中間選挙のアメリカを巡る<前編> 元NHKスクープ記者 立岩陽一郎のLIFE SHIFT12回

これまで華々しい実績を残してきたNHKを49歳にして去り、その翌日単身渡米、巨大エリートメディアを去った一人のジャーナリストによるエッセイ。第12回目は、アメリカ中間選挙について、現地アメリカよりリアルな声をレポート。


米中間選挙レポート in ジョージア

ほっと一息……陳腐な書き出しだが、それ以外には思い浮かばない。

11月10日、ニューヨークのジョン・F・ケネディー空港で搭乗口を過ぎ、日本に帰る飛行機に乗り込んだ。

アメリカを出る時、こんなに疲れを感じたことがあっただろうか……それが妙に不思議だった。勿論、私は51歳だ。若いというわけではない。それに、今回は強行軍と言えば強行軍だ。

「大変な取材だった……ということなんだろうか?」

今の私にとってはかなり豪華なエコノミープラスの席に腰を下し、その「大変な取材」を思い返してみた。

日本を出たのは11月2日の金曜日の早朝。時差の関係でその日の午前中にニューヨークに到着。

タイムズスクエア近くの安宿に荷物を置いて軽く横になった後、ニューヨークではコロンビア大学で研究員をしている元NHK同僚の池純一郎君とバーに入り、ビールを飲みつつバカでかいピザを食べた。

「ニューヨークでも隠れトランプがかなりいるって、最近知りましたよ」

隠れトランプ。外に向けては「国境を守るのは当然だ」「アメリカ第一」、国内に向けては「マイノリティーの権利はほどほどに」「女性は男性に従え」ということを、あからさまには言わないが、内心ではそう思っている人々……のことだが、これは、都会的でリベラルな雰囲気を好むとされるニューヨーカーの中でもかなり浸透しているということだった。

「先日、コロンビア大学にニューヨーク・タイムズの記者が来て講演したんだけど、大学の先生や学生からも『お前らが言っているのも違うんじゃないか』って、かなり手厳しい質問が出ていました」

「へぇ……そんなものか。すると、メディアが書いているような民主党が勝つなんて感じじゃないのかもね」

「ニューヨークでさえそうなんですから、私も驚きましたが」

その驚きは、南部のジョージアに行って更に大きくなる。

翌日は朝一で、ジョージア州のアトランタへ。ジョージア州は「レッドステート」と呼ばれる共和党の牙城のような州だ。ほとんどの大統領選挙で共和党候補が勝っている。そのジョージアに行くのはトランプ支持者の声を聞くためだ。

ところで、アメリカの航空会社というのはせこいもので、航空券を購入した後、ネットで事前チェックインをすると楽だというのでそれをするのだが、そうすると座席を確保する際に、また数十ドルとられる。が、それをしないと、3人席の真ん中などにされたらたまらないので仕方なくやる。

アトランタ空港に着くと、デール・バーク氏が迎えに来てくれていた。彼は取材する人物の一人だ。取材対象者が迎えに来てくれるなんて、普通はないだろうと思うが、彼と私は、実は昔からの友人だ。詳しくは拙著「トランプ王国の素顔」に書いているので是非お読み頂ければと思う。当然、彼はトランプ支持者だ。

バーク氏(右)氏とその家族。

アトランタ空港から中心部を抜けて、郊外に出て暫く行くとバーク一家の自宅がある。2エーカーの土地に白い二階建ての家。どう見ても豪邸だが、「凄い家だね」と水を向けると、「そりゃ、中心部に住もうと思ったらこういう家は買えないが、この辺は土地が安いから」と笑った。

バーク氏はそこに妻のニッキーと息子で野球少年のジャックと3人で住んでいる。バーク氏が尋ねた。

「ジョージアにはいつまで滞在できるの?」

「投票日前日の2泊3日くらいしようかと。宿はおさえているから」

すると、バーク氏は、「宿などキャンセルして我が家に泊まってくれ。ニッキーもそう言っているし、部屋も準備している」

家に入ると、ニッキーとジャックも歓待してくれ、直ぐに用意された部屋に連れていかれた。

「時差ボケが有るでしょ。ゆっくり休んでね」

40代のアメリカ人女性にしては珍しく(と言っては失礼だが)、シェイプアップされて端正な顔立ちのニッキーに笑顔でそう言われ、そのまま甘えることにした。

取材先を訪ねると時差ボケを心配してくれて部屋を用意してくれ、そのまま休む。かつてそんなことあっただろうか? そう考えているうちに眠りに就いた。

翌日、ジャックの野球大会だという。私にとっては、バーク氏をはじめジョージアのいろいろな人にトランプ大統領やこの中間選挙について尋ねる旅なのでちょうどよい。連れて行ってもらうことにした。

ところで、とバーク氏に尋ねてみた。

「ショーヘー・オータニって知っている? 日本人のメジャーリーグ・プレイヤーだが」

「否、知らないけど、ジャック、ショーへー・オータニって、知っている?」

バーク氏がジャックに問いかけると、「知っているよ。ツーウェイ(二刀流)の」

「彼はどう?」

「オゥッスム(凄い)」

小学高学年チームで主軸を撃つジャックは、「本当に凄い」といった顔でそう言った。これはかなり凄いことだ。

「やっぱり新人王は大谷かも……」

そう思ったのは、メジャー・リーグはチーム数も多く、ほとんどのアメリカ人は自分の街のチームのことしか知らないというのが私の印象だからだ。例えば、日本人メジャーリーガーの多くが活躍している昨今だが、誰に尋ねても知っているのはイチローくらいだ。そのイチローでさえ、シアトルのあるワシントン州を出ると、知らない人は多い。以前、このジョージアでご当地のアトランタ・ブレーブスの試合を見た際、周囲の人に「イチローについてどう思うか?」と尋ねたが、イチローを知らない人も少なくなかった。

さて、ジャックのプレーを眺めつつ、横に座るバーク氏らに取材を開始した。先ずバーク氏に、今もトランプ大統領は支持しているのか尋ねてみた。

「全く変わらない。大統領の政策を支持している」

トランプ大統領の政策の何を支持しているのだろうか?

「すべてですが、特に……通商政策です。アメリカは世界から搾取されているというのは本当だと思います。アメリカは妥協し続けてきた。でも、アメリカはそれを続けることはできないし、そもそもすべきではない」

じゃあ、関税も賛成?

「ええ。公平であるべきです。各国が関税をかけているのに、アメリカが関税をかけずに外国のものを買い続けることはおかしい。トランプ大統領の言っていることはそういうことです」

ここで私が「ちょっと待ってくれ」と言ったのは、バーク氏の仕事を知っていたからだ。バーク氏は飲料メーカー用の瓶を製造・販売しているアメリカの大手企業のジョージョア州の現地マネージャーだ。

家から車で1時間行ったアトランタ市の中心部にはコカ・コーラの本社がある。そこは最大の取引先となっている。その給料で2エーカーの素敵な家を購入し、更にジャックのために7エーカーの土地を取得しようとしている。

で、その彼の会社は、主力製品の瓶をメキシコで製造している。つまり、安価に製造してアメリカに税なしで持ち込んでコカ・コーラに販売している。NAFTA=北米自由貿易協定があるからだ。

「トランプ大統領はNAFTAを変えて、関税をかけることにしていますよね? それはあなたのビジネスにとってマイナスではないのでしょうか?」

私の問いは、別に恐らく誰でも抱くものかと思う。バーク氏は、「うーん」と口にして少し考えた後で次の様に言った。

「ちょっとその辺は心配しています。ただ、それでもトランプ支持は変わりません」

そして言い切った。

「中間選挙では、トランプ大統領を支持する共和党に勝ってもらわないと困ります。この選挙で大統領の進める政策にブレーキがかかるようなことは避けないといけない。そしてトランプ大統領には2年後に再選して欲しい」

実は、バーク氏もニッキーも既に投票を済ませていると話した。日本で言う期日前投票だ。最近はアメリカでも期日前投票が盛んに行われているという。「どちらに投票した?」とは尋ねるまでもなかった。

試合会場にはニッキーの父親、つまりバーク氏の義父のローン氏も来ていた。ローン氏は、かつてはコダックの中南米担当重役を務めていた。彼も2年前からトランプ支持者だ。

「私はビジネスの世界にいたらからわかるが、多国間での貿易協定など、基本的にアメリカが世界にサービスしているだけの話だ。それは、昔はできた。アメリカが圧倒的に強かったからだ。しかし今はどうだ?アメリカも世界の国の1つにしか過ぎない。いつまでもアメリカを世界のために差し出すことは無理なのだ」

やはりローン氏も、トランプ支持の根幹は「経済だ」と話した。しかし釈然としない。本当にそうなのだろうか?

「トランプ大統領は中南米からの人の流入に厳しく対処するとしている。あなたは中南米にも長く駐在していたわけだが、これは正しいのですか?」

そう尋ねると、私の質問を訂正した。

「厳しいというのは、法律に則ったものにする、という意味だ。それは間違っていると言えるかね?」

そして、続けた。

「日本はどうなんだ?日本だって、不法入国を野放しにはしないだろう。来るなら、適切な手続きを踏んで来てくれということだ」

こう言われると、正直、反論はできない。ローン氏は更に続けた。

「アメリカには多くの人が来たがっている。適切な手続きで来る人は待たされている。ところが国境を越えて手続きなしに来る人間は自由に入ってきている。それに対応するために、更に、手続きを待っている人が待たされる。これはおかしいだろ」

全てが正論の様に聞こえる。そしてローン氏は言った。

「私は差別なんかしない。中南米にも友人は多い。ただ、それと、国境を守るということは対立した概念じゃない。それを白人至上主義と言われるのは残念だ。そういう発言には苛立ちを覚える」

野球場に子供の試合を応援に来ている多くの家族が同じような意見だった。ただ、1家族だけ違った。ローニー・クリスト氏。息子がジャックと同じチームでプレーするクリスト氏は、コンピューターのソフトウエアを開発する技術者だ。クリスト氏は周囲をはばかる様に次の様に言った。

野球観戦をするクリスト氏夫妻。

「正直、トランプ大統領も、彼を支持する人も、まともとは思えない。デール(バーク氏)もニッキーもトランプ支持者だ。彼らは人間的には好きだが、その点では私も私の妻も相いれないところを感じる」

クリスト氏は、自身について共和党を支持する保守的な人間だと話した。

「私は保守的だし、支持政党は共和党だ。しかし、トランプはそういう共和党の伝統をも壊そうとしている」

そして、トランプ支持者には顕著な点が有ると言った。

「トランプ支持者の発言を追っていくと、どこかに矛盾が生じる。トランプの政策でこの国が良くなる?なぜ?そうなったら、こうなるでしょ?それでもこの国はよくなる?そう問い続けると最後に彼らはこう言うんだ、『いや、でも私はトランプを支持する』と。理屈が破たんしている」

ただ、クリスト氏は、そうした話はもう妻としかしないという。

「近所の人とも話はできません。そんなことをしたら街に住めなくなってしまいます」

クリスト氏は、「やれやれ」と言った表情でそう話し、また視線を息子の試合に向けた。

後編に続く


11回 我が同期、ジャーナリスト有働が始動


10回 知事選直前! 沖縄について考える




立岩陽一郎
立岩陽一郎
調査報道を専門とする認定NPO「インファクト」編集長。一橋大学卒業。NHKで初めて戦場特派員としてイラク、クウェートを取材。社会部記者、1年間の米国留学の後、国際報道局デスクを経験するなど華々しいキャリアを築くも「パナマ文書」の取材を最後に49歳にしてNHKを辞職しその翌日渡米。現在は公益法人「政治資金センター」理事や毎日放送「ちちんぷいぷい」のレギュラー・コメンテータ、ニュースメディアへこれまで培ってきた報道の世界の鋭い目線で記事を提供するなど活動の幅は多岐に渡る。著書に「ファクトチェック最前線」「トランプ報道のフェイクとファクト」「NPOメディアが切り開くジャーナリズム」「トランプ王国の素顔」、共著に「ファクトチェックとは何か」「フェイクと憎悪」がある。
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