【連載】石原慎太郎 男の業の物語 第二十三回『死に際』

私もこの齢になると、そう遠くもない自分の「死」についてしきりに考えさせられる。死は人間にとって最後の未知、最後の未来だから想像のつきようもないが、私の父親のようによその会社での会議中に脳出血であっけなく死ぬのも寂しいし、弟みたいに肝臓の癌で苦しみぬいて死ぬのもいやだ。

人の死に際なるものは自分で決められるものではないが、それでも自分で定めて羨ましい死に方をした人も何人かいる。その最たる人は北面の武士から転じて歌人になった西行法師で、彼が理想の死として歌った、あの「願わくは 花の下にて 春死なん 春如月の望月の頃」の歌の通り、彼はその季節に合わせて断食して身を殺いで死んだそうな。

死のイメージに関してはよく三途の川が出てくるが、人間の死に際の研究で有名なエリザベス・キュープラー・ロスの報告にもあるように、死と生の境目なるものは確かにあるようだ。

私は死に損なった二人の男からそう聞かされたが、一人は私の弟で、彼が乖離性の動脈瘤で大手術を受けた時、夢うつつの中どこかの河原でのモブシーンのロケーションをしている時、動員している大勢のしだしの連中がどうにもうまく動かず苛々して河原をジープで走り回っていたら河原の向こうに潜んでいる連中が何故か頭に白い三角の布をつけているのに気づいたそうな。

それは昔からいう亡者の印で、「あいつらをどやしにジープであの川を渡っていたら俺は死んでいたな」と彼は言っていたが、青嵐会の仲間だった玉置和郎議員も大病の際、夢の中で死んだ兄から「もうこっちへ来いよ」と誘われたという。

しかし九死に一生を得たという話よりも実際の死にいかに立ち向かうかが男の男としての生き様、死に様だろう。

過去にも今にもさまざまなパターンがあるが、私がいかにも彼らしいなと肝に銘ずるのはあの一代の英雄、織田信長が配下の明智光秀に背かれ宿舎の寺を大群で囲まれた時、森蘭丸が「寄せ手の旗印は(明智の)桔梗の紋でございます」と報告したのを聞くや、

「寄せ手は明智か、ならば是非もない」

あっさりあきらめ寺に火を放ち腹を切ってしまった。

あの潔さは無類のものだ。

優れた男というものは皆優れた死に際を見せてくれるものだ。そして聞く者を痺れさせる名文句を残してもくれる。私の好きな遺言の一つは戦国の武将の一人、直江兼続がいよいよ天下を二つに分けての関ヶ原の合戦が行なわれる直前、親しかった大阪方の参謀、真田幸村との別れにしたためた手紙の中の歌も心に染みる。

「春雁吾に似たり 吾雁に似たり 洛陽城裏花に背いて帰る」

この名文句はいろいろ使えそうで東京の本社から地方に転勤する男の心情にも重なりそうだ。

私が何よりも好きな男の死に際、というより死を覚悟の旅に出向く男の姿を表した物語は『平家物語』の一節、平家の公達の一人、薩摩守忠度が都を発って西国に落ちていく途中、急に馬を返して彼の歌の師匠で藤原俊成邸の門を叩いて自らの歌集を手渡し、「近々勅撰の歌集が編まれると聞いておりますが、できれば私の歌の一首なりとも加えていただければこの上ない幸せと存じます」と述べて、死の待つ戦場に向かって落ちていったという。

俊成はそれを受け取り、必ずやお心に報いましょうと涙ながらに愛弟子を送り出した。

そして間もなく勅撰和歌集は編纂され、その中に彼の歌集から選ばれた一首が載せられた。

「さざ波や 志賀の都は 荒れにしを 昔ながらの 山桜かな」

という名歌で、作者の名はわざと記されておらず、ただ、詠み人知らずとあったそうな。なんとも胸を打つしゃれた挿話ではないか。

忠度の歌にはあの西行の願った死に際の歌にも通う心憎い歌もある。

「行き暮れて 木の下陰を宿とせば 花や今宵の主ならまし」

と。これまたなんとも粋な一首ではあるまいか。

あいつは往生際が良いとか悪いとかよく言われるものだが、人生は人によってさまざま起伏もあるもので、男と生まれたら己の死に際だけは上手く飾りたいものだ。

織田信長の好きだった小唄に、

「死のふは一定、しのび草には何をしよぞ、一定かたりをこすよの」

とあるが、人は死ねば端から何を勝手なことを言われるかわかったものではない。

ということだが、この摂理が教えていることは、男はやはり死に際ということだろう。

二十三回に続く


>>>連載【石原慎太郎 男の業の物語】

第二十二回『男の功名心』  

第二十一回『男の気負い』

第二十回『男の就職』

石原慎太郎
石原慎太郎
Shintaro Ishihara 1932年神戸市生まれ。一橋大学卒業。55年、大学在学中に執筆した「太陽の季節」により第一回文學界新人賞を、翌年芥川賞を受賞。ミリオンセラーとなった『弟』や2016年の年間ベストセラー総合第一位に輝いた『天才』、『法華経を生きる』『老いてこそ人生』『子供あっての親-息子と私たち-』など著書多数。
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