今の常識vs新しい常識 対極を愉しむ 出井伸之vol 07


「グルーポン」の本質を理解できているか

これまでのビジネスの常識を破壊する存在になるのではないか、と久々に注目していた矢先、事件は起きた。年末年始、大きなニュースとなった「おせち」騒動である。共同購入サイトで注文すると半額になると話題になり、注文が殺到。だが、作った業者が見本とはまったく違うひどいシロモノを届けてしまう。
 このニュースのおかげで、今や「グルーポン」をはじめとしたフラッシュマーケティングをネガティブなイメージで捉える人もいるようだ。だが、このビジネスの“本質”に気付いている人は果たしてどのくらいいるのか、と僕には思えてならない。
 実は昨年、グルーポンを50億ドルもの巨額な提示で買収しようとした会社があった。グーグルである。だが、グルーポンはあっさりと蹴った。そして1月、グーグルはフラッシュマーケティングに自ら参入することを発表した。買収を蹴ったグルーポンも、参入を決めたグーグルも当然の行動だと僕は思う。フラッシュマーケティングはそのくらいのとてつもない潜在力を秘めたビジネスだからだ。
 本質を理解するヒントは、このビジネスをどこから眺めるか、かもしれない。実は顧客からでも、フラッシュマーケティングの担い手からでもない。参加する業者から眺めるべきなのだ。


 例えば、予約が何ヵ月も前から常にいっぱいで、ひとつのコースしかない京都あたりの小さなカウンターの名店なら、極めて効率のよいビジネスを展開できることは誰でも想像できる。必要な分だけの食材を事前に買い、効率よく順番に作り、給仕に必要なだけの人を雇う。事前に売り上げも利益も確実に読める。なぜかといえば、ヒト・モノ・カネのいずれも“在庫”を持つ必要がないからである。
 小規模で人気の名店だからこそできるビジネス、でもある。しかし、これが巨大なスケールでできる、となったらどうか。事前に必要な仕入れ食材がわかり、必要な人材がわかり、必要な設備もわかる……。だが、できる方法があるのだ。それこそがフラッシュマーケティング、共同購入型ビジネスなのである。事前に顧客数も、注文の内容も、サービスの日付もわかっている。まったく無駄のないビジネスが展開できるようになるのだ。
 これはレストラン然り、ホテル然り、もっといえばあらゆるものがそうだが、その値付けはリスクを加味したうえで作られている。在庫を保有するリスクだ。だからこそ利益率という発想が生まれた。あらかじめ在庫を見越して価格を付け、結果としてどれだけ無駄な在庫を減らせるか、で利益が決まる。

ビジネスから在庫がなくなったとすれば

だが、フラッシュマーケティングの場合、この概念そのものが不要になる。在庫を持つ必要がないのである。だから、価格が安くなるのは当然なのだ。在庫を持たない前提で値付けをすればいいからである。しかも、サービスを提供する業者は利益があらかじめわかる。これほどありがたいことはない。顧客にも、業者にも、Win-Winのモデルが成立するのだ。
 しかも僕が何より評価するのは、これまでネット世界とは関係ないといわれてきた飲食などのリアルビジネスを、バーチャルの世界に引き込むことに成功したことだ。これによって、マーケットは莫大に広がることになった。ネット通販の世界で起きた“中抜き”が、今後はリアルビジネスでも起きる可能性が出てきたということである。

知り合いのIT企業経営者が使っているのを見てひと目惚れしたのが、真っ白いレザー製のiPadケース。そのまま使えるキーボードも付属。写真立てのようにiPadを立てかければ、まるでノートパソコンのように使える。日本の「わがんせ」が製造。


 では、何を中抜きするのか。僕は、そのひとつは広告だと思っている。ツイッターやSNSなどのコミュニティと連動すれば、かなりのターゲットマーケティングが実現できてしまう。ということは、広告する必要がない。今後“正しい値付け”を阻害するあらゆるものは、中抜きの憂き目に遭う可能性が高い。広告収入が莫大なグーグルがすぐに腰を上げたのも頷ける。
 もちろんフラッシュマーケティングだけでビジネスを成立させることはまだ難しいだろう。だが、一部で活用したり、最初から部分活用することを前提に店舗を作ったり、ビジネスモデルを作る動きが、今後は出てくると思う。売り上げや利益の2割でも3割でも、事前に読めるビジネスができれば、経営は極めて安定する。結果として、思い切ったビジネス、突き抜けたビジネスも出てくるはずだ。
 さて、皆さんの印象はどうだろうか。ビジネスの常識が変わるのに、それほど年数はかからない。そう僕は読んでいる。


Text=上阪 徹 Photograph=OGATA
*本記事の内容は11年2月取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい