Googleが認めた起業家・加藤崇「シリコンバレー暮らしで見えてきたこと」<前編>

「ベンチャーはカッコよく、素敵じゃないとね」と話す加藤崇氏。彼が歩んできた道は、まさに"素敵"の体現。2013年、自らが創業したヒト型ロボットベンチャー企業、SCHAFT(シャフト)をGoogleに売却。"Googleが買った初の日本企業"として、世界から注目を集めた。その後、2015年には米国シリコンバレーに、人工知能を活用して水道配管の更新投資を最適化するソフトウェア開発会社「Fracta,Inc.(フラクタ)」を創業。老朽化する水道管を蘇らせる救世主として、この事業も世界から熱い視線を集めている。日本を飛び出し、シリコンバレーを拠点に闘う起業家・加藤氏。インタビュー前編では、その人物像と仕事哲学を探った。


銀行マンから起業家へ転身

学生時代から、起業家を目指していたわけではありません。早稲田大学理工学部を卒業し、東京三菱銀行に就職しました。同僚に頭のいい人がたくさんいて、最初は「いい企業に就職できたな」と感じていたんです。ただ、2年ほど経って、自分の仕事に疑問が湧いてきました。

当時、僕は返済が滞ったパン屋からお金を回収する業務を担当していました。「家を売ってお金をつくってください」と催促するのが、僕の役目。でも、それができなかった。僕は母子家庭で、現代では珍しいほどの貧乏な家庭で育ちました。3歳上の姉は、僕の学費を工面するために高校進学をあきらめて働きに出たくらいです。そのパン屋にも大学生の息子がいて、学生時代の僕の姿と重なった。そして、「果たしてこれが自分のやりたかった仕事なのだろうか」と、思うようになりました。

あれこれ悩んだ末、銀行を辞め、コンサルティング会社に転職。経営の危機に陥った企業を再生させる仕事に就きました。その後、オーストラリア国立大学でMBAを取得し、技術系ベンチャー企業社長などを務めました。2011年にはヒト型ロボットベンチャー、SCHAFT(シャフト)を共同創業者として設立。東京大学の情報システム工学研究室をベースに、二足歩行のロボットを開発しました。

このSCHAFTのロボットがGoogle本社の目に留まり、2013年に買収の申し出を受けました。日本企業としては史上初のGoogleによる買収。僕を取り巻く環境がガラッと変わりました。英国フィナンシャル・タイムズの記者が、はるばる日本へインタビューにやって来るくらいの"時の人"になったんです(笑)。「すごいことをやり遂げたんだ」という達成感が、じわじわと込み上げてきましたね。

さらなる飛躍を目指し、単身渡米

しばらく快感に酔いしれる日々が続きました。でも、その満足感は長くは続かず、時間が経つにつれて、この快感を再び味わいたいと思うようになりました。起業家というのは、ある意味、ジャンキーのようなもの。どんな分野でもいいからSCHAFTを超える事業をつくり、成功させたい。そんな思いから、2015年、単身アメリカに渡りました。

「どんな分野でもいいから」と言いましたが、僕には事業を始めるにあたって譲れない3つのルールがあります。

1つめは、好きなことをやる。僕は物理が好きですから、理論や理屈が通る分野でなければ手を出しません。

2つめは、社会益に適っているかを考える。人種や地域などの差別がなく、社会全体がいい方向に動くことを事業にする。

3つめは、経済的合理性があるかどうか。社会の役に立つと同時に、僕を含めて事業を進める人が生活できる利益を出すことが大切です。

この3つのルールを守りながら、どんな分野で勝負を挑めばいいのかを考え、次々に実行していきました。でも、最初からうまくいくはずもなく、失敗続き。その失敗の様子は、今年1月に上梓した自著『クレイジーで行こう!』に詳しく記してありますので、興味があれば読んでみてください。

『クレイジーで行こう! グーグルとスタンフォードが認めた男、「水道管」に挑む』¥1,728(日経BP)

競合相手が不在の水道産業に着目

数々の失敗や試行錯誤を繰り返して、たどり着いたのが水道産業です。全米には約100万マイル(約160万㎞)の水道管が埋まっていて、その大部分が30年以内に寿命を迎えると言われています。近い将来、大きな社会問題になるのは目に見えています。この問題に目をつけて、2015年に設立したのがFracta,Inc.(フラクタ)です。機械学習のアルゴリズムを用いて、全米各地の水道管の状態を評価し、設備更新投資を最適化するソフトウェアを開発しています。

アメリカでFracta,Inc.の事業は成功を収めました。その理由は、アメリカはFacebookに代表されるようにBtoCには強い国。でも、意外にBtoBには疎いところがある。一見、地味に思える水道産業に目をつける人が少なく、先手を打てば大きなシェアを取れるだろうと考えました。その読みが当たったわけです。Fracta,Inc.は2018年5月に株式の過半を日本企業である栗田工業に売却。僕はCEOとしてFracta,Inc.に残り、事業を世界へと展開させています。

誰もが成功のチャンスをつかめる社会のために

SCHAFT、Fracta,Inc.の成功で満足することなく、今後もさまざまなビジネスを生み出していきたいですね。水道産業で成功したノウハウを鉄道関連やガスの分野にも広げていきたい。これまでの事業とは関連が薄いですが、10年後に新しい会社をやるなら、医療の分野にも興味があります。2つの起業を成功させ、株式を売却したので、資金は潤沢にある。その資金を、さらに大きな社会益をあげられるジャンルに使っていこうと思っています。

今年1月、東京・渋谷に「メンローパーク・コーヒー」というカフェをオープンしました。アメリカ、特にシリコンバレーでは、カフェはなくてはならない存在。人種、国籍、世代に関係なくさまざまな人が集まり、新しい会社を立ち上げる話や投資を受ける話などを熱く語り合っています。彼らにとってカフェはチャンスを獲得する場所。そうしたカフェ文化を日本人にも感じてほしいですね。

僕は「メンローパーク・コーヒー」に出資しましたが、利益はいっさい受け取りません。口も出しません。社長の岡山さんを中心に、女性を積極的に雇用し、彼女たちが自分でアイデアを出し、ハードワークを重ねて成功をつかめればそれでいい。たくさんの人が平等にチャンスを与えられる、そういう土壌を日本にも作っていきたいですね。

世の中のためになることは、カッコいい。だから、ベンチャーは素敵じゃないとダメなんです。

後編に続く

Takashi Kato
1978年生まれ。早稲田大学理工学部応用物理学科卒業。元スタンフォード大学客員研究員。東京三菱銀行等を経て、ヒト型ロボットベンチャーSCHAFTの共同創業者(兼取締役CFO)。2013年11月、同社を米国Google本社に売却し、世界の注目を集めた。'15年6月、人工知能により水道配管の更新投資を最適化するソフトウェア開発会社(現在のFracta,Inc.)を米国シリコンバレーで創業し、CEOに就任。'18年5月に株式の過半を栗田工業に売却し、現在も同社CEO。著書に『未来を切り拓くための5ステップ』『無敵の仕事術』『クレイジーで行こう!』(日経BP)など。


Text=川岸 徹 Photograph=太田隆生