【新連載】プロフットボーラ― 久保裕也 BORDERLESS STRIKER 第1回 「ハングリーな環境で強くなりたい」

世代交代が進むサッカー日本代表において、24歳、久保裕也は間違いなくキーパーソンに挙げられるだろう。5年前から単身海を渡り、周囲に日本人がほぼ誰もいないスイス、ベルギーで武者修行を続ける道を自ら選択。なぜ、この男はあえて厳しい環境に身を置くのか。なぜこの男は、国境に捉われることなく成長を求める道を歩むのか。6月に開幕するロシアW杯を前に、苦悩し、進化し続けている若きストライカーが、その知られざる思いを「ゲーテ」だけに綴る連載エッセイ。

ベルギーに来て、ちょうど1年が経った。日本を離れたのは19歳のとき。スイススーパーリーグのBSCヤングボーイズというチームで3年間を過ごし、昨年1月にベルギーのジュピラー・プロ・リーグのKAAヘントにやってきた。24歳の今年は、自分にとって勝負の1年だと思っている。クラブチームで結果を出し、日本代表に選ばれ、ワールドカップで結果を出す。それができれば、もっと上のレベルのリーグ、チームでサッカーをすることができるだろう。

海外でプレーしたいと初めて思ったのは、高校生のときだった。ユース代表としてメキシコ遠征をしたとき、そのハードな環境に驚いた。食事はまずいし、グラウンドの芝もボロボロ。選手はみんな必死で、サッカーも荒々しい。文字通り身を削るような日々を過ごした。中学まで地元の山口で育った僕は、高校生のときから京都に行き、京都サンガFCでプレーをしていた。このメキシコで思い知ったのは、自分がいかに恵まれた環境でサッカーをしてきたかということだった。

「こういうハングリーなサッカーをしていれば、絶対に強くなる」

それまでの目標は、プロになること、Jリーガーになることだった。しかしそれ以来、目標は海外でプレーすることに変わった。プロになっても、日本代表に選ばれるようになってもそれは変わらなかった。

当時、僕のなかで海外サッカーといえばヨーロッパの5大リーグ(イングランド、イタリア、スペイン、フランス、ドイツ)のことだった。だが、最初に舞い込んだ海外移籍のオファーは、スイスのチームからだった。僕はスイスにプロリーグがあることすら知らなかったし、BSCヤングボーイズというチーム名も聞いたことがなかった。

正直戸惑ったし、不安もあった。しかし海外でプレーしたいという気持ちがそれを上回った。自分のサッカーがどこまで通用するか試してみたいという気持ちもあった。あまり深く考えず、とりあえず飛び込んでみようと思ったのだ。

BSCヤングボーイズの本拠地であるベルンは、世界遺産に指定されるほど美しい古都だが、とにかく田舎でなにもないところだ。勢いでやってきたはいいものの、1年目はとにかく孤独だった。チームから日本人スタッフをつけるという話もあったが、そんな人がいると甘えてしまうような気がして断った。監督やチームメイトとは、言葉はもちろん気持ちも通じない。ふとした表情だけで理解しあえるような日本とはまるで違う。

子どものころからサッカーばかりやってきて、もともとサッカー以外に興味を持つことがほとんどなかった。毎日同じレストランで食事をとり、チームメイトから遊びに誘われても断ることが多かった。サッカーのことだけ考えればいいと自分を追い込みすぎていた。だが現実には試合に出たくとも出られず、辛い日々が続いた。心を病んでしまう寸前までいっていた。

なにもそこまで追い込まなくてもよかったと、いまなら思う。それでもギリギリの状態でサッカーにのめり込んでいたあの時期は無駄ではなかった。苦しんだからこそ、2年目に入り、言葉をおぼえ、少しずつ自分をオープンにし、監督やチームメイトとコミュニケーションをとれるようになると、前向きにサッカーに取り組めるようになったような気がする。

不思議なことにそうなると、試合でも結果が出はじめた。チームも国内リーグで好成績をおさめ、ヨーロッパリーグやチャンピオンズリーグにも出場できた。イタリアやフランスなど、5大リーグのチームとも対戦し、勝利したこともある。そういった試合では、個人的な手応えを感じつつ、高いレベルでプレーするのは、さらなる成長が必要なことも体感できた。

2015年ヨーロッパリーグ決勝トーナメント1回戦、エバートン戦 ©Getty Images

そうやって結果を積み重ねつつあった3年目の途中、移籍のオファーが届いた。次こそ5大リーグと考えていたが、サッカーの世界はそれほど甘くなかった。ベルギーのKAAヘント、またしても名前を聞いたことのないチームだった。移籍すべきかどうか、かなり迷った。だが、やはり自分を成長させたいという気持ちに従うことにした。スイスではもうやれるだけのことはやった。移籍して次のステージを目指そう。こうして僕はベルギーへとやってきた。

第2回に続く

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Composition=川上康介

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久保裕也
久保裕也
1993年山口県生まれの24歳。京都サンガF.C.のU-18に在籍していた2010、'11年と2種登録でトップチームに登録され、チームに帯同。高校3年だった'11年はJ2で10得点と活躍した。19歳だった2013年6月に単身欧州に渡り、スイス1部スーパーリーグのBSCヤングボーイズに移籍。昨年1月からはベルギー1部、ジュピラー・プロ・リーグのKAAヘントに所属し、移籍後7試合5ゴールの活躍でチームを上位プレーオフ進出に導いた。日本代表は、高校生だった'12年のキリンチャレンジカップでA代表初選出。昨年W杯最終予選では2試合連続ゴールを決めるなど、日本の本選出場に貢献した。
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