【中田英寿/に・ほ・ん・も・の外伝】"瀬戸内レモン"の本家で臨時の商品開発会議 <広島③>

2009年から’15年の約6年半、のべ500日以上をかけて、47都道府県、2000近くの場所を訪れた中田英寿。世界に誇る日本の伝統・文化・農業・ものづくりに触れ、さまざまなものを学んだ中田が、再び旅に出た。

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ブームをつくった瀬戸田町産レモン

広島の海岸線をクルマで走っていると、思っていた以上に島が多いことに気づく。その数は大小あわせて142で、そのうち有人島が35。そのうちのひとつである尾道市の生口島は、クルマで30分もかからずに1周できてしまう小さな島だ。実は、国内産レモンの3割以上がこの生口島の瀬戸田町産。それ以外にも多くの柑橘類の名産地としても知られている。

「広島でレモンの栽培が始まったのは、明治時代といわれています。なかでもこの瀬戸田町は、年間平均気温が15.5℃と暖かく、年間を通して降水量も少ないため、レモンに最適。かつては国内で流通するレモンのほとんどが輸入物でしたが、農薬や化学肥料の問題から安心・安全な国内産が見直されるようになり、2000年以降はシェアを徐々に増やしてきました。私たちが目指したのは、農薬の使用を最低限に抑え、皮ごと食べられるレモン。その他にも星型やハート型のレモンの栽培もしてきました。そういう長年にわたる研究や努力の結果、現在、瀬戸田レモンだけで全国シェアの3割以上を占めるようになったんです」

島の柑橘農家であり、指導農業士でもある原田悟さんのレモン畑を訪ねると、斜面に並んだ木々にまだ青い果実がたわわに実り、太陽の光を浴びていた。残念ながら収穫期前ということで、「酸味も糖度もみかん並みに高い」という新鮮な瀬戸田レモンをかじることはできなかったが、他の柑橘をしばし堪能。いずれもほどよい甘さが喉を心地よくうるおいしてくれる。さらに目の前のテーブルに並べられたのは、たくさんのレモン加工商品。現在、広島の空港や空港などの土産物販売店に行くと、「瀬戸内レモン味」の商品がずらりと並んでいる。本来なら「瀬戸田レモン」、「広島レモン」の名が広がればよかったのだが、

「レモン味ブームのおかげで広島産、瀬戸田産のレモンだけでは間に合わず、愛媛のレモンも使わなければならなかったんです。それで瀬戸内レモンと名付けられた。でも結果的にはそのネーミングのおかげでブームも加速した部分があるんだと思います」

もちろん本家本元である瀬戸田町としても黙ってはいられない。瀬戸田産のレモンや柑橘を使った「はちみつ漬け」や「のどあめ」、「ポン酢」、「レモンピール」、「七味唐辛子」、「くずきり」などを次々に中田がチェックする。こういうときの彼は本当に楽しそうだ。

「もっとレモンらしい酸味が伝わってきたほうがいいかな」、「おいしいけど、甘みを少し抑えめのほうがいいかもしれません」、「少し皮の苦味を感じられたらいいのでは」。一口ずつ食べながら、次々にコメント。レモンピールの『がじゅり』などは気に入ったようだ。

「こういう小分けのお菓子はお土産でもらっても食べやすくていいですね。レモンの風味もしっかり伝わってくるし、人にあげたくなる商品です」

爽やかな風が吹く、瀬戸内海を見下ろす斜面でのしばしの商品開発会議。原田さんや地元の方もうれしそうな顔で会議に参加していた。ここからまた新しいレモン商品が生まれるかもしれない。輸入レモン全盛期には、「つくっても売れない。出荷しても安値」の状態だったという瀬戸田レモンの復活劇は、国際化のなかで戦わなければならない日本の多くの農家に元気を与えてくれるのではないだろうか。

広島④に続く

「に・ほ・ん・も・の」とは
2009年に沖縄をスタートし、2016年に北海道でゴールするまで6年半、延べ500日以上、走行距離は20万km近くに及んだ日本文化再発見プロジェクト。"にほん"の"ほんもの"を多くの人に知ってもらうきっかけをつくり、新たな価値を見出すことにより、文化の継承・発展を促すことを目的とする。中田英寿が出会った日本の文化・伝統・農業・ものづくりはウェブサイトに記録。現在は英語化され、世界にも発信されている。2018年には書籍化。この本も英語、中国語、タイ語などに翻訳される予定だ。
https://nihonmono.jp/


Composition=川上康介 Photograph=淺田 創



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中田英寿
中田英寿
1977年生まれ。日本、ヨーロッパでサッカー選手として活躍。W杯は3大会続出場。2006年に現役引退後は、国内外の旅を続ける。2016年、日本文化のPRを手がける「JAPAN CRAFT SAKE COMPANY」を設立。
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