【阿部勇樹】試合に出ていない今、思い出すイングランド・レスター時代

阿部勇樹は輝かしい経歴の持ち主だが、自らは「僕は特別なものを持った選手じゃないから」と語る。だからこそ、「指揮官やチームメイトをはじめとした人々との出会いが貴重だった」と。誰と出会ったかということ以上に、その出会いにより、何を学び、どのような糧を得られたのか? それがキャリアを左右する。【阿部勇樹 〜一期一会、僕を形作った人たち~21】。レスター編1回目。

2010年、イングランドのレスターへ移籍

今季、僕は1試合も出場していない。ベンチ入りもない。

プロサッカー選手として、こういう経験は初めてのことだ。

「試合のために準備する」

日々の練習のひとつには、そんな目標があり、毎日はそこへ向けた時間だ。

それは、試合に出られない今も変わらない。たとえ、「またベンチ外なんだろうな」という予感がしても、中途半端なことはしたくない。そんなふうに諦めずに、投げ出さずに、汗をかくのは、「チームのため」という想いも当然強い。しかし、僕の気持ちはそう単純なものではない。もちろん葛藤はある。

そして、葛藤ののち「なにも終わっていない」という気持ちだけが残る。

以前は、自分のゴールというか、最後を決めている部分があった。

しかし、6月にMLBシンシナティ・レッズで活躍している秋山翔吾選手と対談したことで、気持ちの変化が生まれた。アメリカへ渡ったばかりの秋山選手との会話は、2010年にイングランドのレスターへ移籍した当時の自分のことを思い出させた。

当時レスターで感じたことは、まだまだ自分のプレーに生かさなくちゃいけないし、それを誰かに伝えられるんじゃないか……もう一度、レスターでの時間を考え直し、「このままじゃダメだ」と改めて強く思いなおした。

レスター時代、試合に出れなかったとき、僕は何を想い、どんな行動をしていたのか?

記憶を手繰れば、特別なことをしたわけじゃない。過去同様に「やれることに全力を尽くす」だけだった。新しいサッカーを、チームメイトを、監督を理解し、体現し続けた。その結果、ポジションがつかめた。けれど、試合に出て終わりというわけではない。闘いは続く。

僕がレスターへの移籍を決意したのは、ワールドカップで世界のサッカーとの差や違いを体感したからだ。

ボールやプレースピード、決断や判断の速さ……世界のレベルと僕との間には、いろんな違いや差があった。そこを磨きたいという動機でレスターへ行った。

当時のレスターはチャンピオンシップのクラブで、いわゆるイングランドのサッカーリーグでは2部リーグ。それでも、カップ戦でプレミアリーグのチームとの対戦もある。

想像通り、想像以上の刺激を受け、選手としてやらなくちゃいけないこと、やっていかなくちゃいけないと強く知ることができた。

レスターで味わった悔しさ。そしてサッカーをプレーする楽しさ。1年数カ月と短い期間だったけれど、充実した時間は、新しい発見があり、新しい刺激を感じ、ある種のリセットになった。

今思うと、この年齢まで現役でプレーしている大きな理由は、このレスターでの時間があるからだ。

ここで体感した「違い」が、僕にとって大きな動機を与えてくれた。

しかし、世界のサッカーはどんどん変わっている。もちろん日本のサッカーも変わっている。そういうなかで、追い求め続けていけば、「なにも終わっていないな」と。理想をはじめ、いろいろなことを求め続けたら、終わるわけもない。

確かに今は、試合に関われる戦力ではないのかもしれない。

けれど、まだ終わりじゃない。僕に「追い求めたい」ものがある限り、終われない。

Yuki Abe
1981年千葉県生まれ。浦和レッズ所属。ジュニアユース時代から各年代別で日本代表に選出される。'98年、ジェフユナイテッド市原にて、16歳と333日という当時のJ1の最年少記録を打ちたて、Jリーグデビューを飾る。2007年、浦和レッズに移籍。2010年W杯終了後、イングランドのレスター・シティに移籍。'12年浦和に復帰。国際Aマッチ53試合、3得点。


Text=寺野典子 ©URAWA REDS