中間選挙のアメリカを巡る<後編> 元NHKスクープ記者 立岩陽一郎のLIFE SHIFT12回

これまで華々しい実績を残してきたNHKを49歳にして去り、その翌日単身渡米、巨大エリートメディアを去った一人のジャーナリストによるエッセイ。第12回目は、アメリカ中間選挙について、現地アメリカよりリアルな声をレポート。


米中間選挙 in フロリダ

ジョージアを発ったのは選挙前日の11月5日。南隣のフロリダに向かうのだが、格安チケットの関係で先ずノースカロライナに行き、そこで乗り換えて再びジョージアを越えてフロリダ入りした。

フロリダ州タンパ。ここで取材したのは、アーロン・シャロックマン氏。政治家の発言やネット情報の真偽を検証する取り組みにファクトチェックというものがある。私も日本でそれを実践するファクトチェック・イニシアティブ・ジャパン(FIJ)で理事を務めているが、彼はそのアメリカの主要団体である「ポリティファクト」の代表だ。たまたま部下を送って飛行場に来ていたということで、彼も空港で私を迎えてくれた。

ポリティファクト代表のアーロン・シャロックマン氏。

そのまま彼の事務所に行き、話をきいた。

「今回の選挙でも、様々な偽情報、いわゆるフェイクニュースが飛び交いました」

それは民主、共和のどちらにも見られたという。

「例えば、軍に対する立ち位置などを批判するフェイクニュースは多かったです。『この候補は軍に批判的だ』とか『軍を支援するための法案に反対した』といった情報を流すわけですが、それらは調べると事実とは異なるということが有りました」

アメリカは軍事国家と言っていい。軍人は特別な敬意を払われることが当然視されている。例えば飛行機に乗る時も、「あなたは軍の関係者ですか?」という問いが必ず出る。「Yes」と答えれば価格が安くなる。空港で、「軍の皆さん、私たちはあなたの献身的なサービスに感謝しています」とアナウンスされているところは多いし、飛行機に乗った際に、軍服を着た若者を、年配の乗客が、「本当にありがとう」とねぎらっている光景を見かけることもある。それだけに、「軍に批判的」だったり「軍を支援する法案に反対」というのは選挙ではかなりマイナスに響く。

ただ、やはり今回も突出していたのはトランプ大統領だったと話した。

「残念ですが、この大統領は事実をおろそかにすることが多い。これは彼の政策云々とは違うレベルの話ですが、言っていることの多くに嘘が含まれている」

ポリティファクトは検証する際に、6つのカテゴリーを設けている。

① 事実
② ほぼ事実
③ 半分事実
④ ほぼ事実ではない
⑤ 事実ではない
⑥ 真っ赤な嘘

さすがに、トランプ大統領も「真っ赤な嘘」はなかったようだが、「事実ではない」や「ほぼ事実ではない」が散見されたという。

1つの事例は、やはりアメリカを目指す南米の人々についてだった。

「大統領は南米から国を逃れてアメリカを目指しているキャラバンを指して、「侵略者」と言ってみたり、「犯罪者が紛れ込んでいる」とか、「中東のテロリストが紛れ込んでいる」と発言しました。しかし、そうした事実はなかった」

翌日、投票所を訪ねた。ここでは朝7時から夜7時までが投票時間となっていた。私は午前9時に最寄りの投票所となっている公民館に向かった。

既に列ができていた。私は今回の取材結果を、いろいろな媒体で紹介しなければならない。そうしないとかかった経費を回収できないからだ。そのためにいろいろな媒体と契約に向けて記事を書くわけだが、やはりテレビは無視できない。そこでレギュラーコメンテーターをしている毎日放送の情報番組「ちちんぷいぷい」でも、取材内容を伝えることにしていた。

それには映像が必要だから、カメラを回すことになる。

投票前の行列をレポートする私。

私が列に向かってカメラを向けた時、同年代くらいの男性2人から声をかけられた。

「あなたがここでカメラを回さないことをお願いしたい」

それは極めて丁寧且つ日本語にするとわかるが、かなり冷ややかな言い回しだった。慇懃無礼に近いかもしれない。

ただ、考えてみれば、日本でも投票所で投票する人の顔を撮影することはしない。やはり投票は秘密が原則だからだ。もう一人が言った。

「それがこの国のルールだ」

そこに、「このアジア人、なにしてんだ」と言ったニュアンスを感じるのは大袈裟だろう。私は謝って、カメラを向けるのを止めた。

面白いのは、投票所に民主、共和のそれぞれの支持者がプラカードを掲げて、自身が指示する候補者への投票の呼びかけを行っていた。これは日本では見られない。それを撮影し、現日の盛り上がりを示す証拠とした。

この投票所で受けた指摘についてアーロン・シャロックマン氏に語ったところ、次の様に解説した。

「一般的に、トランプ支持者は取材されるのを嫌がる傾向はある。隠れトランプ支持者と言う言葉があるだろ。あんまり言いたくないんだよ。フロリダでは、トランプ支持者の多くはそういう点には神経質だ」

フロリダは「スウィング・ステート」と言われる。スウィングする。「揺れる」とか「変化する」といった意味だが、民主、共和といった色分けがなく、その時その時で支持が変わる。それだけに、ジョージアの様に「私はトランプ支持者だ。何が問題だ?」といった感じではないのかもしれない。

一通り取材が終わって、市内中心部の宿に戻った。さて、実は今日はある意味、この取材旅行の真価が問われる日なのである。現場から中継を出すのだ。

1つは毎日放送の「ちちんぷいぷい」向け。この関西で19年続くお化け番組は、今、午後1時55分から午後6時までの生番組だ。視聴率は同時間帯をならすと常にトップか2番手という人気番組でもある。

そこで私はNHKを辞めてアメリカで半年過ごして戻った後、ハローワークで仕事を探している最中に電話を貰って出演することになった……という話は既に書いている。

さて、その中継だが、私が毎日放送から借り受けたのは、毎日放送報道局とつながるように設定されたスマホと、そのスマホを立てるための長さ10センチほどの卓上三脚のみだ。当然、カメラマンも中継スタッフもいない。これはNHKと毎日放送との違いというわけではない。毎日放送も社として中継を組む際には、少なくとも記者かアナウンサーにディレクターとカメラマンがつくという体制で海外にも行っている。これはあくまで部外者の私が中継を行うための「体制」である。

「しかし、スマホ一個でなぁ……」とiPhoneを見つめた。さて、これ1つで中継ができるのだろうか。不安がないと言ったら嘘になる。

中継時間は日本時間の午後2時を予定。これは、フロリダは翌7日の午前0時だ。シャロックマン氏らが探してくれたが、やはりこの時間に「現場から中継」ができるような選挙関係の場所はなかった。

仕方ない。ホテルの自室でやるしかない。現地の新聞を購入し、背景にテレビを設置。ホテルの部屋のベッドの脇に、急ごしらえの「アメリカ支局」を作ってみた。見た目はどうだろうか?

ホテルに設けた一人スタジオ。

この毎日放送の前後にニコニコ動画の中継も予定されていた。これはジャーナリストの神保哲生氏と上智大学の前嶋和弘教授がスタジオを務める特別番組で、私は2度、現地からの中継を入れるということだ。

少しでも経費を回収するにはなるべく多くの媒体に出る必要がある。このニコニコ動画では、近く私の番組を有料で行う話も進んでいる。そのための前宣伝といった意味合いもあるのかもしれない。

本番中に睡魔に襲われるのは避けたいので、少し仮眠をとって、先ずフロリダ時間の午後11時からのニコニコ動画の中継を行った。これはパソコンのスカイプを使ったもので、アメリカの盛り上がりなどについて簡単に伝えた。ニコニコ動画の担当者の話では、クリアな画像と音声だったという。

さて、毎日放送だ。毎日放送でも、ニコニコ動画もチェックしていたという。ただ、ニコニコ動画はインターネットTVなので、画像の良し悪しにこだわっているわけではない。地上波の毎日放送はそれなりの画質を要求する。そのためのスマホ中継でもある。

WiFiはホテルのものは使わず、日本からレンタルでもってきたグローバルWifiの北米用を使っている。やはりホテルのWiFiだと安定しない。ただ、ニコニコ動画のスタッフから通信速度を調べる手法を教えてもらって実施したところ、数値上はレンタルのWiFiとホテルのそれとにあまり違いはなかった。

そして午前0時。先ずはスタジオでのトーク。

私が1人で奮闘していることがサブMCの山中真アナウンサーから伝えられると、レギュラーで私の隣に座る落語家の月亭八光氏が、「こんな重要な取材で、タテさん1人で行かせているんですか?」とスタジオを笑わせていた。その隣に座っているだろうお笑い芸人でシャンプーハットのてつじさんが、「なんちゅうテレビ局や」と言って更に笑いを誘う。メインMCのヤマヒロさんこと、山本浩之アナウンサーが、「いや、形にこだわらず、中身で勝負するという番組の方針です」と言ってまた爆笑。

そういう状況はイヤホンからは伝わるが、私はまだ出番ではない。そして中間選挙についてのビデオが流れ、山中アナウンサーから、「では、現地の立岩さんを呼んでみましょう」と。

そして、恐らく私の顔が映し出されたのだろう。またスタジオ内爆笑。またてつじさんと八光さんの声が聞こえる。

「これ、ほんまにフロリダなんか?」

「隣のスタジオちゃうか?」

思わずこちらも笑ってしまう。が、笑ってばかりもいられない。地元紙「タンパペイ・タイムズ」を示して、「まぁ、フロリダにいるという証明というわけではありませんが、ここに地元の朝刊があります」と話を始めた。

しかし、ここで地元紙を出したのは、現地からの中継を証明するため……だけじゃない。その新聞の一面の見出しにあった「It’s Now or Never」という言葉を紹介するためだった。

「今しかない」という現地の盛り上がりを紹介したものだが、情報番組的には、「いつやるの? 今でしょう」と言うべきだったかもしれない。

ゲスト・コメンテーターの山口真由弁護士から、「フロリダは特殊な場所ですが、トランプ大統領の支持などはどうなんでしょうか?」と。

さすがニューヨークの弁護士資格をお持ちの山口さんだ。一瞬、「答えられるだろうか」と自問自答する。取り敢えず答えたが、こうした問いが、打ち合わせなしでこうした質問が飛んでくるのが民放の情報番組の怖いところだ。台本のない放送など放送じゃないという感じのNHKとはずいぶんと違う。

こうしたスタジオからの問いに答えつつ20分近くだろうか、既に映像を送っているジョージアのバーク氏のインタビューやフロリダの投票所の映像を交えて語った。

そして無事に終わった。私には中継のできはわからない。ただ、番組編集長やスタッフからのメッセージでは、「驚くほど画質も音質も良く成功でした」と書かれていた。

「へぇぇ、こんなスマホでテレビの中継ができちゃうんだ……」

1991年からテレビ局で働き始めた人間としてはちょっとした衝撃だった。おっさん丸出しだが、正直、世の中、凄いことになっていると実感した。

この後、ニコニコ動画の中継も無事に終了。

ちょっとした充実感といった感じか。NHK時代も海外からの中継はかなりの頻度で経験している。最初は日本大使館が占拠されたペルーのリマからの中継。次が駐在したイランから。その後は戦場となったイラクのサマーワ。その全てが、大掛かりな機材とカメラマン、ディレクター、技術スタッフによる一大チームによるものだ。カメラだけじゃない。衛星に映像を飛ばす機材。東京の本社と連絡をするための電話も、中継とは別に確保する必要がある。「海外から中継を出す」と言えば、一大イベントにならざるを得ない。

余談になるが、イラク戦争の当時、イラクとクウェートの国境から急きょ中継することになり、地元の国営テレビに頼んで中継車を24時間借りたところ、日本円で50万円も請求されたことがあった。それが私の頭の中にある海外からの中継だ。

「それが、このスマホ一個でかぁ……」

通信料なんていくらだったのだろうか? 昔は、10分10万円が相場だった。それでも先輩記者からは、「随分と安くなったもんだ」と言われた。今回は……恐らく数千円もかかっていないだろう。

ホテルの冷蔵庫からビールを出して、一人、成功を祝した。そして「特設スタジオ」すぐ脇のベッドに横になった。

翌日は政治の中心地であるワシントンDCに移動して取材を続ける。それが冒頭の機内での「ほっと一息」につながるわけだが、それは次回に譲りたい。

次回に続く


中間選挙のアメリカを巡る<前編>


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