【中田英寿に・ほ・ん・も・の外伝】茨城で見つけた直径約4センチの飯沼栗<茨城①>

2009年から’15年の約6年半、のべ500日以上をかけて、47都道府県、2000近くの場所を訪れた中田英寿。世界に誇る日本の伝統・文化・農業・ものづくりに触れ、さまざまなものを学んだ中田が、再び旅に出た。


中田が驚いた栗農家の情熱とこだわり

一粒の栗を拾い上げた中田英寿が、驚きの声をあげた。

「あれ? 栗ってこんなに大きかったっけ」

驚くのも無理はない。茨城県東茨城郡茨城町下飯沼の名物「飯沼栗」は、大きいものは直径4センチ以上。ふっくらまんまるに育った栗は、中身がみっしり詰まっているため重さも見た目以上だ。

「普通の栗は、いがのなかに3つ実が入っていますが飯沼栗はひとつだけ。だから形も平らなところがなく、全体が丸くなるんです」(下飯沼栗生産販売組合・東ヶ崎直人さん)

秋の終わり、中田の旅は茨城へ。茨城は、北海道に次ぐ農作物産出額を誇る農業県の一つであり、栗の産地としては生産量、栽培面積ともに全国1位。しかし、ひとつのいがの中に実を一粒だけ育てる「一毬一果」の栽培法はこの下飯沼地域だけ。長年研究を重ねてつちかった技術は門外不出で、現在11農家が秘伝の飯沼栗を生産している。栗は世界中に100種類以上あるといわれるなかで、飯沼栗は「石鎚」という品種にこだわり、50年かけて磨かれた栽培技術によって生まれたブランドだという。収穫は、自然に落ちた栗をひろう。

「ひろうのは楽なんですよ。ただ、ひろう量は組合全体で50トン近くありますけど(笑)」(東ヶ崎さん)

この地域でいちばんポピュラーかつ美味しく食べる方法だというゆで栗をいただく。圧力鍋でゆでただけの大きな栗はまだ湯気をたてている。ほくほくのひと粒をナイフで半分にわり、スプーンで中身をくりぬいて食べる。

「甘さもしっかりとあるけど、雑味がなくて栗の風味が伝わってきます。イタリアにいたころもよく栗を食べていましたけど、こんなに大きくなかったし、味ももっと大雑把だった記憶があります」(中田)

実はこのおいしさには秘密がある。大きく育って収穫された飯沼栗は、20日ほど冷温保存されてから出荷される。こうすることで糖度が2倍近く高まるのだという。2017年に「地理的表示保護制度」、いわゆるGIをとった“ブランド栗”だけに見た目にもこだわる。下飯沼栗生産販売組合では、大きな栗を馬毛ブラシで磨き、ツヤツヤにしてから出荷。厳しいチェックのもと、小さなキズや虫食いの穴でも見逃すことはない。

「天候にも左右されますし、毎年大きな栗を育てるのは簡単ではありません。でもやればやっただけ自分たちに返ってくる。いずれは海外に出荷したいとも考えていますが、まずは国内ナンバー1のクオリティを維持して、飯沼栗の名前をどんどん知ってもらいたいと思っています」(東ヶ崎さん)

ちょっと値ははるが、食べる価値はある。一度食べたらコンビニで売っているムキ栗では物足りなくなること必至だ。

「に・ほ・ん・も・の」とは
2009年に沖縄をスタートし、2016年に北海道でゴールするまで6年半、延べ500日以上、走行距離は20万km近くに及んだ日本文化再発見プロジェクト。"にほん"の"ほんもの"を多くの人に知ってもらうきっかけをつくり、新たな価値を見出すことにより、文化の継承・発展を促すことを目的とする。中田英寿が出会った日本の文化・伝統・農業・ものづくりはウェブサイトに記録。現在は英語化され、世界にも発信されている。2018年には書籍化。この本も英語、中国語、タイ語などに翻訳される予定だ。
https://nihonmono.jp/


Composition=川上康介 Photograph=淺田 創


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中田英寿
中田英寿
1977年生まれ。日本、ヨーロッパでサッカー選手として活躍。W杯は3大会続出場。2006年に現役引退後は、国内外の旅を続ける。2016年、日本文化のPRを手がける「JAPAN CRAFT SAKE CAMPANY」を設立。
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