【連載】石原慎太郎 男の業の物語 第二十四回『男と金の関わり』


男に限らず誰しも金に関わりない人生の問題などあり得ない。

しかし、その関わりようによってその人間の品格が問われ、人生そのものが左右されもしかねない。大金持ちが必ずしも卑しい人格とは限らず、例えば金権政治で天下を制した田中角栄は決して品性下劣な人ではなかったし、角さんの金にむしゃぶりついていた側近たちのほうが卑しく、金づくりの天才でもあった角栄のほうが金銭には恬淡としていた。なにしろ彼が十代でつくった建設会社が二十代のはじめには日本での大手五十社に入る売り上げを記録していたほどなのだから。

あの天才のつくりだした金の相伴にあずかりながら彼を裏切った相手を角さんは許さなかったが、それは当然のことだろう。

しかし大方の政治家は金には苦労し、その苦労がその人間の性格や品格まで決めてしまう例には事欠かない。

私の政治家としての体験の中で対照的な人物が二人いた。

その一人はかつて三木派の後を継ぎ河本派を主宰し総裁選にも挑んだ河本敏夫と、彼の金の相伴にあずかっていながら仲間を裏切った中川一郎だ。

私が河本に敬服したのは大平政権の時、反大平連合が造反を企んで四十日抗争なるものが起こり、揚げ句に事の弾みで内閣不信任案なるものが成立してしまい解散とあいなった。

その直後、反大平連合が衆議院内のある部屋に集まり、次の選挙には新党で臨むしかないと気勢を上げていた時、私の向かい側に座っていた河本氏の恬淡とした表情を見て、私は感心させられた。

というのは、それまで彼は次の総裁選に備えて党則にのっとって彼を支持する党員を集めるために彼の母校の、最大数の卒業生を持つ日大の出身者たちを、彼が党費を立て替え党員に仕立てて勝つ目論見で、膨大な金を使って態勢づくりをしていたものだった。

しかし解散総選挙となり党を分裂させ新党で出直そうということで仲間が大挙して集まっている今、彼がそれまで党員獲得のために使った莫大な金は木の葉に化けてしまったわけで、それでもなお表情ひとつ変えずに座っている男の度胸に、私は男として共感していた。そして年来の親友だった中尾栄一を呼んで河本を指さし、この次は皆で彼を推輓しようと約束し合ったものだった。

しかし自民党の分裂を恐れた財界が決議し圧力をかけてきて分裂は阻止された。

その後の総裁選の際に私は中川派の幹事長として中川を説得し河本を推すことに決め、そのことを年来の知己だった河本派の海部俊樹に伝えてやった。彼は喜び、さっそく河本に会ってくれと頼んできたが、私はいちおう派の長である中川を立てて彼を呼んでの約束の確認を建言した。そして次の総裁選には中川派の七人は私の立案通り河本に投票した。

ところがこの経緯にはとんだ後日譚があったものだった。

河本氏も身罷り、中川も不思議な死を遂げた後、私の家内が、私の品川の後援会長の一族で、私の媒酌で子供たちが結婚し親戚となった中川の北海道での有力な後援者の、ある観光会社の社長に招かれ旅行した時、話題が何かの弾みで自民党の総裁選になった際、その社長が「いやあ、自民党の総裁選というのはたいへんな金がかかるものなんですね」と慨嘆し、中川自身から河本を推した時、中川派七人宛て一億ずつの金をせしめたと豪語していたと打ち明けられたそうな。そして、その金を彼は独り占めし、仲間には一〇〇円も配りはしなかった。

それを家内から聞かされた時、私は心の芯から白けた思いだった。

その後、中川が札幌のホテルで怪死した時、なぜかそのことを思い出させられたものだった。あれは経緯からして金か利権に絡んだ殺人に違いない。

さらに後日、ソビエトに改革が起こり、グラスノスチなる機密文書の公開が行なわれ、その中に中川のサハリンの原油採掘に関する利権の闇取引の資料が露見し、どこかのテレビの『驚きももの木二〇世紀』なる番組でコメントを求められた時、私はいっそう白けぬわけにはいかなかった。

一度は見込んで苦労して総裁選にまで出してやった中川という男との友情が泥にまみれた雪解けの雪みたいに汚れて消えていくのを、どう防いでいいのか分からぬ思いでいたものだ。

金はまさしく魔物だ。その扱いしだいで人間の矜持も友情も簡単に売り飛ばされてしまう。しかし、金の魔の手にかかるかからぬは所詮その人間の品格と矜持の問題だろうが。

私も後年、中川派の後始末で小さな派閥を抱え苦労したが、金をもらう側と配る側では気持ちがこんなに違うものかとしみじみ悟らされたものだ。

ある時、季節の小遣いを配った後その日の国会が流れたと聞いたのでゴルフにでも行こうかとつぶやいたら、仲間の何人かが一緒に行きたいと言う。しかたなしに同伴させたらスタート時にホールマッチで賭けたいというので頷いたら、鶴ですか亀ですか、と聞く。鶴は千円で亀は一万円ということで、ついさっきもらった金でゴルフに賭けるという魂胆にはうんざりさせられたものだったが。

         二十五回に続く

石原慎太郎
石原慎太郎
Shintaro Ishihara 1932年神戸市生まれ。一橋大学卒業。55年、大学在学中に執筆した「太陽の季節」により第一回文學界新人賞を、翌年芥川賞を受賞。ミリオンセラーとなった『弟』や2016年の年間ベストセラー総合第一位に輝いた『天才』、『法華経を生きる』『老いてこそ人生』『子供あっての親-息子と私たち-』など著書多数。
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