直江兼続と究極の自己投資 ~中野信子 Passionable Brain 第12回~

Passionable(常熱体質)とは、Passionとableを組み合わせた造語。仕事や遊びなど、あらゆることに対して常に情熱・熱狂を保ち続けられる=”常熱体質”である。この連載では、中野信子が常熱的な歴史上の人物を脳科学の視点から解説する。第12回は乱世の先を見据えて学問を究め、新田開発を奨励し、子弟教育のための学問所を創建するなど、米沢藩の繁栄の礎を築きあげた直江兼続について。


Key person:直江兼続

戦国武将にとっての「自己投資」の筆頭は、やはりなんと言っても学問でしょう。一廉の武将の子弟ともなれば、幼少期に禅僧のもとに通って学問を修めるのが常でしたが、成人後まで学問を続ける武将は流石にまれでした。全国各地に割拠した武装勢力が夜討ち朝駆けで戦に明け暮れた時代ですから、それも無理からぬことではありますが。

その稀有な例外のひとりが、直江兼続でした。豊臣政権の五大老、上杉景勝を支えた名家老にして、関ヶ原の合戦の発端ともなった「直江状」を書いた人物として歴史に名を残しています。「愛」の一文字を入れた兜の前立てでも有名です。

彼は学問熱心なことで当時からよく知られていました。天下人となった家康を叱りつけたという逸話もある儒者の藤原惺窩(林羅山の師)が認めていたくらいですから、相当なものです。

詩作に優れ、書を愛し、朝鮮の役では略奪を戒めて灰燼に帰そうとしていた多数の漢籍を救い、当時最先端の印刷技術で『文選』を出版し、何百巻もの医術書を書写させ、現在は国宝になっている宋版の『史記』も『漢書』も兼続が収集したものでした。

彼は単なる文人墨客ではありませんでした。勇猛な武将であり、信長、秀吉、家康と権力者が目まぐるしく交替した危険な時代を、主家を助けて生き抜いた辣腕の政治家です。超多忙だったはずの彼が、なぜ学問に打ちこんだのかを考えるのは、現代の我々にとっても有益です。

彼には時代の先を見る目がありました。乱世が終わり、文治の時代が到来することを見越していたのです。だから戦に勝つための学問より、世を治め人々の助けとなる学問の力を重視しました。大規模な治水事業を行い堤を築き新田を開発し、子弟教育の学問所を創建し、米沢の繁栄の礎を築き上げたのです。

自己投資が自分のためだけの投資なら、それは自分の死とともに消えます。けれどそれが公共の利益につながるなら、後々の世まで残ります。自分の知への投資は、世の多くの人の幸せにつながってこそ意味がある。その大切なことを、兼続は学問を究めることによって知ったのだと思います。


Text=石川拓治




中野信子
中野信子
脳科学者。1975年東京都生まれ。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了フランス国立研究所にて博士研究員として勤務後、帰国。現在は、東日本国際大学特任教授。脳や心理学をテーマに、研究や執筆を精力的に行う。著書に『サイコパス』、『脳内麻薬』など。『シャーデンフロイデ』(幻冬舎新書)が好評発売中。新刊『戦国武将の精神分析』(宝島社)が話題になっている。
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