【連載】男の業の物語 第十五回『男の遊び場』


男ならではの遊び場といえば昔は遊郭。あるいは芸者や太鼓持ちを座敷に上げて遊ぶ料亭といったところだったが、今ではだいぶ様変わりして銀座界隈のクラブということらしい。ただ座るだけで何万という金を取られ、たいして才覚もないホステスなる女たちに囲まれて、同じ酒でもホテルの気が置けるバーでのさらに数倍の金を取られて何が楽しいのかさっぱりわからない。それでも毎晩同じクラブに出かけないと気のすまぬ男が多いのは全く気の知れぬ話だ。

いつか話題になったどこかの会社の御曹司が一万円札を二つに折ってコースター代わりに敷いて、その上にのせたシャンパングラスに、いっぱいに注いだ酒を一息に飲んだホステスにそのコースターをくれてやるという馬鹿な遊びをして話題になっていたが、こういう手合いは無趣味の無教養の馬鹿金持ちとしか言いようがない。そもそも良い酒を飲みたいなら良いバーテンのいるバーに行って良いカクテルを飲めばいいので、クラブに行ってうまい酒が飲めるわけもない。土台、銀座くんだりのクラブ風情に腕の立つバーテンダーがいるわけもないし、本物の胸にじんとくるドライマティーニなんぞあんながさつな場所で飲めるわけもない。

文壇なる一種のサロンが盛んだった頃には文士や文壇関係者が毎夜集まる『エスポワール』だとか『おそめ』といった小さなクラブがあった。ある時エスポワールの二階に座っていたら、鞄を抱えた初老の客がどかどかと入ってきてカウンターに鞄をどかんと置いてウイスキーをワンショットぐいっと呷ると周りを見渡し胸をそらして突然、「くだらん。実にくだらん」と辺りに聞こえるような声でつぶやいていたものだった。

それがひどく印象的だったので隣にいた店のホステスに質したら、どこかの大学の先生で実は店の常連だそうな。その先生が何故に毎晩のように現われながら「実にくだらん」と慨嘆するのかは、質したい気もしたがわからないようでわかるので止めておいた。

あの一万円札をコースターにして馬鹿金をばらまくどこかの二代目社長にしても、その先生にしても、要するにわかっちゃいるけど止められないということなのか。つまり無趣味な野暮天の吹き溜まりということか。

しかしあの頃の洒落た男の遊び場といえばナイトクラブで、まだゴシップあさりの卑しい週刊誌などなかったから誰が誰と一緒に来てチークダンスをしていようが、全く問題にもならなかった。『マヌエラ』『日比谷イン』『銀馬車』『キャロット』、それになんといっても先駆けの横浜の『ブルースカイ』『レッドシューズ』といった店が限られたお客たちのためにあって、それぞれに後に一流となった芸人たちが出ていたものだ。フランク永井、松尾和子、レイモンド・コンデ、スマイリー小原のバンドや吉谷淳のクールノーツ等々。

 そうした店々でのナイトライフには小説のためにもってこいのさまざまな挿話が垣間見られたものだ。

ある時、親しい女友達と二人で九段のあまり人気のないナイトクラブでデートしていたら、すぐ脇のテーブルにさっきから一人で誰かを待ちながらグラスを傾けていた女が、気がついたらテーブルに突っ伏して慟哭していた。思わず声をかけようとしたら連れの彼女が手で制して止めてくれた。

あれはまさに越路吹雪のシャンソン『メランコリー』の文句、「恋人も明日もいらぬ なんにもいらない 酔いしれては 飲み明かそう 気の狂うまでは」そのものの雰囲気で、あれで私に連れがいなかったならあの後どうなっていたことだろうかと思われる。

ナイトクラブライフの極意というのは、夜中の一時にお店が終わりになり、ウエイターたちが客の去ってから後の掃除のために椅子をテーブルの上に逆さに置き直してしまった後、見知りのウエイターやバーテンダーを呼び寄せて酒の瓶を一本据えて、彼等ととりとめのない話をして深夜に解散する、あの都会の深夜ならぬ雰囲気の味わいだった。

 そんな深酒の後たどりついたベッドで、一人かそれとも誰かとともにする眠りの感触は、鶴田浩二の歌っていた『赤と黒のブルース』の最後の方のフレーズ、「月も疲れた小窓の空に 見るは涯ない闇ばかり」そのものだったが。

ということへのノスタルジーから、ある時誰かが言い出し、もう一度あの頃の大人のナイトライフを取り戻そうよということで、サントリーの佐治敬三さんと渡辺プロの渡辺晋さんの肝煎りで六本木の一角に『セブンティセブン』というナイトクラブをテナーサックスの名手の与田輝雄をマスターに据えて開店したものだが、あっという間に潰れてしまった。

その訳は客筋が昔と違って会社の部長クラスが若い社員を連れてやって来、中の誰かが私を認めて寄って来て、サインをねだったり、「失礼ですがお連れの方は奥様でしょうか」などと質したりするからたまったものではない。ということで昔を懐かしむオールドボーイたちの夢ははかなく消えてしまったものだった。

ならばこのお古い俺たちはどこでどうしたらいいのだと言いたいが、あの一見華やかそうで薄っぺらなガヤガヤした銀座のクラブへ、とでもいうことかね。

こうなり果てた現代では、昔気の合った仲間だけで新橋の一角につくった各々自分の鍵で扉を開けなければ入れなかったキイクラブがいかにも懐かしい。

第十六回に続く
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石原慎太郎
石原慎太郎
Shintaro Ishihara 1932年神戸市生まれ。一橋大学卒業。55年、大学在学中に執筆した「太陽の季節」により第一回文學界新人賞を、翌年芥川賞を受賞。ミリオンセラーとなった『弟』や2016年の年間ベストセラー総合第一位に輝いた『天才』、『法華経を生きる』『老いてこそ人生』『子供あっての親-息子と私たち-』など著書多数。
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