Tokyo Otaku Mode亀井智英 オタク文化の発信者は秋葉原を知らなかった

「ジャパンポップカルチャーを、世界へ正しく早く届ける」をテーマに、日本のアニメ・漫画の情報発信や海外向けEコマース事業を行うTokyo Otaku Mode。2011年に開設されたFacebookページは2000万Like!(いいね!)を突破。官民ファンドのクールジャパン機構から最大15億円の投資を受け、日本の文化発信の担い手になることも期待されている。なぜ、世界の人たちはTokyo Otaku Modeに夢中になるのか? 会長の亀井智英氏に創業の経緯や、海外向けビジネスで成功を収める秘訣を聞いた。


学生時代のバイトが仕事観を決めた

子供のころから、オタクだったわけではないんですよ。家の中で過ごすよりは、体を動かすほうが好き。特に陸上と野球が得意でしたね。もちろん、同世代の友達と同じくらいには漫画やアニメにも親しみました。僕の時代は「コロコロコミック」から「少年ジャンプ」に移行するのがお決まりコース。「ドラえもん」「キャプテン翼」「ドラゴンボール」「キン肉マン」が好きでした。

高校を卒業した後、大学には進みませんでした。実家が自営業だったため、とりあえず親の手伝いというかたちで働き始めたんです。ただ、友人のほとんどが大学に進学していて、楽しそうな生活を送っていた。うらやましくなり、親に頼み込んで、大学に行かせてもらいました。

でも、親を説得してまで進んだ大学が、まったく楽しくない。2年遅れで進学したこともあり、周りの人とズレを感じた。話していても自分のほうがずっと大人だと思ったし、思い描いていたような刺激もありませんでした。すぐに大学には飽きてしまい、毎日アルバイトに明け暮れました。

アルバイトの業種はイベントスタッフ。東京ドームや武道館で、会場設営や警備などを手伝う内容です。これが、たまらないほど楽しかった。自分がアーティストとファンをつなぐ存在であるという喜びを感じられたし、人を集めることの重要性や楽しさも知った。アルバイトが長くなると、バイト先から「働いてくれる人、ほかに誰かいない?」と声をかけられる。そこで、大学でバイトを探している人を集めて連れていく。バイト先からも、友達からも感謝され、僕自身もうれしかった。友達が友達を呼び、バイト先では“亀井派”と呼ばれるほどの一大勢力になりました(笑)。

目指すは「世界中の人からありがとう(Good job)」と言われること

このアルバイトの経験が、僕の仕事観を決めたともいえます。人を感動させる仕事をしたい――。そう思い、就職活動は広告代理店に絞りました。でも、時代は就職氷河期。大手代理店の入社試験は全滅で、やっと入れたのが電通グループのサイバー・コミュニケーションズという会社の中途採用枠でした。中途採用枠だったこともあり、先方から「すぐに来てほしい」と言われ、大学を卒業する前から働き始めました。

サイバー・コミュニケーションズでの働き方は、一般的なビジネスマンとは異なるもの。出向という形で、いろいろな企業を転々とする。NTTアド、デジタルガレージ、電通と、次々に働く場所が変わりました。当然、大きな裁量が与えられるわけもなく、出向続きの働き方が嫌になることもありましたね。

でも、よかったと思うこともあります。まず一つは、SNSの普及にリアルタイムで立ち会えたこと。デジタルガレージにいたころにツイッターが米国で流行り始め、さまざまな企業がツイッターの活用法を模索していました。そうした企業に使い方をアドバイスしたり、広告収益を生み出す方法を説明したり。ツイッターの宣教師のような感じです。

出向先が電通に変わったころには、Facebookが米国で話題に。電通も大きな興味を示しましたが、詳しい知識を持つ人はほとんどいなかった。「Twitterって、SNS? それともツール? とりあえず亀井はツイッターに詳しいし、やらせてみれば」という感じで、僕が担当することになったんです。

その後、Facebookが日本に進出。Facebookとの出会いは、まさに衝撃でした。2010年当時、日本での利用者は300万人ほどで、そのうち、アクティブに活用している人はさらに少なかったのですが、世界ではすでに5億人を超えていました。近い将来、世界のすべてがFacebookでつながり、「インターネット=Facebookになる」のではという仮説を立てました。日本のカルチャーを海外発信するにはこれを利用しない手はないし、きっと大きなビジネスになるだろう、と。でも、こういう考えに、企業はなかなか乗ってくれない。外国人に対するプロモーションに対して、スピーディにお金を出してくれる企業は、日本では少ないですからね。

であれば、自分でやるしかないなと。気の合う仕事仲間たちに声をかけ、Facebookを活用するプロジェクトを立ち上げました。僕はまだ電通で働いていましたから、リーダーになるつもりはなかった。ただ、Facebookについてもっとも詳しいのは僕でしたから、自然に実質的リーダーになったのです。

Tokyo Otaku Mode始動!

Facebookページの立ち上げは学生サークルのようなノリでした。最初は、会社組織にするつもりもありませんでした。ただ、「Facebookを使ってなにかやってみよう」という感じ。失敗しても、仲間全員に本業があり、生活に困るわけではない状況でしたので、「どんな情報を発信していこうか」と、雑談のような気軽さで進めていきました。

当初はアニメや漫画のほか、相撲や伝統工芸なども紹介しようと考えました。でも、ネットでは情報のアップデートが求められます。アニメや漫画は毎日のように動きがある。新連載やキャラクターグッズが次々に出てきますからね。だが、伝統的なものは動きが遅い。そこでコンテンツをアニメや漫画、いわゆる“オタク文化”に絞ることに決めました。

その当時から、オタク文化の聖地といえば秋葉原。でも、正直に言うと、僕は秋葉原をよく知らなかった。「メイド喫茶が流行っている」「コスプレーヤーが多い」というような話は聞いていたが、自分で得た知識ではなかったんです。これはまずいだろうと、秋山(共同創業者で執行役員の秋山卓哉氏)と一緒に、秋葉原のショップやメイド喫茶をまわりました。メイド喫茶では、外国人から興味深い話が聞けました。「どんなアニメが好きか」「どのようなコスプレをしてみたいか」という話題はもちろん、Facebookで発信していくべき情報も見えてきた。外国人がメイド喫茶に訪れると、日本語が不自由なため、店がすすめる高いメニューを頼んでしまう。「この状況はかわいそうだな」と思い、メイド喫茶で注文すべきメニューといった情報もFacebookで取り上げていこうと考えたのです。

こうした経緯で、2011年3月、Facebookに海外に向けて日本のサブカルチャーを紹介する「Tokyo Otaku Mode」のページが誕生。もちろん最初はみんなTokyo Otaku Modeなんて知りませんから、ページのリリース当初は、話題を集めるのに大分苦労しました。しかし、ある日突然火がつき気がついたら、100万Like!を達成しました。

それからの流れは、自分でもわけがわからなくなるほど、早かった。自分で考えて進めるというより、大きな流れに突き動かされている感じ。自分には起業したいという思いはあまりありませんでしたが、「Tokyo Otaku Modeは会社にしたほうがいい」と、いろんな人から言われましたね。

米国ベンチャーキャピタルから出資の申し出

先に、出向人生のよかった点として「SNSの普及にリアルタイムで立ち会えたこと」を挙げましたが、もうひとつ、電通で働けたことが大きな利点になりました。電通は海外でも知名度が高い。だから、電通の名前を使って、海外の著名なスタートアップや投資家に合うことができたんです。

2011年にサンフランシスコへ行ったときに、投資家の方からベンチャーキャピタル/インキュベーション団体「500 Startups」を紹介され、担当者に会うことになりました。Tokyo Otaku Modeの話をすると、「出資する」と言う。こんなチャンスは二度とないなと思い、起業することを決意したんです。夢のような話でしょう。帰国後、両親に「500 Startupsの出資を受けて起業する」と話したら、「初めて会った人が出資してくれるなんて、お前は100%騙されている」と怒られました(笑)。怪しい話だと思う人もいましたが、2012年4月、米国デラウェア州にTokyo Otaku Mode Inc.を設立。Tokyo Otaku Modeは会社になり、僕は起業家になったわけです。

こうした話をすると、「英語が堪能なのでしょうね」と思われます。でも、英語は全然ダメ。500 Startupsのインキュベーションプログラムには英語が堪能な知人を連れて参加しました。先方には「通訳を一緒に連れて来たスタートアップは前代未聞だ」と驚かれました。英語ができないと苦労はしますが、だからといってチャレンジしないと何も始まらない。外国人も同じ人間だし、一生懸命伝えれば、最後にはわかってくれる。日本人は英語と外国人に対して、アレルギーを持ち過ぎ。必要以上に構えることはないんです。

現在、Tokyo Otaku Modeではインターネットメディア事業、海外向けEコマース事業、海外向けのプロモーション支援事業や、海外で活躍したいクリエーターの支援などを行なっています。今後はこれらのサービスをより魅力的にしていくとともに、Tokyo Otaku Modeのブランド価値を高めていきたい。現在、世界の小売業はAmazonが大きなシェアを握っています。規模ではかないませんが、ブランド価値を高めていけば勝負はできる。例えばファッションでは、同じ商品でも大手デパートや量販店よりも、バーニーズニューヨークなどのセレクトショップで買うほうが喜びを感じられるという人もいる。そんなニーズをつかんでいきたいです。

私の経験上、成功の秘訣は、人とのつながりを大切に、積極的に動くことです。僕は飲み会やパーティに誘われると、あまり断りません。その場で、“すごい人”とコネクションができたことが何度もあります。FacebookなどのSNSでおもしろそうな人を見つけたら、「お会いしたい」というメッセージを送る。どこへでも会いに出かけるんですよ。


●愛読書
『成りあがり』矢沢永吉 前向きになるためのバイブルです。もう5回は読んでいます。
『深夜特急』沢木耕太郎 学生時代に愛読しました。海外に目を向けるきっかけを作ってくれました。

●座右の銘
人間万事塞翁が馬 人生は、何がいいことか、何が悪いことなのか、最後までわからない。だからこそ、何事にもHappyな気持ちで臨みたいですね。


Tomohide Kamei
1977 年東京都生まれ。大学卒業後、サイバー・コミュニケーションズに入社し、NTT アド、CGM マーケティング/デジタルガレージ、電通へ出向。2012年4月にTokyo Otaku Mode Inc.を米国デラウェア州にて創業。同月、500Startups のプログラムに参加。2016年10月より経済産業省クールジャパン官民連携アドバイザリーボードに就く。
https://corporate.otakumode.com/


Text=川岸 徹 Photograph=鈴木規仁