【阿部勇樹】松井大輔、鈴木啓太らと石川直宏を労う会で感じたこと

「谷間の世代」と呼ばれるグループがサッカー界にはある。1999年ワールドユース(現U-20ワールドカップ)で準優勝した1979年生まれを中心とした世代が「黄金世代」と呼ばれているが、その次の世代となる1981年生まれの世代が「谷間」と呼ばれているのだ。2001年ワールドユースではグループリーグ敗退。その世代が中心となるアテネ五輪でも同様にグループ敗退となった。阿部勇樹もまた谷間の世代のひとりである。


「谷間の世代」と呼ばれたことを誇りに!

サッカー界では17歳以下、20歳以下の世界大会が2年に一度開催される。そして、4年の一度の五輪は23歳以下の選手たちで構成される。その大会の結果や雰囲気から、それぞれの世代に、メディアがニックネームをつけることがある。

最近、「谷間の世代」を取り上げるインタビュー取材を何度か受けた。僕らがプロになって20年近い時間が経過したからかもしれない。そういう記事のなかで、今も現役を続ける選手たちや現役を引退して指導者になったり、サッカー界とは違う世界で頑張っている仲間の姿を知るのは、嬉しいことだ。

小野伸二さん、稲本潤一さん、高原直泰さん、中田浩二さん、小笠原満男さん、遠藤保仁さんたち1979年生まれの世代が「黄金世代」と言われ、2学年下の僕らが「谷間の世代」と言われているのだけれど、ずっと比べられているという感覚があった。

僕自身はそうやって比較されることを苦痛に感じることはなく、「黄金世代」の人たちのすごさは、十分に理解していた。高校時代から彼らは巧くて、野心に満ち溢れ、プロになっても輝いていた。早くからA代表入りを果たし、海外へ移籍する選手も多く、僕らの前を走っていた。本当に特別な世代だった。

学生時代や年齢別の代表では、年齢の違いはチャンスになる。時が経てば、上の人たちがいた場所に自分たちが立つことができる。しかしプロになれば、2歳上の先輩の存在が大きければ大きいほど、試合出場のチャンスを掴むのが難しいという厳しい現実があるのも確かだ。でもそれは、黄金世代と谷間の世代に限った話ではなく、選手誰もが経験する壁だと思う。

でも僕らの世代も時間はかかったかもしれないが、そんな黄金世代に刺激を受けて、自分たちの道をしっかりと歩いてきた。松井大輔や大久保嘉人らも欧州へ渡ったし、2010年のワールドカップ南アフリカ大会ではべスト16進出も果たせた。黄金世代という壁があったからこそ、僕らの世代が頑張れた部分もあったのかもしれない。

「引退したナオを労うための食事会をしようよ」

2017年シーズンをもって現役を引退した石川直宏を囲んでの食事会を去年開いた。出席したのは同年代の選手たちばかり。鈴木啓太、田中マルクス闘莉王、松井大輔らが顔を揃えた。そして、その第2回目が今年9月に開催された。シーズン中だったこともあり、現役は僕と松井だけだったけれど、逆に代理人をやっていたり、飲食店をしていたり、啓太のような新しいビジネスを行っていたりと、引退した今、新しい道を歩んでいる彼らの話は興味深く面白かった。

横浜マリノスのジュニアユースにいたナオとは、中学時代から知っている仲だ。当時は本当に小さくて、可愛いという印象が強かった。テクニシャンでパサータイプだったのに、プロになってからはスピードを活かしたドリブラーになった。プレースタイルだけでなく、見た目も大きく変わった。そして今では、FC東京クラブコミュニケーターとして、いろんなメディアに登場している。どの写真でも満面の笑みで、すごいなぁと思ってしまう。

プロになった選手とは、出身地は違っても、子どものころから敵チームの選手だったり、選抜チームのチームメイトだったりと、付き合いの長い選手が多い。だから、気がつくと思い出話に花を咲かせることにもなる。「あいつ、どうしてる?」と、直接話す機会が減った仲間の近況を耳にすると、やっぱり心が躍る。現役であっても、引退していても、毎日が思い通りに行くわけではないだろう。それでも、誰もがみんな頑張っていることが嬉しい。
 
サッカーを始めたころから、同じ世代の選手の活躍に「負けていられない」と思った。いい意味でのライバルだった。そしてプロになり、みんな同じように「谷間の世代」と呼ばれてきた。サッカー選手という仕事に就き、競うように生きてきた。欧州でプレーする選手、代表に選ばれた選手、そうではない選手、怪我で苦しんでいる選手、タイトルを手にしたり、降格をしたり……同じ現役といえども、立場はそれぞれだ。それでも「負けられない」という気持ちは抱き続けていた。その時々で、熱や色が違ったかもしれないけれど。

そして今、現役を引退する選手が増えて、サッカーとは違うフィールドで、新しい目標に向かって戦っている同世代の人間たちの姿に大きなパワーをもらっている。そのことを最近強く感じる。それは彼らが現役時代と同じように戦っているからだ。そういう仲間との繋がりをずっと大事にしたい。「谷間の世代」と呼ばれたことを誇りに感じ続けられるように。僕も、彼らに負けたくはない。

Yuki Abe
1981年千葉県生まれ。浦和レッズ所属。ジュニアユース時代から各年代別で日本代表に選出される。'98年、ジェフユナイテッド市原にて、16歳と333日という当時のJ1の最年少記録を打ちたて、Jリーグデビューを飾る。2007年、浦和レッズに移籍。2010年W杯終了後、イングランドのレスター・シティに移籍。'12年浦和に復帰。国際Aマッチ53試合、3得点。


Text=寺野典子 Photograph=杉田祐一

>>>【阿部勇樹】一期一会、僕を形作った人たち

①ブレない精神を最初に教わった師とは?

④怪我の多かった阿部勇樹が鉄人と呼ばれるようになった理由

⑤佐藤寿人と勇人から影響を受けたこと