デザインの祭典「ロンドン・デザイン・フェスティバル2019」で世界が注目した日本人とは?

 世界各国から最先端のデザインを集め、イギリス・ロンドンの街中で展示を行うロンドン・デザイン・フェスティバル2019が9月14日から22日まで9日間にわたって開催。そのなかでひときわ異彩を放っていた、日本人デザイナー吉本英樹氏率いるタンジェントのブースへ潜入した。


ロンドンのビジネス街に現れた巨大な「地球」

世界有数のデザイン都市として、2003年からロンドンで開催されているこのデザインの祭典、毎年数百のイベントと展示が街の至る所で行われ、昨年は75ヵ国から58万8000人が訪れた、まさに世界が注目するデザインフェスタのひとつだ。今回、巨大ターミナル駅であるパディントン周辺での展示を担ったのが、日本人デザイナーの吉本英樹氏だ。

VISAやマイクロソフトなど世界的な企業のオフィスが肩を並べるこのパディントンエリアのど真ん中に、突如現れた巨大な「地球」のオブジェ「Here」。ジュネーブで毎年行われる世界的時計サロンSIHHにて今年、エルメスのブースを飾ったインスタレーション作品だ。直径3.5m、古くなった太陽電池から切り出した20,480個のタイルで覆われた「地球」の前で、昼時はオフィスワーカーたちがランチをとったり、ミーティングをする光景が見られた。

パディントン駅前に展示された巨大な地球「Here」

1985年生まれの吉本氏は東京大学工学部で航空宇宙工学を修めたのち、イギリスの超難関王立美術大学ロイヤル・カレッジ・オブ・アートでデザインを学んだ。その後、ロンドンにてデザイン会社「タンジェント」を設立、世界各国のエンジニアやデザイナーとチームを組み、工学とアート・デザインの融合を目指した作品を作り続けている。’16年にはミラノサローネ出品作の優秀作品に贈られる「ミラノ・デザイン・アワード」を受賞、エルメスやグローブ・トロッターなど世界的なブランドとのコラボレーションも果たした。今回の展示はタンジェントのこれまでを総括する初の個展となった。

夢破れてからの挑戦

「もともと空への憧れから、パイロットになりたかったんです。でも目が悪くてその夢は叶わなかった。パイロットになれないなら、せめて僕が学んできた航空宇宙工学を、技術面の向上だけではなく、『空へのロマン』のように、人々に夢を与えるような使い方はないかと考えたのです。そこから、技術を使ったエンタテインメントやクリエイティブな作品づくりを始めました」

駅の橋桁の下には、ポップアップのギャラリーが設けられ吉本氏がこれまで手がけてきた代表作が一挙に展示、なかでも目を引いたのが、’13年にレクサスデザインアワードを受賞した作品「INAHO」だ。風に揺れる稲穂にインスピレーションを受けた作品で、人感センサーとソレノイドを搭載、人が近づくと穂をかたどった照明がゆっくりと揺れながら光り始める。ふらりと立ち寄った家族連れ、その子供たちが大はしゃぎで穂を揺らしている。

「INAHO」がギャラリー内に幻想的な光をもたらしていた。

「自然への畏怖のようなものが作品の根底にはいつもあります。自然を敬いながら生きて、そしていつか自分も自然に帰っていく。これはとても東洋的な考え方ですよね。イギリスにいると否応なしに自分が日本人であることを意識します」

技術と表現、両方を知るからこその強み

東大の卒業制作では、様々なデバイスから操作できる光る室内飛行船を制作、コンサートホールなど観客の上空にぽっかりとある空間をさらなるエンタテインメントに利用できないかと考えた。これまで航空宇宙工学科がまったく触れてこなかった領域に目を向けたことで、経済産業省や人工知能学会からも高く評価を受ける。

「“空飛ぶ物体”を墜落させずにコントロールするということは、実は工学的にとても難しいことなのです。だからこそエンタメの分野であまり開発・利用されてこなかった。そこに、航空機力学、制御力学、物理を理解した人間が入っていくことで、これまでなかったまったく新しいエンタテインメントとデザインが生まれると思ったのです」

“空を飛ぶこういうものがあったら美しいだろう”と想像したとして、デザイナーは技術的なことを専門家に相談するのが常だろう。しかし航空機力学などあらゆる分野の知識を持つ現在の吉本氏のチームでは、その技術開発までもが内部で可能というわけだ。クリエイティブと技術、両方を兼ね備えていれば創造の幅は無限に広がる。だからこそ起業してからの6年間、タンジェントはクライアントワークを主に、クリエイティブな作品を作り続けてきた。そしてさらに今後は、最先端のテクノロジーに関わるリサーチ的な仕事もしてゆくつもりだという。

「例えば、開発の現場で、最先端の素晴らしい技術を開発しているのにも関わらず、それが一般に、場合によっては自社の社長にさえうまく伝わらず、日の目を見ない、というケースがあると思うのです。そうこうしているうちに類似の技術がシリコンバレーで発表されてしまって……なんてことも。そういう場所に僕らが入って、技術を理解したうえで、デザイナーとしてコンセプトモデルや、プレゼンテーションを一緒に作っていく、というようなことがしたい。技術の凄さがわかったうえで、どういう風に人に伝えるべきか、と考える仕事です。かつ僕のチームは多国籍なので、文化的に多様な目線でものごとを見ることができます。最先端の技術とその実用化のためにも僕らにできることがあると思うのです」

今回のタンジェントのブースには数十の海外メディアが取材に詰めかけ、この展示をきっかけにロンドンを舞台とする新たなプロジェクトも動き出すという。デザインとテクノロジーの架け橋となる吉本氏の仕事からこれからも目が離せない。

Hideki Yoshimoto
タンジェント代表。1985年和歌山県生まれ。東京大学にて航空宇宙工学、英国ロイヤル・カレッジオブ・アートにてイノベーションデザイン工学を学ぶ。2015年同社設立。'17年エルメスのロンドン、ダブリン店舗のショーウィンドウや、'19年のSIHHでのインスタレーションを担当。多くのラグジュアリーブランドをクライアントに持つ。


Text=安井桃子 Photograph=Shinichi Adachi , Brendan Bell