横尾忠則「経済的価値を優先するとアートが犠牲になってしまう」【滝川クリステル】

世界中の名だたる美術館で個展を開催し、昨今では『いだてん』のポスターが話題に なるなど、常に新しいものを生みだす横尾忠則さん。6月に御年83歳となるその原動力とは?


隠居宣言してからは生活のすべてが遊び

滝川 わあ、アンディ・ウォーホルの肖像画がたくさん。

横尾 5月末から谷中のSCAI THEBATHHOUSEでやる展覧会(横尾忠則展「B29と原郷 - 幼年期からウォーホルまで」)に出すんです。55点描きました。55点で一作品です。

滝川 すごくかっこいいです。ベネッセアートサイト直島にある「豊島横尾館」のガイドブックも発売されましたよね。今日は横尾さんの創作の根底にあるといわれる死生観と、その変容についても、改めておたずねできたらと思って。

横尾 意図するしないにかかわらず、何を描いても死の概念が作品の根底に流れているんですよね。どこから話そうかな……。死はずっと怖いものでした。戦前の生まれですから、空襲警報やグラマン戦闘機に怯える子供時代でしたし、何よりも両親の死を常に恐れていたんです。というのも僕は3歳で叔父にあたる横尾家の養子になって、その時点で横尾の両親は50代半ばでした。いつ両親がいなくなるかわからない。その恐怖は、かなり早い時期から僕の考え方や生き方に定着したんでしょう。20代で両親を見送ったあとも死への恐怖は消えませんでした。そこで31歳の時に、新聞に自分の死亡広告を出してみたんです。同時に『横尾忠則遺作集』という作品集も出して、自分を死一色に塗りこめてしまった。その時に、それまで距離のあった死が、僕のなかで一体化したんですよね。

滝川 そこで死の恐怖を克服されたということですか?

横尾 完全にではないけれど少しずつ。今となっては、周りの人たちが毎月のように亡くなっていくような年頃です。死や老年を味わっているような感覚ですね。そうすると不思議なもので、逆に年齢が延長されていく気がします。

滝川 お若いです、本当に。

横尾 嫌なことをいっさいやっていないからかな。早く向こうの世界に行って、向こうで死を生きたいような気もする。ただこちらで問題を抱えたままだと、向こうで解決できないだろうから、やり残しは少ない状態にしておきたい。そのために絵を通して、すべて吐きだしているところです。

滝川 ピカソのように早く老人になりたい、ともよくおっしゃっていましたよね。

横尾 ピカソは20代から隠居老人の顔をしているでしょう。僕は数え45歳の時に「画家宣言」をしてグラフィックデザイナーから絵描きに転向し、70 歳で「隠居宣言」をしました。つまり、好きなことだけする、嫌いなことはやらない。お金とか名誉とか、人脈とか大義名分を考えるのやめて遊ぶことにしたの。そうしたら身体の調子はよくなるし、好きなことがどんどん増えて、逆に忙しくなっちゃった。40代、50代くらいに隠居しておけば別の形で人生を味わえたなと思うけど、病気や怪我をしたり、悩んだり逃れたりしながら年をとるっていうのもまた不可欠な修行だったんでしょうね。

滝川 では今はお仕事という感覚はまったくなく、心のままに描いていらっしゃる?

横尾 基本は生活のすべてが遊びだと思っています。高校を出て印刷所に就職して、それから神戸新聞社に入って、24歳で日本デザインセンターに転職して……デザイナーをやっていた頃は、周りに合わせて努力しているフリもしたけれど。今は絵を描きたい欲望は強いけれども、絵で稼ぐことや、名誉や権威にはもともとあまり興味がなかった。それでもう来月83歳だもの。

滝川 でも忙しくなったというのは、作品を求める人がさらに増えたということでしょうか。

横尾 自分のしたいことしかしていないから、他の人の要望は関係ないですね。昔、日本の美術館は、展覧会をすると大体1点は買ってくれたものです。大きな美術館はひととおり展覧会をしました。僕のギャラリーは今、ニューヨークなんです。だから日本で発表する前に海外に行ってしまうんだよね。どこにあってもいいんだけど、国内で展覧会をしたい時に、海外にあると保険と輸送費がかかって集まりにくいのが問題。

滝川 日本でもっと見てもらいたい気持ちもありますか。

横尾 あるけれど、日本は絵を経済的な価値でしか判断しない人も多いから、一概には言えません。欧米ではコレクターが亡くなると美術館に寄贈します。美術館をサポートするコレクターや企業がたくさんいて、友の会みたいに予算を出し合って作品を買うんですよ。日本はそういう仕組みがない。むしろ資産として購入し、何倍にもして売るという発想になりがちで。アートがその犠牲になっているのは残念ですね。

窓から緑豊かな森を望める、陽光が差しこむアトリエにて。制作途中の作品が所狭しと並ぶ。

郵便局のアルバイトに今でも惹かれている

滝川 子供の頃から画家を目指していた、というわけでは、なかったそうですね。

横尾 絵は小さな頃から好きで描いていました。でも画家になりたいというのはなかったなあ。なにしろ過保護に育てられたから、自分の意思のない大人になってしまいました。仕事の売りこみもしたことないですね。郵便屋さんには憧れがあったけど。

滝川 郵便屋さん?

横尾 そう。高校生の時は郵便局でアルバイトしましたし、学校で郵便友の会を作ったり、国内外でペンパルを持ったり、映画スターにファンレターを書いたりもしていました。

滝川 返事は来ましたか?

横尾 ブロマイドを送ってくれました。エリザベス・テイラーは、僕が切手を集めていると書いたら、世界中から届いたファンレターの切手部分を切り取ってごっそりと送ってくれたんです。撮影中の映画のこと、趣味のこと、日本では桜が綺麗な頃でしょう、といったことも書いてくれて、嬉しくて。大人になって会った時その手紙を見せたら、驚いていました。切手とハガキのコレクションもたくさんありますよ。ポストカードは"滝"だけで1万6000枚くらいあります。

滝川 それはまた桁が違うというか。なぜ滝なんですか?

横尾 僕は夢からインスピレーションをもらうことが多くて。ある日、滝の夢を見たんです。写真集よりもポストカードの滝のほうが魅力的に思えて、アメリカの小さな骨董品屋のおばあちゃんに頼んで集めてもらったら、熱心に送ってきてくれて。

滝川 1万6000枚に?

横尾 300枚くらいでよかったんだけど(笑)。でもそれも別の作品になりました。豊島にもインスタレーションがあります。なかなか壮観ですよ。

滝川 今も電子メールより手紙のほうがお好きですか?

横尾 少し前までハガキの束を持ち歩いていたけど、最近は仕方なく手書き文字をアシスタントの子に入力してもらっています。ツイッターもそう。でも郵便には今も憧れがあって、年末に年賀状仕分けのアルバイト募集チラシを見ると、考えますよ。今はいているこのパンツも、三宅一生さんにいただいたんだけど、郵便配達の人のとよく似ていて、とても気に入って仕事着にしているの。郵便屋さんも横のステッチの入ったのを履いている。

滝川 徹底していますね!

横尾 郵便局員になって日曜画家として全国の風景を描く夢は実現しなかったけれど、郵便局の一日局長をしたり切手のデザインをしたり。郵政省関係で展覧会をやったり、ひととおりやれたのかもしれない。絵はまだまだこれから。2004年に見送った愛猫タマの絵も100枚描くと決めて、80枚まで描いたところです。もう少し。

滝川 猫ちゃんは、今は。

横尾 自宅に1匹、事務所に2匹います。子供の頃からいろんな猫と一緒に暮らしていて、みんな僕の先生です。これからもよく見習って、毎日を大切に遊んでいきたいですね。

TADANORI YOKOO
1936年兵庫県生まれ。5歳で絵本『宮本武蔵』を模写。高校時代より油絵を始め、将来は郵便屋さんが夢。45歳でニューヨーク近代美術館のピカソ展に衝撃を受け、デザイナーから画家に転身。国内外の美術館で多数の個展を開催。高松宮殿下記念世界文化賞、小説で泉鏡花文学賞、講談社エッセイ賞を受賞。


尽きることない創作意欲と活動
4月26日に発売された『豊島横尾館ガイド』¥2,000(河出書房新社)。「よく生きることは、よく死ぬこと」をテーマにして、豊島や瀬戸内海を壮大にコラージュする豊島横尾館の魅力を描いた決定版。豊島を含む瀬戸内海の12の島と2 つの港を舞台に開催される現代アートの祭典、瀬戸内国際芸術祭2019が春・夏・秋と開催中だ。
setouchi-artfest.jp/

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Text=藤崎美穂 Photograph=青木 渚 Hair & Make-up=野田智子



滝川クリステル
滝川クリステル
Christel Takigawa 1977年フランス生まれ。WWFジャパン 顧問。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 顧問。一般財団法人クリステル・ヴィ・アンサンブル代表。現在、『教えてもらう前と後』(TBS系)でMCを務める。2018年、2度目となるフランス国家功労勲章「シュヴァリエ」を受章。インスタグラム:@christeltakigawa
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