“ぼくは君たちを憎まないことにした”ジャーナリスト アントワーヌ・レリスー滝川クリステル いま、一番気になる仕事

今や、テロリズムや移民・難民問題は他人事ではないが確実な解決方法などない。しかし、問い続ける姿勢こそが大事だと教えてくれたのが、フランス人ジャーナリストのアントワーヌ・レリスさんだった。世界中に感動を巻き起こした手紙の真意とは?

テロで最愛の人を亡くしても憎しみという負の連鎖は許さない

左:ジャーナリスト アントワーヌ・レリス、右:滝川クリステル [滝川さん]オールインワン¥175,000(マックスマーラ/マックスマーラ ジャパン TEL:03-5467-3700)、ピアス¥845,000(ピアジェ/ピアジェ コンタクトセンター フリーダイヤル:0120-73-1874)、靴は本人私物

多民族国家の誇りと考え続けていく問題点

滝川 昨年11月13日に起きたパリ同時多発テロ事件では、130名以上の方が亡くなられました。最愛の奥様を亡くされたレリスさんが、Facebook上でテロリストに向けた手紙を公開したのはその3日後。メッセージは瞬(またたく)間に世界中で共有され、事件からの2週間を綴った著書『Vous n'aurez pas ma haine』は世界20カ国で翻訳されています。多くの人々に届いた理由のひとつとして、レリスさんの「憎まない」という決断から、大きな勇気を得た方が多かったからだと思うんです。

世界中で反響を呼んでいるテロリストへのメッセージ全文

"ぼくは君たちを憎まないことにした"金曜日の夜、君たちはかけがえのない人の命を奪った。その人はぼくの愛する妻であり、ぼくの息子の母親だった。それでも君たちがぼくの憎しみを手に入れることはないだろう。君たちが誰なのかぼくは知らないし、知ろうとも思わない。君たちは魂を失くしてしまった。君たちが無分別に人を殺すことまでして敬う神が、自分の姿に似せて人間をつくったのだとしたら、妻の体の中の銃弾の一つ一つが神の心を傷つけるはずだ。だから、ぼくは君たちに憎しみを贈ることはしない。君たちはそれが目的なのかもしれないが、憎悪に怒りで応じることは、君たちと同じ無知に陥ることになるから。君たちはぼくが恐怖を抱き、他人を疑いの目で見、安全のために自由を犠牲にすることを望んでいる。でも、君たちの負けだ。ぼくたちは今までどおりの暮らしを続ける。ぼくは今日、妻に会った。夜も昼も待って、やっと会えた。彼女は金曜日の夜、出掛けて行った時と同じように美しく、十二年前、ぼくが彼女に狂おしく恋した時と同じようにきれいだった。もちろん、ぼくは悲しみに打ちひしがれている。このことでは君たちに小さな勝利を譲ろう。でも、それも長くは続かない。ぼくは彼女がいつの日もぼくたちとともにいること、そして自由な魂の天国でまた会えることを知っている。そこに君たちが近づくことはできない。息子とぼくは二人になった。でも、ぼくたちは世界のどんな軍隊より強い。それにもう君たちに関わっている時間はないんだ。昼寝から覚める息子のところへ行かなければならない。メルヴィルはまだやっと十七ヶ月。いつもと同じようにおやつを食べ、いつもと同じように遊ぶ。この幼い子供が、幸福に、自由に暮らすことで、君たちは恥じ入るだろう。君たちはあの子の憎しみも手に入れることはできないのだから。

レリス氏が、最愛の妻を奪ったテロリストに向けて率直な想いを宣言した手紙は、Facebook上で発表されてから3日間で、20万回以上シェアされた(日本語翻訳:土居佳代子)。

レリス 僕があのメッセージを書いたのは、遺体安置室で妻のエレーヌに再会した日でした。事件から3日が過ぎていましたが、彼女は変わらず美しく、その時、僕らの愛が過去から未来にかけてずっと続いていくことを確信したんです。そのあと、当時1歳5カ月だった息子のメルヴィルを保育園に迎えにいき、彼の笑顔を見た時、自然と「憎しみはもう一生いらない」と感じました。その感覚をただ思いのままに文章にして、妻の友人たちだけと共有するつもりで、Facebookに投稿したんです。まさかここまで広がるとは、まったく思ってもいませんでした。

『ぼくは君たちを憎まないことにした』 アントワーヌ・レリス 著、土居佳代子 訳 ポプラ社 ¥1,200 事件からの2 週間、幼い息子メルヴィルと過ごす日常と、感情の動きを描いたノンフィクション。2016年3 月に原著が発表され、以降世界20カ国で翻訳出版されている。 「ノンフィクションである重さをひしひしと感じる本でした」(滝川)

滝川 もともと身近な方々への発信だったのですね。それまでもSNS自体は活用されていたのでしょうか。

レリス いえ、僕はアナログな人間なので、どちらかといえばSNSには偏見があって。自分の内なる想いを発表するのに、必ずしも必要なツールとは思っていませんでした。そもそも使い方をよくわかっていなかったというのもあります。今回のことで人の心を結ぶこともできるツールなのだと考えを改めましたが、現時点ではやはり、私にとってこれが最初で最後のSNS投稿になると思っています。

滝川 公開しなければよかった、という気持ちもありますか?

「日本語版が一番自分の想いに近い」

レリス 正直なところ、はじめはあまりにも一気に拡散されたので、自分で何もコントロールできない恐怖感に襲われました。非常に私的な、大切な想いですから、誤解されるのも避けたかった。でも結果として同じような悲劇を体験した方々と対話の機会を持つことができました。そして本を読んでくれた各国の読者それぞれの解釈や感想によって、私自身の考えも多層的になっているんですね。そのプロセスにはとても感謝しています。

滝川 『Vous n'aurez pas ma haine』は国ごとにタイトルも違うのですよね。邦題の『ぼくは君たちを憎まないことにした』をどう思われましたか?

レリス 実は日本語版が一番自分の想いに近いです。原著を直訳すると「あなたたちに憎しみを与えない」となるのですが、日本語版にはより複雑なニュアンスが隠されていますよね。憎しみはどこかにまだあって、完全には排除できていないかもしれない。でもその負の連鎖を抑えたい。怪獣のように頭をもたげてくる憎しみの感情に負けたくないから、受け止める......。

滝川 逆にそういったニュアンスを込めてフランス語で表現しようとすると、難しいですよね。本のタイトルとしては、とても長くなってしまいます。

レリス そうなんです。秀逸な表現だと思いますし、日本語の感覚に興味を持ちました。先日も明治学院大学の教授とお話しする機会があり、考え方が仏教に近いといわれたんですよ。

日本の学生とのディスカッションが実現

滝川 それも不思議なめぐり合わせですね。レリスさんは現在、出版された各国をまわっていらっしゃるとお聞きしましたが、日本では他に、どのような方にお会いになりましたか。

レリス 本に関心を持ってくれたジャーナリストの方々、それに先日は明治学院大学で多くの学生さんたちとディスカッションする機会に恵まれました。率直に本の感想を聞けたことも嬉しかったですが、一方で自国の未来について不安を抱えている人が多い印象を受けました。

滝川 例えばどんなお話を?

レリス 特に印象深かったのが、多民族国家であるフランスについての質問です。すなわち、国際結婚から、テロ対策についてまで、マルチカルチャーであることに非常に興味を持っていた。日本もいずれそうなっていくのではないかという含みもあったと思います。

滝川 その質問にはどうお答えになったのでしょうか。

レリス 妻のエレーヌは、父親がユダヤ系モロッコ人、母親がアルジェリア出身です。両親の宗教も違うんですね。結婚相手は純フランス人の私。そして愛の結晶であるメルヴィルが生まれた。友人たちの国籍も多様です。個人や家族単位の幸せを見れば、マルチカルチャーであることや国際結婚は素晴らしいものだと思うし、多民族国家として築いてきた歴史も文化もフランスの大きな遺産です。

滝川 そうですね。ただし多民族国家ゆえの苦労もある......。

レリス ええ。テロリズムとの向き合い方もそのひとつと捉えられます。しかしその問題に関しては、自分でも答えは見つかっていません。ただひとつ言えることは、あらゆる不安は無知から来るということ。異文化への知識や知恵を広く獲得することが、この世界を生きるヒントになるのでは、と答えました。

滝川 レリスさんは今、息子さんとの時間を何より大切に過ごされているんですよね。

レリス はい。でもテロ事件の被害者の子供、というレッテルは決して貼られないよう、過保護にならないよう気をつけています。これからの長い人生で、母親を思い、心が揺れることは必ずあるでしょう。でも私たちが絶対的な信頼関係を築くために、我が家には嘘もタブーもありません。彼が事件について知りたい年齢になった時、きちんと事実を答えられるよう、事件の情報は収集し続けています。

滝川 今後の活動についてはどのようにお考えでしょうか。

レリス 突如として人生が大きく変わり、まだ翻弄されている状態ではあります。作家として2作目を書くのか。あるいはまったく違う仕事につくのか。いずれにしても妥協をすることなく、身の丈を忘れずに。メルヴィルと向き合いながら、ゆっくり考えていきたいです。


Text=藤崎美穂 Photograph=古谷利幸 Styling=吉永 希 Hair & Make-up=野田智子 Special Thanks=フランス大使館

*本記事の内容は16年10月取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい。 14年4月以降の記事では原則、税抜き価格を掲載しています。(14年3月以前は原則、税込み価格)

滝川クリステル
滝川クリステル
Christel Takigawa 1977年フランス生まれ。WWFジャパン 顧問。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 顧問。一般財団法人クリステル・ヴィ・アンサンブル代表。現在、『教えてもらう前と後』(TBS系)でMCを務める。2018年、2度目となるフランス国家功労勲章「シュヴァリエ」を受章。インスタグラム:@christeltakigawa
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