鹿島アントラーズ社長のスマートシティ構想とは? 小泉文明のサッカービジネス論③

Jリーグが再開。コロナ禍によるサッカーの試合が延期される期間に、すべてのチームの中で圧倒的な存在感を示したのが鹿島アントラーズだ。率いるのは前メルカリ社長(現メルカリ会長)の小泉文明。新しいアントラーズの社長が見据える、アフターコロナの時代のチームの未来、スポーツビジネスのあり方とは?

テクノロジーとエンタテインメントの相性の良さ

7月11日からJリーグは、新型コロナウイルス感染症の対応ガイドラインに沿って、スタジアムに観客を入れる興行を再開させた。ただし、その運営は「イスの中心から半径1m以上の間隔をあける」、「観客の上限は、5,000人または会場収容人数の50%で少ない方とする」など、厳しいプロトコルに基づいている。スタジアムに観客が戻ってきたことは喜ぶべき進展だが、国内の感染者数が明らかに増加しているなかでの観客動員再開に、どのクラブも神経を尖らせていた。

ただ、クラブにとって再開初戦の客足は予想外だったのではないだろうか。多くのサッカーファンが再開を待ち望んでいたため、チケットはプレミア化するかと思われたが予想以上に売り上げは伸びなかったという。エンターテインメント業界にとって、withコロナの世界で生きていくことは簡単ではなさそうだ。

それでも、人々の消費行動がモノからコトへと移る傾向は変わらないだろう。スタジアムでの感動体験をどれだけ準備できるかによって、クラブの価値は高められる。スタジアムのラボ化のひとつの成果として、鹿島アントラーズはクラブオフィシャルパートナーである株式会社LIXIL住宅研究所(アイフルホームカンパニー)と共同で、カシマサッカースタジアム内の授乳室をリニューアルした。これは5月に開催され、社長の小泉文明も参加したオンラインファンイベントのなかでもサポーターから要望があったものだ。乳幼児のいる子育て世帯のサポーターが安心してスタジアムで観戦できるよう、ホスピタリティの向上に努めた。

パートナー企業と連携したスタジアムのラボ化はこれに留まらない。近い将来、テクノロジーによりスタジアム内のショップやトイレの行列に並ばなくても済むようになるという。観客はチケットも決済も顔認証され何も持たなくても良くなるし、飲食も席まで届けられたりするようになる。また、AIなどを活用しトラフィックデータをマネジメントすることで渋滞も解消されるようになるかもしれない。

近年、DeNAがプロ野球の横浜ベイスターズ、楽天がプロ野球の楽天イーグルスとJリーグのヴィッセル神戸を、そしてサイバーエージェントもJリーグの町田ゼルビアの経営に参画している。コロナの時代になっても、この流れは変わらないと小泉文明は見ていた。

「人々の消費もモノからコトへという流れのなかで、恐らく今後もテクノロジーとエンターテインメントのかけ算は、ビジネスとして大きくなっていくのではないかと思っています」

メルカリとしても、新たなビジネスをつくり出す上でアントラーズにコンテンツとして非常に魅力を感じたことは間違いない。前回も紹介したようにstand.fm、TikTokといった新たなプラットフォームで矢継ぎ早にクラブ公式チャンネルを開設させたのも、その一環だ。

ただ、在宅時間が増えるライフスタイルが一般化するのと符合するようにNetflixが業績を伸ばしている。コンテンツホルダーによるユーザーの可処分時間の奪い合いは、これまで以上に激しくなるだろう。だからこそ、ユーザーに寄り添う形を小泉は模索する。

「競合という意味では他のスポーツだけでなく、Netflixもそうだし、もしかしたらメルカリも競合相手になるかもしれません。24時間のなかで、どれだけ僕らアントラーズに振り向いてもらうかの戦いになる。だからといって、メディアやコンテンツホルダーのほうから押しつけてもユーザーにはなかなか選んでもらえません。だから、僕らはできるだけ消費者のライフスタイルに合わせた形でコンテンツを準備して、彼らに選んでもらえるような設計で考えていきたいと思います。移動中などのながら時間をstand.fmで、若者にはTikTokと配信先を増やしています」

小泉流“スマートシティ構想”

とはいえ、これは小泉が抱いている深謀遠慮の一端に過ぎない。メルカリが鹿島アントラーズのオーナーになった理由の一つである“新たなビジネスの創出”という点においては、もっと巨大な構想を頭の中に描いていた。それが、小泉流“スマートシティ構想”である。

スマートシティ(スーパーシティ)構想とは、AIやビッグデータを活用し、社会の在り方を根本から変えるような都市設計の動きが、国際的に急速に進展していることを受けて、日本でも「まるごと未来都市」を実現しよう、というプロジェクトだ。つまり、UAEのドバイやシンガポールといった先行する都市に負けない世界最先端都市をつくろうという構想である。

小泉はこれを「一世代前の考え方」と喝破する。

「未来図型のスマートシティの構想やプロジェクトに対して僕は違和感を持って見ています。大企業や政令指定都市がスーパーシティ構想を立ち上げて動いていますけど、それはそれだけの土地と資本があるから実現できる訳であって日本全国そうなることは難しいと思います。これまでの都市計画はいわゆるゼネコン主導型でした。最初に都市が設計されて、そこに人間が合わせていく。でも、これから日本全体の人口が減っていくなかで、そのやり方ではROI(Return on investment:投資した費用からどれくらいの利益・効果が得られたのかを表す指標)がまったく見合わない。日本全国の人口を都市部に集中させます、という法律でもできるなら別ですが。だから、僕は一世代前の考え方だと思います」

では、小泉流の“スマートシティ構想”とはどういったものなのか。

「本質的なスマートシティとは、人間が中心にいる街づくりです。つまり、設計された街に人間が合わせていくのではなくて、人間が先にいて街が後にある。僕からすると、テクノロジーが人間の生活が便利になるように解決していって、振り向いてみたら結果的にすごくスマート化されてました、みたいなものが本質的かつ現実的なスマートシティだと思うんです」

小泉には、人と人とをつなぐテクノロジーを扱ってきたからこその矜持がある。それはテクノロジーは人間のためにある、という考えだ。そして、 「僕は実業家なのでどの階段を上るのが一番早いかを考えるんです」と笑う。

生体認証やスマホ決済を導入し、顔認証で物販ができるようになるスタジアムのラボ化。続いてそれが街中にも導入されていくようになる。

「結局、『テクノロジーってなんなの』と言ったら、個人がどんどん自分らしく生きられて、個人がどんどん強くなっていく手助けをするものだと思います。そしてテクノロジーを使う、使わないも個人が選択していく。僕からすると、街全体に最先端のテクノロジーが導入されて、誰もが一斉にそれに従わないといけないのはちょっと違う気がしますし、住民の理解など時間がかかると思っています。個人のデメリットはちゃんと設計されつつ、徐々に街がスマート化していく方が現実的な街の進化の仕方だと思います」

超高齢化社会を迎える日本にとって、重要な働き手である子育て世代を確保することは、各地方自治体にとって非常に悩ましい問題だ。彼らが働き、報酬を得て、納税できなければ地域は成り立たない。つまり、労働以外の場面である医療や介護に、その世代のリソースを奪われていては、地域は成り立たなくなっていく。だからこそ、テクノロジーを使ってそうした課題を解決することは非常に意義がある。

鹿島アントラーズが本拠地を置くホームタウンの鹿行地域はおよそ人口28万人。アントラーズの前身である住友金属工業は鹿嶋製鉄所があることで地域の経済を支えてきた。時代は変わり、メルカリがアントラーズを保有するようになっても、地域がアントラーズを見つめる視線の熱さは変わらない。

「鹿嶋市は、ふるさと納税型のクラウドファンディングに対してもすごく理解があって、スムーズに進めることができました。市長からもIT化に対してすごく期待されています」

今世界的に見てもフットボールクラブは、その業態を変化させようとしている。商業施設と一体となったスタジアムの建設はごくごく当たり前のこととなった。また、イタリアのユベントスは伝統的なエンブレムから洗練されたロゴマークに変更。まるで高級ブランドのようなロゴは、人々のライフスタイルに浸透することを企図したものだろう。従来のフットボールクラブという枠組みを越える動きは、さらに増えていくはずだ。

世界には、レアル・マドリード、FCバルセロナ、ダラス・カウボーイズ、ニューヨーク・ヤンキースなど、資産価値が40億ドルを超えるといわれるスポーツクラブがいくつもあるが、小泉は実はそのどれも参考にしたことはないという。

「ITの業界にもう14年くらいいます。僕のビジネススタイルは、コミュニティも運営してきたなかで感じてきたことが素になっています。メルカリもmixiも熱量の高いコアなユーザーを大事にする手法で大きくしてきた自負はある。色々な構想がそうなって欲しいな、という願望込みで言っていますけど、僕の仮説がこれから合うかどうかは乞うご期待ですね」

デジタルを使ったビッグクラブ構想。スタジアムを利用したラボ化。そして、新しい形の街づくり。小泉は,スポーツやスポーツクラブが持つ新しい価値を示そうとしている。

Fumiaki Koizumi
1980年生まれ。早稲田大学卒業後、2003年、大和証券SMBC(現 大和証券)に入社。投資銀行本部にて、主にインターネット企業の株式上場を担当し、ミクシィやDeNAなどのベンチャー企業のIPOを実現させる。'07年、ミクシィに入社。'08年、取締役執行役員CFOに就任し、コーポレート部門全体を統括。'13年、メルカリに入社。’17年、取締役社長兼COOに就任。'19年、鹿島アントラーズFC代表取締役社長に就任。メルカリ取締役会長も兼任する。


Text=田中 滋 Photograph=松永和章