【連載】男の業の物語 第十七回『男の兄弟』


私は月に一度、ある雑誌のために盟友の亀井静香と時局について対談しているが、先月対談を終えた後、私の目の前で彼が他の人と電話で話し始めた。聞いていると誰かの葬式をいつにするかという相談で聞き捨てならず、誰のことかと質したら彼の兄さんのことだという。過日重症の脳梗塞で倒れ、数日前に危篤と聞いて見舞いに故郷に帰ったが、人工呼吸器で命をつないだもののもう限界で後はいつ装置を外すかの日取りの相談だという。

それから数日して彼から電話があり、今朝がた兄さんは亡くなったという。短い会話だったが、あの剛毅な亀井が涙声だったのに心を打たれた。

彼の兄さんというのは素晴らしい人物で旭化成の抜きん出たエリート社員で、時の社長は彼こそがやがての社長と嘱望していた存在だったが、弟が宮澤喜一などという下らぬ大物のいる選挙区から強引に立候補し苦戦の末当選したのを見て、弟を支えるために県議会議長相手に県議に立候補してしまい、会社の社長を落胆させてしまった。

弟思いの兄は高校時代、学校を批判しビラを配り退学させられた弟のゆく末を懸念して、兄に続いて東大に入った彼がこのままでは恐らく左翼運動に走るだろうと心配し、その予防のために彼を合気道部に入れてしまった。

その甲斐あってか彼は左傾せずに警察官僚の道を選び極左対策のエキスパートとなり、浅間山荘事件の折など犯人逮捕の突撃隊の指揮をとったりしたものだった。彼がここまでの人材となり得たのは偏にお兄さんのおかげといえるだろう。

血のつながった兄弟というのはどんなに親しい友達とも本質的に異なる存在だが、特に男の兄弟の関わりはえも言わず濃いものがある。

やくざの兄弟仁義なるものが何かはよく知らぬが、どんなに親しくとも女相手ではあり得ぬ心の行き来なるものがやはり男と男の間には歴然として在って、それが女の立ち入れぬ男の世界を構築しているのだ。

考えてみれば私たち兄弟も、肝心な時には別に声をかけなくても進み出て力を貸し合ったものだった。私の小説『太陽の季節』を日活から映画化したいというオファーがあった時、その交渉に弟の裕次郎が勝手に同席してきて、新人の原作料は規定で三十万円と決まっているという相手に、実は大映からもオファーが来ているとはったりをかまし、四十万円に吊り上げてくれたものだった。

そして私も弟の念願の自主製作映画『黒部の太陽』が五社協定という悪規定に引っかかり頓挫しかかっていると聞いて、私が顧問をしていた東宝に脅しをかけ、三船敏郎を出演させて事を解決し、製作を実現したものだった。

言ってみればプロレスの気の合った同士のタッグマッチのようなもので互いに人生を賭けた大事に、場合によれば自分を捨てても兄弟という人生のパートナーのために行動するというのは男の兄弟ならではのことに違いない。

参議院の選挙以来無敗できた私に、共産党の美濃部都政を倒すはずの自民党の候補が選挙寸前に辞退してしまい、かねて要望のあったお鉢が回ってきてしまい、敗北覚悟で都知事戦に出馬した私のために、弟はある日突然当時二億円の金をつくって持ってきて、これを使えと言ったものだが、私は必ず勝つから余計な心配は無用とそれを退けて追い返した。

そして「ああ、こいつはやはり俺の弟だな」としみじみ感じ入ったものだったが。これが女の兄妹だとそうはいくまい。だから弟が肝臓癌の長患いの末とうとう亡くなった時は、親が亡くなった時より身にこたえた。

私が日本の歴史の中でいちばん好きな兄弟は、陰謀で倒された父親の仇敵工藤祐経を討ち果たすために苦労を重ね、源頼朝の催した富士の裾野での巻き狩りの夜、嵐をついて陣営に乱入し仇敵を討ち果たした曽我兄弟だ。

その武勇を愛でた頼朝は生き残った弟の五郎を召し抱えようとしたが、兄の十郎がすでに討ち死にしたと聞いた五郎はその申し出を断り、その場でとらえられて斬首されてしまう。

世の中は険しく望むことをそう簡単に叶えてはくれぬもの、一人ではできぬことを他の人の力を借りて叶えるというのが世の常で、血のつながった兄弟こそが力を合わせて人生を切り開いていくのが人の世の摂理だろう。しかし最近では骨肉相食むという事例が多いのが現実だが。あの剛毅な亀井静香が兄さんの訃報を伝えながら流す涙の声を聞きながら私もまた、遠い以前に亡くなった弟のことを思い出さずにはいられなかったものだった。

第十八回に続く