大坂なおみの快進撃の裏にある"時間を操る術"【インタビュー】

全米オープンを制覇し、 一躍時の人となった大坂なおみ。 目まぐるしく環境が変化するなか、 どう戦い抜いてきたのか? 彼女と、時間と時計にまつわるストーリー。


日本人初シングルスでのグランドスラム優勝

時間は過去から未来へと常に一定の速さで流れていく。「絶対時間」という概念を説いたのは万有引力の法則で知られるアイザック・ニュートンである。だが人間が生きていると、同じ時間でもまばたきほどの瞬間に思えることもあれば、永遠のように長く感じられることもある。大坂なおみにとってはこれほど一瞬のうちに物事が移り変わった1年もなかっただろう。

3月、準グランドスラムといえるビッグトーナメントで大坂はツアー初優勝を飾った。並み居る世界1位経験者を連破した圧巻の勝利によって彼女の時間は急激に加速し始めた。それは本人がめまいを起こすほどの勢いだった。次はグランドスラム制覇。周囲の期待は一気に頂点まで膨らみ、何より大坂自身が求めるものが大きくなっていた。気持ちの整理がつかないまま、4月の大会では試合中に泣きだすほど取り乱した。

「すべてがあまりに早く変化していて、あっという間に過ぎ去っていく。優勝してからずっとイライラしている感じで、メンタルがとても疲れている。どうにか慣れていかないと」

シチズンの腕時計とともに、コート上の時間を自在に伸ばし縮める

赤土と芝のシーズンを終えて再びハードコートでの戦いへと時間は流れた。戸惑いを払拭して落ち着きを取り戻したのはすでに夏の終わり、ニューヨークで全米オープンが開幕しようかという頃だった。大坂はインスタグラムに自らの心境をつづった。

「シンシナティの試合を見た人ならわかると思うけど、負けはしたけれどいい方向に向かっているような気がしました。しばらく思いどおりにいってなかったけど、テニスをして楽しいなって思っていた昔の感覚が蘇ってきたような感じで。だから今はすごく嬉しいのとちょっと興奮してみんなにその気持ちを伝えようと思ったんです」

感じた兆しは間違いではなく、全米では初優勝した時のようなプレイが蘇っていた。目まぐるしい時間の流れに翻弄された大坂だが、本来コート上では時間を操る術を持った選手なのだ。

女子では希有な最高時速200km超のサーブで相手の対応時間を容赦なく削り取る。一方で今季から師事するサーシャ・バインコーチには「全球強打する必要はない」と我慢と緩急を教えこまれ、時には50km以上速度を抑えたサーブでもコースを突いてエースにする。生地をこねる手慣れたピザ職人のように、コート上の時間を自在に伸ばし縮めることで相手を翻弄できるようになったのである。

幼少時代を過ごして「ノスタルジーを感じる」というニューヨークで4大大会初の8強入りを果たしたばかりか、決勝では憧れのセリーナ・ウィリアムズを破って日本人初のグランドスラム制覇を成し遂げた。

だが一躍スターダムに上り詰めたこの優勝で大坂は再び時間の洪水にさらされることにもなった。全米後、ニューヨークやロサンジェルスで取材やテレビ出演を慌ただしくこなし、休む間もなく凱旋試合で日本へ。帰国後も当然フィーバーは止まず、分刻みのスケジュールでイベントをこなして大会を迎えた。春先に苦しんだ経験を生かしてどうにか踏ん張っていたが、押し寄せる時間の勢いは前回以上だった。

「ニューヨークから物事がすごく早く進んできた。どんなことが起きているのか、立ち止まってゆっくり観察することがまだできていない」

凱旋優勝の期待に応えようと懸命に勝ち進んだものの、力を出し切っても準優勝までが精いっぱいだった。10月に21歳になったばかりで、コート外での時間の操縦法はこれから学んでいくのだろう。快進撃が始まる全米の直前にはシチズンのブランドアンバサダーに就任し、時計をつけてプレイするようになった。

「15歳くらいの時に国際大会で決勝まで進めたことがあって、その時に、シチズンの時計を買ってもらったの。それ以来、シチズンブランドには何か縁のようなものを感じていました」

ニューヨークでの会見ではそんな懐かしいシチズンとのエピソードも明かしていた。もしまた時間の濁流にのまれそうになったら、今度は左腕の時計を見てみればいい。そこには世界一になりたいと願っていた少女の純粋な記憶と、どんな状況でも変わらず刻まれる正確な時間が宿っている。

全米の試合で着用し、勝利を呼びこんだモデル。光発電エコ・ドライブ搭載でスマートフォンとリンクするアナログ腕時計だ。クオーツ(光発電エコ・ドライブ)、スーパーチタニウムケース、径40.5mm。CITIZEN「エコ・ドライブ Bluetooth W410 BZ4006-01E」¥80,000(シチズンお客様時計相談室 TEL:0120・78・4807)
Naomi Osaka
1997年大阪府生まれ。姉の影響で3歳からテニスを始め、間もなく家族で米国に移住。2014年のツアーデビュー戦で元世界1位を撃破。'16年に最優秀新人賞を受賞。今年9月の全米オープンで日本人初の4大大会シングルス制覇を果たす。父はハイチ出身の米国人、母は北海道・根室出身。11月2日時点で、世界ランキング5位。


Text=雨宮圭吾 Photograph=Getty Images