髙島英也×小松信一 相師相愛 vol.10 (WEB特別版)

師匠か、恩師か、目をかける若手か、はたまた一生のライバルか。第10回は、大学時代の教養課程の同級生。(WEBゲーテ特別版として、誌面の内容の続きが読めます)

大学の談話室以来

髙島 農学部の談話室で、いつも輪の中心にいたのをよく覚えてる。私はいつも隅っこにいて。

小松 パッと顔を見ると青あざや傷をつけて、ボーッとしてたなぁ(笑)。どうしたんだと思ったら、ラグビー部だと聞いて。

髙島 小松は歌を歌わせてもうまかった。テノールでね。農場の一泊実習なんかでも、よくフォークを歌ってたなぁ。

小松 勉強じゃなくて、遊びの担当だったから。でも、学園祭の模擬店の時は、ちゃんと手伝ってくれたじゃないか。

髙島 餅つきのつき手が足りなかったやつだな(笑)。

小松 私は丸めるのが専門なので(笑)。まぁ、髙島は器用なほうじゃなかった。自分がこう思う、こうしたいと思ったら、なかなか曲げなかっただろ。

髙島 曲がらないんだね(笑)。

小松 だから、サッポロビールに入った時は、らしいな、と思った。そういえば、髙島は就職の面接で黙ってたんじゃないか、って話があったなぁ。

髙島 それは都市伝説(笑)。「男は黙ってサッポロビール」じゃ面接にならない(笑)。

小松 みんなそう言ってたぞ。

髙島 でも、学生時代の写真を見ると、どうにも伏し目がちだった。会社に入ってずいぶん変わった。いろいろ鍛えてもらえて、周りの人に感謝してる。

小松 私もまさか、自分が営業の仕事をすることになるとは思わなかったよ。

髙島 いや、喋りもうまいし気さくだし、やっぱりな、と思ったよ。北海道で営業責任者をしている時代、あちこちで小松の名前を聞いて、大学の同級生なんですよ、なんて話して。頑張ってるなぁ、と思ってた。

小松 いやいや、そこまで行くには、紆余曲折があってね。とにかく一生懸命だったなぁ。

髙島 宮城県名取市に家を建てた時には、お祝いに駆けつけてくれたなぁ。嬉しかった。

小松 持っていった以上に酒を飲んで帰っちゃったけど(笑)。

髙島 震災の後も来てくれて、昔の仲間たちとみんなで温泉旅館に泊まって。

小松 一年後くらいだったね。懐かしい顔も揃って本当に楽しかった。話がまったく尽きなかったなぁ。今だから言えることがあるだろ、なんて言って(笑)。

髙島 一番印象に残ってるのは、その時の集合写真。一番前の真ん中で浴衣で横になって。ああ、変わってないな、と思った。

小松 そういう役割なんだ(笑)。

髙島 これからも、こんな気さくなつながりでいたいね。

(これより、WEB限定テキストです)

小松 それにしても、あの社長就任発表の日は、本当にびっくりしたなぁ。髙島はちょうど関連会社のポッカサッポロの役員だったから、これは取引先だし、ちゃんと挨拶しておかなきゃ、と思ってアポイントを取ったんだけど。

髙島 その日が社長就任の発表の日になっちゃったんだな。それこそ誰にも言ってはいけなかった。妻にはもちろん、飼ってた犬にも(笑)。でも、発表が午後3時で、アポイントは午後1時。これは困ったな、と。

小松 アポイントを午後4時にずらしてほしい、と急に言うから、ああ他の優先するアポイントが入っちゃったんだろう、くらいに思ってた(笑)。

髙島 直後に社長就任発表があるのに、何も言わないのは、あんまりだと思ったんだ。

小松 社長になる、って言うから、思わず「どこの?」って、聞いちゃったよな。しかし、記者会見の日によく会ってくれたな。

髙島 いやいや、それはちゃんとしないと。

小松 こうやって付き合いや縁を大事にするところが、人を惹きつけるんだろうなぁ。でも、サッポロビールに戻っちゃったから、何しに挨拶に行ったのかわからなくなったんだけど(笑)。


サッポロビール 代表取締役社長
髙島英也
1959年生まれ。東北大学農学部卒業後、サッポロビール入社。仙台工場長、経営戦略本部長、常務執行役員北海道本社代表などを経て、2017年1月より現職。


富士食品工業 代表取締役社長
小松信一
1958年生まれ。東北大学農学部卒業後、現日本たばこ産業入社。ジェイティフーズ大阪支店長、現テーブルマーク執行役員を経て、2014年より現職。