JR九州 石原 進×デザイナー水戸岡鋭治も、特急も、駅ビルの屋上も、何もかもが人を呼ぶその理由は“できない”ことを“やる”

赤字覚悟で観光列車を走らせ、駅ビルには収益が見込めない神社を作る。経済効率とは無縁な経営を続けながらも躍進するJR九州。そこには、九州旅客鉄道取締役会長石原 進とドーンデザイン研究所水戸岡鋭治e、ふたりの揺るぎない信念があった。

 斬新なアイデアで発想し、独自の色づかいや奇抜なデザインで自己表現をする、これがデザイナーの定義だとすれば、その対極にいるのが水戸岡鋭治であろう。
 1987年に国鉄が分割民営化されて約24年、JR九州の大半の列車を手がけてきた水戸岡は、これまでユニークな車両を数多く生み出してきた。
 全国的にも有名な温泉地・湯布院へと向かう緑の列車「新ゆふいんの森」をはじめ、子供たちが楽しめるようにと、ボール状の木の玉が敷き詰められた“木のプール”や図書室などを備えた観光特急「あそぼーい!」、古きよき汽車の旅への郷愁を誘う「SL人吉」など、水戸岡が携わった車両はどれも“斬新”で“奇抜”なものばかりだ。だが、それは決して自らを表現したデザインなどではない。
「少しでも“尖った作品”を作り、デザインで自分を表現する、それがデザイナーだと僕自身も錯覚していた時期がありました。でも、JR九州の仕事をするようになってわかったんです。デザインは自己表現の道具でも単なるお飾りでもないって。公共空間である鉄道、その事業はまちづくりや環境づくりそのものですから、地域の経済も考え、地域の人と一緒に質の高いものを作り上げていく。僕は職人で、仕上げの“最後のひと振り”をしているだけです」
 JR九州とタッグを組みながら、九州のためにデザインでできることは何かを希求し、九州の文化や風土を乗せて走るデザインを心がけている。そんな水戸岡だから、自分のデザインした車両を“作品”とは呼ばないのだ。

できないことはない
トップが決断すればいい

 JR九州の目玉となる列車を数多く手がけた水戸岡だが、デザインする車両は、現場の技術者からの評判はあまり芳しくない。
 例えば、日南線の観光特急「海幸山幸」は、南九州が舞台とされている日向神話(日本神話)の山幸彦と海幸彦に由来し、そのコンセプトは「木のおもちゃのようなリゾート列車」。日南市の特産の「飫肥杉」をふんだんに使用した、文字どおり「木の列車」だが、水戸岡は内装だけではなく、メンテナンスが難しい外装にも本物の木を使用することを主張したのだ。

木の温もりに抱かれる旅神話を舞台にした海幸山幸
これ全部、電車の中!?
JR九州のローカル線は、鉄道の概念を変える!?
 海幸山幸外観からインテリアまで、本物の木で作られた「積み木」のようなリゾート特急。木の温もりに包まれ、日本神話の舞台となった地を走る旅には、普通の観光列車とは異なる味わいがある

 車両の専門家たちからは、「車両に木を張り付けて大丈夫なのか?」「木はすぐに腐食するから、車両管理が難しい」など、不安の声が多く上がった。利用者の視線に立つ水戸岡にすれば、当然、「メンテナンスが大変というのは、仕事が面倒という怠慢」となる。
「お客様の立場なら、本物の木の温もりや香りを感じられる列車のほうが楽しいと思う。特に子供たちには、本物の木に触れてもらいたい。子供は理屈ではなく、五感で上質なものを感じ取る力があり、幼い頃から本物に触れることは感性を育てる上でも貴重な体験となります。色褪せて腐るのが自然の木、木目プリントやプラスティックを使ったのでは意味がない」

列車がまるごと遊園地!?子供が動き回れる空間 あそぼーい!

 この水戸岡の主張を聞き入れ、社内に少なからずあった不安の声を抑えて「やってみよう」と英断を下したのは、当時社長であった石原進であった。
「車両は大切な商売道具ですし、火災を起こしては大変ですから、国鉄時代から『燃えやすい木材は列車には使えない』という不文律がありました。社内でも難色を示す社員が少なくありませんでしたが、水戸岡さんは、『燃えないように加工した木を使えばいい』と譲りませんから(笑)。私も、面白そうだし、木が腐ったら張り替えればいいと、思い切って決断したんです」
 この石原の判断が、結果的には「海幸山幸」による地域おこしへとつながり、日南の住民にはとても歓迎されることとなる。だが、JR九州としては、決して採算に合うビジネスではない。
「どこの企業も『お客様第一』とお題目を掲げますが、最後は事業者の論理が働いてしまうものです。目先の利益を考えず、長い目で地域のことを考えられるか。それがやり切れるかどうかは、トップ次第です」
 こうした石原の度量の広さ、寛容さは、石原個人の考え方だけではなく、どうやらJR九州が誕生してから受け継がれてきたDNAのようだ。

地域が活性化すれば、鉄道は赤字でも構わない

 国鉄から分割民営化されたJR九州は、鉄道事業だけでは経営が成り立たない。さらに、国鉄時代の“役人根性”が染みついた多くの社員には、民間企業のようなサービス精神が欠けていた。そんなJR九州の意識改革を行ったのが、初代社長の石井幸孝と石原の前任の田中浩二である。また、水戸岡を起用し、特急「つばめ」「ソニック」「かもめ」などにより、“デザインの力”を社員たちに認識させたのも両社長であった。

シックな中にも宿る豪華さ古きよき汽車の旅への郷愁 SL人吉

 こうしたJR九州の改革を間近で見てきた石原は、地域とともに発展する鉄道会社を目指すようになる。
「九州に首都圏のような人口はいませんし、鉄道事業は赤字でも仕方ありません。だからといって赤字路線を廃止すれば、地域経済はどんどん疲弊してしまいます。そこで、赤字路線をもっと上手に活用し、リニューアルした博多駅や関連事業との相乗効果で収益を上げ、地域の活性化を図るようにしたのです」
 現在、JR九州には34のグループ会社があるが、鉄道運輸収入は全体の3割弱しかない。鉄道事業者としては赤字路線を切りたいところだが、そこを耐え、楽しい列車を作り、九州全域に人が足を運ぶように努力する。石原は、そういう使命にも似た戦略を取っているのだ。

乗ってよし、見てよし、撮ってよし……鉄道ファン垂涎の豪華SL。列車の旅の原点がここにはある!

 こうした石原の考え、JR九州のDNAが如実に表れているのが、水戸岡デザインによるユニークで魅力ある列車である。
「『SL人吉』は4億円もかかっていますから、黒字にはなりませんが、『SL人吉』目当てに新幹線で熊本まで足を運ぶ人が増え、人吉地区の温泉も大盛況です」(石原)
 個別の路線で採算を考えず、九州全体の発展や活性化を考えるという点において、水戸岡も石原と同じ考えを持つ。だが、水戸岡には、それではまだ不十分と感じている部分もある。
「どれだけ『SL人吉』の評判がよくても、列車が魅力的というだけでは、地域は真に活性化しません。列車に見合ったホームや駅、駅前広場、駅周辺の街並み、その地域に暮らす人の意識、取り巻く環境すべてを変えていかないとだめなんです」

異文化が交差する長崎にはエキゾチックな「かもめ」で!


 地域の人が心から誇りに思えるような環境が整えば、地元が元気になり、もっとよくしたいという意識も生まれてくる。そうした変化なくしては、どんなに立派な施設や楽しい列車を作っても、それはお仕着せの箱物行政と大差ない。水戸岡には、そんな想いがあるようだ。

和の伝統を活かした織物やレザーの座席を車両ごとに変えて配置。壁には楠を使い、さらに妻壁には秀吉の茶室を彷彿とさせる金箔が張り巡らされている。傷つけたらどうしよう……そんな不安こそ水戸岡の狙いだ!「いい空間は、いいお客様を生むものなんです。丁寧に扱わなければという気づかいがマナーとなり、様式美が生まれます。頑丈に作られ、機能性ばかりを重視した列車では、そういう気配りは生まれませんから、当然、お客様のマナーも低下していきます。ただ豪華なのではなく、旅の質も考えたいですね」

多くの人が集う駅は、現代の“鎮守の杜”

 JR九州と水戸岡による新たな取り組みの一つが、今年3月にリニューアルした新博多駅ビルだ。
 新駅ビル「JR博多シティ」の屋上には、立派な鳥居や参道もある「鉄道神社」があり、展望台やつばめ電車(ミニトレイン)といった家族で楽しめる施設が充実している。
 屋上にこうした空間を提案した水戸岡には、古来、多くの人がことあるごとに集い、子供たちが遊びながら自然やしきたりなどを学べた、神社や鎮守の杜といった空間を、現代人がもっとも多く集まる場所、駅にこそ再現したかったのである。
「屋上にこんな施設を作っても、天候によって年間3割ぐらいしか使えず、商売としても成り立ちません。ただ、季節や風を感じることのできる空間や、なぜか手を合わせて拝みたくなる神社など、自然や文化といった大切なものを忘れかけている日本人には必要なんです」
 これが普通の企業なら、収益の見込める商業スペースを作るところ。JR九州としても、赤字路線の補填ができる駅ビルである。だが、石原は水戸岡の提案を受け入れることにする。
「魅力ある駅には人が集まります。列車利用者だけでなく、多くの人が『また来たい』と思う駅を作る、それには水戸岡さんのアイディアはぴったりだと感じました」
 水戸岡や石原の想いが通じたのか、屋上庭園には、オープン僅か3ヵ月で100万人を超える人が押し寄せたのである。


これ全部、ビルの屋上にある!? 鉄道神社/航海の安全などに御利益がある住吉神社の祭神を分霊したもの。やはり神社は日本人の心の拠り所なのか、予想を超える参拝客が訪れている。

変貌し続ける九州、終わりなき改革

 今年6月、世界最大級の規模を誇る「カンヌ国際広告祭」で、沿線の一万人以上が参加した九州新幹線全線開業のキャンペーンCMが、アウトドア部門で金賞を受賞した。
 実はこのCM、全線開通する3月12日に合わせ、9日から放映されたが、東日本大震災の影響でお蔵入りとなったもの。
 たった3日間の“幻のCM”にもかかわらず、動画サイトに投稿されるや否や、あっという間に200万アクセスを超え、国際的評価まで得たのだ。
「まったくの予想外でしたが、嬉しい驚きです。地域と一緒に汗をかく、地域へ貢献するという私たちの想いが報われた気がしました。これまで水戸岡さんと一緒に尽力してきたローカル線への取り組みにも、これで弾みがつくことでしょう」(石原)

 九州新幹線の全線開業は、ようやく大動脈が整い、九州全土のローカル線にも新鮮な血液が流れ出すことを意味する。
 そして、新たなネットワークを得たJR九州は、さらなる変貌を遂げようとしている。
 古きよき天草や南蛮文化、ジャズやバーなどをテーマにした大人が楽しめる観光特急「A列車で行こう」が今秋には導入され、さらに、欧州の「オリエント・エクスプレス」の伝統を継ぐ豪華列車「クルーズトレイン」による九州一周の旅なども計画されている。
 ただ人を運ぶだけの交通手段ではない、本格的な旅と本物のデザインを堪能することのできる列車。JR九州と水戸岡の飽くなき挑戦は、これからも九州を変えてくれるだろう。


Susumu Ishihara
1945年、東京都出身。'69年東京大学法学部卒業。同年、日本国有鉄道に入社。'93年6月、九州旅客鉄道取締役。2002年6月同代表取締役社長。'09年6月、代表権のある会長に就任。
Eiji Mitooka
1947年、岡山県生まれ。県立岡山工業高校デザイン科を卒業後、サンデザイン(大阪)、Sutudio SilvioCoppola(イタリアミラノ)を経て、'72年、東京にドーンデザイン研究所設立。

Text=保岡裕之 Photograph=有高唯之

*本記事の内容は11年8月1日取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい