10月開催予定だったテニスの楽天オープンが早々に中止決定となった理由【東京五輪の現場から】

約1年の延期が決まった東京五輪。本連載では、まだまだ先行きが見えない中でメダルを目指すアスリートの思考や、大会開催に向けての舞台裏を追う。

10億円以上の収益減の見通し

半世紀近い歴史を誇る伝統の大会が初の中止に追い込まれた。6月18日午前0時頃。日本テニス協会は新型コロナウイルスの影響で、10月に有明テニスの森公園で開催予定だった楽天ジャパンオープン(OP)を中止すると発表した。1972年にスタートしたアジアで最も古いツアー公式戦。大会ディレクターを務める川廷尚弘副会長は「苦渋も苦渋。悩みに悩んだが、我々の力だけではどうにもできなかった」と悔しさをにじませた。

日本テニス協会の年間予算は約23億円。高橋 甫常務理事は「楽天OPの収入が約半分を占めている」と明かし、中止により10億円以上の収入が消失する見通しを示した。今年に入ってから花王、大正製薬の2社とスポンサー契約を締結。楽天OP以外の収入は増加傾向にあるとはいえ、ダメージは計り知れない。川廷副会長は「頭が痛い。ATP(プロテニス選手協会)に、少しでも補償を求めたい。本当に助けて欲しい」と危機感を口にした。予算を見直し、寄付募集や給付金なども検討する。

楽天OPが中止を余儀なくされた一方で、世界的には競技再開の動きが加速している。3月から中断していたツアー大会は8月14日に開幕するシティ・オープン(ワシントン)で再開。4大大会は全米オープン(ニューヨーク)が8月31日から無観客で、全仏オープンは9月27日から観客を動員して開催されることが発表された。日本テニス協会の世界と逆行する決定の裏には複数の事情が絡む。

最大の要因は選手、関係者を安全に出入国できる見通しが立たなかったことだ。通常は5月開催の全仏オープンが、延期により楽天OPの直前にスライドした影響で、大半の選手がフランスから移動してくることが想定される。楽天OPの翌週には上海マスターズが開催予定。男子ツアーを統括するATPからは6月15日までに開催可否を決定するよう求められており、渡航制限の解除が見通せない中、4ヵ月後にパリ→東京→上海を移動する安全を担保することはできなかった。

欧米との文化や国民性の違いも大きかった。米国テニス協会は「大会中に感染者が出てもテニスは選手同士の距離が保てている競技のため大きな影響は出ない」とのスタンスだが、楽天OPで陽性反応を示す選手が出た場合は、大会が打ち切りに追い込まれる可能性を否定できない。日本テニス協会が社会的責任を問われる事態に陥ることも考えられる。

東京五輪への影響も懸念材料になった。会場の有明テニスの森公園は、東京五輪のテニス会場でもある。1年延期決定を受けて仮設工事が停止しており、敷地内には残置物もある。東京都や東京五輪組織委員会と折衝したが、使えるエリアが制限される可能性は残った。大会中に感染者が出ることも想定されるため「五輪会場で感染者が出た」という負のイメージが定着するリスクを避けたい意識も働いた。水面下で他会場での開催も模索したが、安全に運営できる算段はつかなかった。

川廷副会長は「(ATPに)開催可否のデッドラインをずらしてほしいと話したが"6月15日以降にキャンセルする場合は都市封鎖や政府の開催中止命令がない限りはやってもらう"ということだった」と交渉の内幕を明かした。開幕直前に第2波、第3波に襲われていた場合でも、日本の法制上、政府や行政から強制力のある措置が発動されることは見通せない。4ヵ月先の状況を読み、開催を決断することは事実上、不可能に近かった。

国内では6月19日にプロ野球が開幕。サッカーも7月4日にJ1が再開、6月27日にJ2が再開、J3が開幕する。スポーツの日常が戻りつつあるが、各国から集まった選手が世界を転戦するテニスはコロナウイルス対策が最も難しい競技のひとつといえる。世界ランキング1位のジョコビッチ(セルビア)が今月主催した非公式大会「アドリア・ツアー」に出場した複数選手の感染が確認され、6月23日には本人も感染したことを公表するなど、ツアー再開を前に早くも波乱含み。テニス界の今後の動向は、開催可否が議論されている東京五輪の試金石にもなる。


Text=木本新也