アメリカはどこに向かうのか? ~元NHKスクープ記者 立岩陽一郎のLIFE SHIFT 第14回

これまで華々しい実績を残してきたNHKを49歳にして去り、その翌日単身渡米、巨大エリートメディアを去った一人のジャーナリストによるエッセイ。第14回目は、トランプ大統領の今後について現地アメリカよりリアルな声をレポート。


ホワイトハウス前の抗議集会

翌日、かつてフェローを務めたアメリカン大学に行って元同僚らと話をした。選挙結果については、概ね、痛み分けという判断だった。共和党は予想以上に票を得て、少なくとも上院では議席を増やして過半数を維持した。上院は各州2人の議員と決まっており、全米50州で上院議員は100人だ。選挙前は共和党が51議席だった。それが選挙後には52になっている。

加えて言えば、上院と下院を比べると、上院の方が権限は強い。これは衆院が参院に優越する日本とは逆だ。閣僚の任命権限、最高裁判所判事の任命権限に加えて、国際条約を批准する権限も上院だ。そして何より、大統領を罷免する権限を持っている。弾劾だ。

だからトランプが選挙後に「勝利」を宣言したのも、理由がないわけではない。しかし一方で、下院では民主党が過半数を奪還している。それはコーンの分析が示す通りで、トランプにとっては痛手にならないわけはない。下院を通じて民主党が牙を得たことになるからだ。

フェロー時代からの恩師でアメリカン大学教授のチャールズ・ルイスもコーンと同じことを言った。

アメリカン大学チャールズ・ルイス教授

「ウォーターゲート事件と似てきた」

ウォーターゲート事件はアメリカ最大の政治スキャンダルだ。その頃、まだベトナム戦争は続いていた。そして多くの若者が戦地で命を失うか、体の一部を失うかした。黒人への差別も激しかった。そこに浮上した大統領の犯罪。アメリカを憂いが覆っていた時代だ。

夕方、ホワイトハウスに向かった。前述の通り、地下鉄ファラガットノース駅を降りて南に少し歩くとそこに白亜の建物は鎮座している。少し離れた場所に、既に大勢の人々が集まっている。それが私のお目当てだった。

集まった人の中にはプラカードを持った人も多かった。お手製なのだろう。段ボール紙にマジックで書かれた内容を読むと次のようなことが書かれていた。

「大統領も法律の上には存在していない」

「事実は解任できない」

「Resist(抵抗)」

トランプが司法長官を解任したことに対する抗議集会だ。集会の規模は膨れ上がっていた。人が次々に押し掛けているといった状況だった。

「解任されるべきは司法長官じゃないわ。トランプよ。この国をどこまでおかしくすればすむと思っているの」

隣にいた年配の女性に話を聞くと、怒りをぶちまけた。近くの法律事務所で働いているという。

アメリカン大学の学生がお手製の星条旗を持って来ていた。国際関係を学ぶ1年生だという。

「星条旗を持っているのでトランプの支持者かと思った」と水を向けると、「本来は星条旗はアメリカの統合の象徴だった。それをトランプが分断の象徴にしてしまった。だから、僕は皆に、もう一度、星条旗の前に一つになろうと呼び掛けたいんです」

トランプ大統領に会ったら何と言いたい?

「あまり失礼なことは言いたくないが、やはり、今のやり方を変えて欲しい。分断は終わりにしないといけない」

そう言うと、彼は集会の中の方に入っていった。

参加者はどんどん増えていく。その姿を見て、確かにそうだと思った。恐らく、ウォーターゲート事件が起きた1970年代のアメリカは各地でこうした集会が開かれていたのだろう。そして警察と衝突する事態も起きていた筈だ。

アメリカは再びそういう国になるのだろうか。

ホワイトハウス前の抗議集会

ベテランのジャーナリストが口にした「言えない。命の危険がある」

私は次の約束の場に行くために、その場を離れた。昔からの友人の公共放送の記者と会うためだった。NPRという全米を網羅するラジオ局でデスクをしている。

アメリカで最も影響力のあるニュースメディアといえば、このNPRだと言って過言ではない。自動車社会だからということが大きいが、朝のNPRのニュースにはアメリカ人の多くが耳を傾ける。

彼の行きつけだという中東料理と中華料理を足して2で割ったような店に入ると、既に彼が座っていた。

「ホワイトハウス前の集会を見てきた」

「どうだった?」

「凄い人だ。若者も、女性も……」

「序の口だろう。今後、もっと増える。過激なデモだってあり得る」

「アメリカは1970年代に逆戻りか?」

「そうかもしれない。トランプは1950年代のアメリカの黄金期に戻そうとしているのかもしれないが、恐らくそうはならない」

「アメリカが圧倒的に強かった1950年代?」

「白人が強かった……ともいえる」

自身も白人ではない彼はそう言った。今回の選挙についてどう見ているのか尋ねてみた。

「痛み分けといったところだろうか。共和党は善戦したと思う。下院を奪還した民主党だが、大勝ではない」

共和党はなぜ善戦したのか?

「トランプ人気だ」

なぜトランプの人気は衰えないのか? それは、つい先ほどまでホワイトハウス前での抗議集会を見ていた私には不思議だった。

「白人社会の焦り……としか言いようがない」

そして続けた。

「いいかい。今、アメリカはトランプの政策によってかどうかは議論がわかれるが、とりあえずは好景気だ。だから、トランプはそれを選挙で言うことができたはずだ。しかし今回の選挙でトランプは、中南米からアメリカを目指すキャラバンのことしか言わなかった。彼らは侵略者だと煽った。なぜか? それが一番、彼の支持者に受けることを知っているからだ」

彼の支持者……つまり、中流以下の白人?

「そうだ」

つまり、2040年代には、という奴か?

「そう。2040年代半ばには、この国のコケージアン(白人)は50%を割る。それに対する恐怖感はかなりあると思う」

「バカバカしい話じゃないか。仮に50%を割ったからといって、残りはアフリカ系やアジア系、イスラム教徒、ユダヤ系の合算じゃないか。それらだって一枚岩じゃない」

「冷静に考えればそうだ。しかし、トランプの支持者にそうした冷静な考えはない」

アジア系アメリカ人である彼は、そう言ってため息をついた。

私は話を変えた。サウジアラビア人ジャーナリストのオマル・カショギ氏殺害の話だ。トルコのサウジアラビア大使館で殺害されたカショギ氏だ。

この殺人事件については、その頭文字から私がコメンテーターを務めている毎日放送と同じMBSと呼ばれるサウジの皇太子の指示があったことが言われている。しかしトランプは「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。それはわからない」と、この事件に踏み込む気はなさそうだ。それも、実は、トランプがサウジアラビアとビジネスをしているからだと囁かれている。ロシア疑惑に続く、サウジ疑惑となるのか?

「どうなんだ? サウジとトランプの関係は、ズブズブなんじゃないか?」

そう水を向けると、公共放送のベテラン・ジャーナリストは顔色を変えずに、しかし両手で声のトーンを下げるような仕草をした。そして言った。

「その話は外ではできない」

どういう意味だ?

「命の危険に関わるからだ」

彼の顔は真剣だった。私は話題を変えた。

そして機内

その会話の2日後にバスでニューヨークへ向かい、そこで一泊してから帰国便に乗り込んだ……そのすべてを思い返すのに1時間とかからないが、それは極めて疲れる旅だった。

「アメリカはどこに向かうのか?」

そう問う言葉は格好よく響くが、しかし全く意味がない。その答えなど簡単には見つかるわけがない。

混乱? それは答えでも何でもない。既に混乱は生じている。どのような混乱なのか?それがわからない。

分断? 集会で大学生が言ったその言葉も気になる。アメリカ合衆国ならぬアメリカ分州国……The Divided States of Americaとは既に言われている話だ。

ひとつはっきりしたのは、2019年のアメリカは荒れるということかもしれない。多くの血が流れるかもしれない。その時は真っ先に駆け付けなければならない。

昔体験した催涙弾を思い出した。あれはきつかった……否、きついなんてものじゃない。苦しくて息ができなかった。コーンやラスが身柄を引っ張られることだってあるかもしれない。NPRの彼は……大丈夫だろう。

そんなことを考えていると、疲れが全身を覆い始めた。どうやらそれは51の年齢からくるものではなさそうだ。小ボトルに入った白ワインをグラスに入れて飲み干し、目を閉じた。

東京行きのボーイング777は、まだアメリカ大陸を横断している最中だ。


第15回に続く

立岩陽一郎
立岩陽一郎
調査報道を専門とする認定NPOを運営「ニュースのタネ」の編集長。一橋大学卒業。NHKで初めて戦場特派員としてイラク、クウェートを取材。社会部記者、1年間の米国留学の後、国際報道局デスクを経験するなど華々しいキャリアを築くも「パナマ文書」の取材を最後に49歳にしてNHKを辞職しその翌日渡米。現在は公益法人「政治資金センター」理事や毎日放送「ちちんぷいぷい」のレギュラー・コメンテータ、ニュースメディアへこれまで培ってきた報道の世界の鋭い目線で記事を提供するなど活動の幅は多岐に渡る。『トランプ王国の素顔ー元NHKスクープ記者が王国で観たものは』などの著書がある。近著は『トランプ報道のフェイクとファクト』。
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