアントラーズの社長が見据える、アフターコロナの時代のチームの未来、スポーツビジネスのあり方とは?

顧客の拡大、ブランドの向上、ビジネス機会の創出

2019年7月30日、株式会社鹿島アントラーズから1つのプレスリリースが発表された。それまで日本製鉄株式会社が保有していた72.5%のうち、61.6%を株式会社メルカリが譲り受ける株式譲渡の締結が行われ、公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の理事会において承認された、という内容だった。

同日17時30分、JFAハウス4階に設けられた会見場で、メルカリの取締役社長兼COOとして壇上にのぼった小泉文明は「鹿島アントラーズという日本を代表するクラブの経営をサポートできることについて、会社一同、非常にワクワクしております」と、少し早口でコメントした。

鹿島アントラーズ側からすれば、親会社が変わるこの株式譲渡は、激変が続くフットボールの世界で生き残っていくために必要な変化だった。もともとアントラーズは、住友金属にとって重要なプラントである鹿島製鉄所に配属された社員の意欲向上という目的も帯びて発足したクラブである。しかし、時代は移り変わる。住友金属は新日本製鐵と合併、新日鐵住金と生まれ変わり、’19年4月からは社名を日本製鉄と改めていた。

それと同時に、住友金属のなかでは重要な役割を帯びていたアントラーズも、巨大な日本製鉄グループの子会社の一つという位置付けに変わる。時を同じくして、Jリーグはそれまでの共存共栄から競争へと方針を転換。今後のサッカー界でアントラーズが生き残るためには日本製鉄としても、新たな事業展開をはかることが期待できるパートナーを探す必要性を感じ、本拠地をカシマスタジアムから動かさないことなどの条件面に合う会社を探すなかで、メルカリに白羽の矢が立ったのである。

実際、メルカリが加わったことでアントラーズの経営スピードは劇的に速くなり、実現できずにいたアイデアも次々と日の目を見るようになった。メルカリが持つ技術力の恩恵は、今後も大きな変化をもたらすだろう。

しかし、株式を得たメルカリ側にはどんなメリットがあるのか、株式譲渡の記者会見のときから一貫して、小泉は3つの狙いを説明してきた。それは顧客の拡大、ブランドの向上、ビジネス機会の創出の3つである。

「1つは、ユーザー層が重複しないということですね。アントラーズはどちらかというと男性や年齢で言っても30代や40代から上の層の方が多いというデータがあります。一方、メルカリは20~30代の女性が多い傾向にあります。メルカリのユーザー層を拡大するためには、男性だったり、30、40代以上の層も必要ですし、逆にアントラーズからすれば若い層にスタジアムに来て欲しい。お互いにユーザー層がかぶっていないところが大きな要因でした」

「2つめは、ブランドですね。去年から僕らはメルペイというペイメントの金融サービスをスタートしています。メルカリは会社ができて7年なので、7年という若い会社が金融というブランドアセットを意識しなければいけないビジネスをスタートするにあたり、スポーツのもっている価値が生きてくると思っています」

「3つめは、ビジネス機会の創出です。クラブも企業なので収益を上げることが重要だと思っています。そこはこの先、エンタテインメント×テクノロジーの分野が広がっていくことで、さらに伸ばせるという見通しがあります。それに加えて“街づくり”のところも考えています。これから5Gといった通信技術やテクノロジーが進化していく過程で、リアルな生活の中にもっとテクノロジーが入ってくる余地が出てくる。僕らメルカリも循環型社会の実現のために、リアルな場を使っていろんな実験や取り組みをやっていきたいと思っています。その点、クラブチームを持っていること、ひいてはスタジアムを持っていることは非常に重要です。僕は最近『スタジアムのラボ化』と呼んでいますけども、スタジアムでなにか新しいテクノロジーを試していきたいと思っています」

リアルにこそ価値があるという“スタジアムのラボ化”

いまだ世界中で新型コロナウイルスの猛威はおさまっておらず、第2波に襲われ再びロックダウンを強いられる都市も多い。エンタテインメント業界にとって、こんな情勢のなかでお客さんが来てくれるかどうかは未知数の部分も多いだろう。

しかし、こんな情勢だからこそ、リアルの価値が高まる、と小泉は見ていた。

「このコロナの時代以降、人はさらに動かなくなってくると思うんです。大概のことはオンラインでよいのではと。そうすると、逆にリアルな場所にわざわざ行くことの価値がもっと上がると思うんですよね。上げないとまずいと言いますか。サッカーをスタジアムで観るとか、コンサートをライブ会場で観ることの価値はもっと高まる。ある一定の場所に2万、3万の人が集まるコンテンツになにがあるのか考えると、僕は音楽とかスポーツしかないと思っています。そういう人がたくさん集まる場所に対するソリューションを提示したり、試すことは、社会や企業が抱える課題解決のために、すごく重要な場所になると思うんです」

新型コロナウイルスの感染を避けるため、リモートワークを導入する企業は一気に増えた。わざわざ顔をつきあわさずとも、Zoomを活用したコミュニケーションで充分に業務が行えることがわかり、これからさらにリモートの活用は進むだろう。そんな情勢を見るにつけ小泉はアイデアをひねっているという。

「コロナの中で僕自身がなにを考えているかというと、リアルな価値が高まる方向にどう設計できるか、だと思っています。みんな『オフィスなんかいらない』と言いますけど、逆にオフィスの価値、オフィスにしかできない価値を提供できたら、むしろ価値は上がるんじゃないでしょうか。そういう方向で頭のなかを整理していかないといけない、と思っています」

リアルにこそ価値があるという“スタジアムのラボ化” は、メルカリと鹿島アントラーズに新たな方向性を示すだろう。メルカリが鹿島アントラーズを得た理由も、この先、もっと具体的に見えてくるだろう。そのとき加わってくるのが「パートナー」の存在だ。アントラーズでは去年から、協賛企業を「スポンサー」とは呼ばず「パートナー」と称している。

「いままでのスポンサーシップは胸に名前を出すからお金をください、という話でした。これからもそうした広告としての機能は残っていきます。ただ、それだけではなく課題解決のパートナーと考えています。レベニューシェアのような形で協同で事業をやりましょう、ということです。アントラーズとしてもリスクを負うし、リターンがあればそれをきちんと分配していただく。そういう形でクラブとしてのアップサイドも狙えるのかなと思っています。ビジネスとしてスポーツが貢献できる部分がもっともっとあるんじゃないかと思います」

昨年2月、鹿島アントラーズはNTTドコモを新たなパートナー企業として迎え入れた。その目的として、クラブチームとの連携による地域活性化、5Gを活用したスマートスタジアム化、クラブチームのデジタルトランスフォーメーション支援を目的とした協業を掲げる。すでにスタジアムには5Gが導入され、国内屈指の環境が構築されている。ただ、それはあくまでも下地でしかないだろう。大きな変化が訪れるのは、このテクノロジーを活用することで始まる。

「今後、パートナー企業さん同士のコラボレーションが出てきます。いまであればメルカリの技術もあれば、ドコモさんの技術とインフラがある。そこに違うパートナーさんが入ってきて新しい事業や実験を手がけることができるはずです。今後は、そういうビジネスをつくるところに、クラブとしてコミットしていくことが求められているんじゃないかと思いますね」

鹿島アントラーズはベンチャー企業の先輩

なにもメルカリはお金が余っているからアントラーズを買ったわけではない。近い未来を見通した戦略的な一手であることがよくわかるだろう。

とはいえ、一つ不思議だったことがある。鹿島アントラーズの親会社が日本製鉄からメルカリに変わったとき、アントラーズの内部ではまったくハレーションが起きず、スムーズに移行したことである。

住友金属から新日鐵住金に変わったときは、同分野の企業でありながら文化の違いが如実にあり、クラブ職員が困惑している場面に何度か出くわした。そのときと比較してもメルカリへの移行はもっと大きな変化であったはずだが、せいぜいSlackが導入されたときに「しばらくスマホを放置していて、Slackを開くときの恐怖感ったらない」という声を聞いたくらいだ。ガラリと変わったはずの経営に戸惑うといったことは聞こえてない。

メルカリがまだ鹿島アントラーズのスポンサー(当時はスポンサーと呼んでいた)だった当時、小泉は経営陣から「優秀な社員がいるはずなのにその能力が活かし切れていない。どうすれば力を引き出せるのか」とメルカリ式の組織のつくり方や社員のマネジメントの仕方を相談されていた経緯がある。実際にアントラーズの社長となり、縦割り・横割りだった組織を廃止し、プロジェクト単位で動ける組織に大改革しているのだが、そうした変化もアントラーズはすんなり受け入れている。

なぜなのか。

小泉は「鹿島アントラーズは完全にベンチャー企業だ」と言い切った。

「長年クラブを率いてきた方々と話すと、ある意味スタートアップっぽい。常識を疑いながら非常にいろんなチャレンジをされてますし、一方で伝統を守るだとかメリハリがすごくはっきりしている。そこはある意味ベンチャー企業の先輩であるという、そういう感覚さえ覚えますね」

いまでこそJリーグ屈指の名門クラブに数えられる鹿島アントラーズだが、その歴史はJリーグ発足したときの「オリジナル10」と呼ばれるクラブのなかでも異色と言える。大企業の後ろ盾を得て歩み始めたクラブが多いなか、茨城の片隅に位置するアントラーズは、当時のチェアマンである川淵三郎から「99.9999%ない」と言われたJリーグ参入をひっくり返すため、茨城県や地元の行政と一体となってサッカー専用スタジアムを完成させた。

「奇跡のようなスタジアムをつくって立ち上がってきた歴史を見ると、完全にベンチャー企業のそれですよね。ホームタウンに全部で30万人しかいない茨城の片田舎の町が、常勝チームをつくり、これだけの歴史を積み重ねてきた。過酷な環境でもサバイブできたのは、先人たちが知恵を出しあって進んできたからだと思います。そういう意味でメルカリと非常に近しい部分があるのかなと思っています」

いまや社員数が1800人を超えるようになったメルカリだが、そのマインドはいまだベンチャー企業の一つだった頃のまま。アントラーズが培ってきた精神と近い部分があってもなんら不思議ではない。

「新たな価値を生み出す世界的なマーケットプレイスを創る」というミッションを掲げるメルカリは、そのミッションを達成するために3つのバリューを大切にしている。「Go Bold(大胆にやろう)」、「All for One(全ては成功のために)」、「Be a Pro(プロフェッショナルであれ)」の3つだ。社員は、このバリューに沿って自ら考え行動する。それがメルカリの強みとなっていることは間違いない。

そして、小泉はこのメルカリが掲げる3つのバリューを、そのままアントラーズにも導入したのである。

「アントラーズには『すべては勝利のために』という強いミッションがあり、全社員がそれを信じています。その浸透率の高さは驚くほどでした。しかし、ミッションが強すぎるあまり、社員はそこに向かって全力で取り組む形になっていました。そこでマネージャー陣全員と話し合いをもって、現場が意識すべきバリューについて議論したのですが、結論としては『メルカリのバリューってアントラーズのバリューに近いよね』ということに落ち着いたんです。アントラーズもメルカリも非常に難しいミッションを掲げていますし、そのためにはチャレンジしないといけないことも非常に多い。フィールドは違いますが、もともとの企業フィロソフィーは非常に近かったのかなと思います」

こう聞くと、鹿島アントラーズとメルカリが出会うことは必然だった印象さえ受ける。スタジアムというリアルな場が生み出す価値を新たに定義し、「スタジアムのラボ化」を推し進めていくことで新たなビジネスが創造されるだろう。

とはいえ、それもすべて“勝つため”だ。

「勝ちたいですねえ。鹿島は勝ってナンボのチームなので。勝利の再現性を高めるために経営としてやれることをやりたいです。なんのためにやるかと言えば、やっぱり勝ちたいんですよ。チームの強化とビジネスをどうやってきれいにグルグル回すかだと思っているんで、やっぱり勝ちたいですね」

そのとき、小泉には敏腕経営者と熱狂的なサッカーファンという二つの顔が表れていた。

Fumiaki Koizumi
1980年生まれ。早稲田大学卒業後、2003年、大和証券SMBC(現 大和証券)に入社。投資銀行本部にて、主にインターネット企業の株式上場を担当し、ミクシィやDeNAなどのベンチャー企業のIPOを実現させる。'07年、ミクシィに入社。'08年、取締役執行役員CFOに就任し、コーポレート部門全体を統括。'13年、メルカリに入社。’17年、取締役社長兼COOに就任。'19年、鹿島アントラーズFC代表取締役社長に就任。メルカリ取締役会長も兼任する。


Text=田中 滋 Photograph=松永和章