女性生態学者 田邊優貴子を魅了する南極湖底の森 滝川クリステル いま、一番気になる仕事

初めて南極大陸に立ったのは2007年12月18日。南極と北極という極地を舞台に、生態系の進化の謎を解く鍵を求め、まさに体当たりで研究を続ける田邊さん。知的好奇心の極みともいえる、最果ての地で活動する情熱の源泉に迫る。

30億年前の原始の地球は南極の湖底にしかない

左:植物生理生態学者 田邊優貴子、右:滝川クリステル ドレス¥62,000(アドーア×レックス/アドーア TEL:03-6748-0540)、ピアス¥20,000(イオッセリアーニ/アッシュ・ペー・フランス TEL:03-5778-2022)

滝川 田邊さんは07年冬に南極観測隊の調査に初めて参加して以来、南極6回、北極4回観測に行かれています。私はずっと南極に行きたくて、お話をうかがうのが楽しみでした。でも申請も厳しいんですよね。

田邊 北極は行きやすいけれど、南極観測隊だと申請だけで1年かかりますね。日本の観測隊は毎回60人くらいのチームで、うち研究者は半分くらい。もう半分は医師や技術者、料理人といった専門家なんですけれど。

滝川 そういった専門家はどんな基準で選ばれるんですか?

田邊 企業契約と、あとは公募です。私の所属する極地研(国立極地研究所)のホームページ上で、毎年募集が出るんですよ。

滝川 研究者でも、希望者が全員参加できるわけではないでしょう。田邊さんが狭き門を通った理由は何だと思いますか?

田邊 「行きたい」という気持ちの強さと、目的が常に明確だからだと思います。研究者でもビジョンがなければ観光と変わらず、続きません。

滝川 田邊さんは南極・北極に生きる植物の生態学、なかでも南極の湖の生態系をご専門に研究されています。ご自身が撮影された湖底の写真を拝見しましたが、まるで別世界のようで。

田邊 南極の湖といっても、イメージしにくい方が多いかもしれないですね。ほぼ1年中、数メートルある分厚い氷に覆われているのですが、昭和基地の周辺だけでも大小100以上の湖があるんです。最終氷河期が終わった1~2万年前に誕生した湖で、外気温がマイナス40℃でも湖の水温は0℃以上はあります。かつて無生物環境だったところに生物が侵入して、長い時をかけて独自の生態系を築いている。その研究をしています。

滝川 トトロがいっぱいいるみたいな、幻想的な光景もあって。

田邊 それは昭和基地近くの湖ですね。苔(こけ)、藻といった植物とバクテリアや菌類がつくる、苔むした小さな森のような、緑色の不思議な世界。面白いことに、湖によって、生態系は全然違います。同じような環境変動のもと、同じような時間をかけて今にいたっているのに、異なる多様化のプロセスを歩んでいて、内陸のほうではきれいなピンク色の世界が広がっているんですよ。まるで宇宙に地球が誕生して、今のような生態系ができているのと同じ。湖のひとつひとつが個別の惑星のように独立して進化しているんです。

ここは田邊さんが撮影した南極の湖底。このタケノコ状の植物群落は、世界で初めて田邊さんが発見して話題となった。岩に藻類がはりついているわけではなく、内部まで植物(コケ・藻類・シアノバクテリア)とバクテリア・菌類でできている。

滝川 本のなかでも書かれていましたが、内陸の湖底を覆うシアノバクテリアは、約30億年前に初めて光合成をして酸素を作り出した生物だとか。

田邊 そうなんです。それまでの地球は二酸化炭素やメタンで覆われていました。でもシアノバクテリアが誕生し酸素を生んだおかげで、酸素呼吸の生き物が生まれ、陸に進出して、私たちもこうして呼吸しています。

滝川 つまり南極の湖は、約30億年前の原始的な地球の生態系に近いということですよね。

田邊 はい。そういう場所は南極の湖底にしか残っていません。私の一番の目標は、「なぜ生命が生まれ、生態系はどう発達したか」に迫ることなんです。生命の起源について研究している方は他にもいますが、大体実験室内での研究なんですね。そうではなく、原始的な地球に直接アプローチをしていけたらと。

滝川 田邊さんと同じテーマを追っている研究者は、他にいないんですよね。

田邊 と思います。14年の調査で、内陸の湖底に群生するシアノバクテリアを発見し、今は培養して生態を調べているところです。光合成をするような生物って、土壌や水中にある窒素源を栄養に成長するのですが、なぜ何もない場所に定着できたのか、とか。

滝川 どのくらいのことがわかっているんですか?

皇帝ペンギンはペンギンの中でも最大。体長で最大130cmにもなるんだとか

田邊 まず彼らはマイナスの温度でも成長できます。さらに空中にある窒素分子から直接栄養を取り込む特殊な能力があることもわかりました。太陽の光と水があれば、ゆっくりですが成長し、定着していけるんです。

滝川 もしかしたら、他の惑星でも生きていける可能性が?

田邊 条件が揃えば。地球の海底も、20億年から30億年くらい前は、シアノバクテリア帝国だったようですよ。

滝川 まさに生命の起源ですね。時間感覚がまったく変わりそう。

田邊 身近なところにも概念を変えてくれる生物はいて、例えば地衣類(ちいるい)という、藻類と菌類が共生している不思議な生き物がいます。日本でもよく、お寺や古びた塀にいるんですけど。

滝川 わかります、ちょっとカビみたいに見えるんですよね。

田邊 そう、白や緑の、ペンキのような。彼らは、1センチ成長するのに1万年かかることもあるんです。ゆっくり、ゆっくり、地味に生きてる。生産性とか効率とか関係なく、でも生きてるんですよね。じゃあ寿命って何だろうとか、生きるって何だろうとか考えて。それは南極でも日々感じることで、全部、自分に影響してきています。

夏の太陽で雪が解けると、北極の大地はフカフカのカーペットのようなツンドラが顔を出す。南極よりも気温が高いという北極には、なんと花畑が広がり、南から渡り鳥もやってくるという。だが、近年、北極の氷河は確実に後退・減少している。

滝川 ますます南極へ行きたい気持ちが強くなりました。どんな情報も、やはり直接、自分の目で見ないとわからない部分が多いと思うんです。いつか調査隊と同行したいけれど、田邊さんは南極にいる間、ほぼ野外調査されているんですよね。

田邊 はい。観測隊員の多くは昭和基地で生活しますが、私のような「生物」、それから「地質・地形」、「雪氷学」の研究者は、数十キロ離れた観測小屋やテントを拠点に、お風呂もトイレもない環境で約2カ月過ごします。

滝川 食事はどのように?

田邊 野外調査用に、牛肉15キロとか米60キロ、納豆1キロといった100品目以上の食材が配られ、交代で料理します。不満はないんですが、やはり基地に戻ってシェフの料理を食べると涙が出ます(笑)。一番恋しいのは、シャキシャキの生野菜。

滝川 隔絶された場所だから。

田邊 ええ、昭和基地と無線交信をする以外は、ネットもメールもできません。最初はやはり社会と離れる不安もあるんですけど、1週間もするとどうでもよくなります(笑)。それに、2カ月後に昭和基地に戻ってネットでニュースを見ても、意外と何も変わっていないんですよね。

滝川 調査隊以外に、例えば観光目的で南極に行く人も、増えてきているんでしょうか。

田邊 北極ほどではありませんが、人はかなり入ってきています。そして相当、外来種を持ち込んでいるようです。靴の裏に植物の種がついているとか。ここ数年は対策も厳しくなってきていますが、実際は個人の倫理観に依(よ)るところが大きいですね。純粋に自然が好きな人ばかりならいいんですけど。

滝川 人為的に生態系が変わってしまう可能性もあるわけですよね。そういった問題に関与されることもありますか?

田邊 直接関わることはありませんが、どんな対策を練るにしても基礎的な情報は絶対に必要なので、そういった面で貢献していけたらとは考えています。

滝川 連携が大切ですね。メディアの報道でも、時間の制約もありすべての問題点を一度に取材することは難しい。だからこそ自分の目で確かめると同時に、現場を知る方の意見に注意を払い、より広く実態を伝えられるようにしていきたいです。

田邊優貴子 著 文一総合出版 ¥2,400

『北極と南極 生まれたての地球に息づく生命たち』
北極と南極の違いはもちろん、極地で生きる鳥類や植物などが美しい写真とともにイラストを交え、語られる。さらに現地での生活や決まりごとなど、ひと味違う情報も掲載。老若男女が手にすべき1冊。

Christel's Times Monthly Column

私も出品しました。もれなくサインつき(笑)。他にも多くの方々に出品のご協力をいただきました。

2月22日から1週間、「Yahoo! 猫の日特集」で財団のチャリティーオークションを開催しました。多様な意見に触れられたのも、新たな試みならでは。ただ最近の猫ブームの再来には、大きな危機感を覚えているんです。いつもペットブームの裏には売れ残ったり捨てられたりしている犬猫がいて、この1年の猫だけの殺処分数は犬の3倍以上である79,745匹に。ペットショップに行かずとも里親を待つ猫はたくさんいます。もっと声をあげていかねばと強く感じました。

Christel Takigawa
1977年フランス生まれ。『グローバルディベートWISDOM』(NHK BS1)ほかに出演。WWFジャパン 顧問、世界の医療団 親善大使。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 顧問。一般財団法人クリステル・ヴィ・アンサンブル代表。
http://www.christelfoundation.org/

Yukiko Tanabe
1978年青森県生まれ。植物生理生態学・陸水学者。国立極地研究所生物圏研究グループ・助教。2007年から翌年にかけて、第49次日本南極地域観測隊に初参加。以降南極・北極に生きる植物と湖を対象に生態学的研究を精力的に行う。14年文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞。


滝川クリステル
滝川クリステル
Christel Takigawa 1977年フランス生まれ。WWFジャパン 顧問。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 顧問。一般財団法人クリステル・ヴィ・アンサンブル代表。現在、『教えてもらう前と後』(TBS系)でMCを務める。2018年、2度目となるフランス国家功労勲章「シュヴァリエ」を受章。インスタグラム:@christeltakigawa
気になる方はこちらをチェック