俳優・別所哲也が、20年間も映画祭をやり続けられた理由(後編)

この6月に開催される米国アカデミー賞公認・アジア最大級の国際短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル&アジア」。25分以内のショートフィルムのみを扱う異色の映画祭だが、ここで選ばれたグランプリ作品が米国アカデミー賞短編実写映画部門を獲得するなど、国際的な舞台への登竜門ともなっている。1999年、上映作品33点で始まった映画祭は、今年、応募数10000点以上、上映作品は約250点にまで拡大。世界でも稀にみるこのイベントを立ち上げ、ここまでに育てたのは、俳優の別所哲也だ。

映画祭が発信するのは、日本の価値観

自身が何者であるのか、どんな価値観を持っているのか。それをはっきり示さなければ、日本以外では認めてはもらえない。立ち上げたばかりのショートショートフィルムフェスティバルにおいても、そうしたことを意識させられることは多かった。

「海外の人たちが"黒澤明の次は誰か?" "キタノやミイケはどうなんだ?"と尋ねてくるとき、彼らは"その先には何があるのか"ということも含めて知りたいんですよね。でも日本人はそういうことを語ってくれないし、語ることができない、と。もっと言えば、日本人が外の世界を見た時に、何を価値として認めるのかも、海外の人にはまったく見えてこない。ふわっとした総体としての理解はあるんですよ、"ドラえもん"とか"マンガ”とか。でも個々の人間と話してもその価値観や好みがまったく見えないから、不可思議な集団行動としてしか伝わっていかないんです」

この映画祭において、審査員が選ぶグランプリが、観客が選ぶオーディエンス・アワードが、どんな作品に与えられるのか。それを世界に発信することで、日本人の視点や価値観を発信してゆけるのではないか。それによって日本の存在感を、より世界に示せるのではないか。本来のそうした目的を常に頭に置きながら、映画祭は発展を遂げてゆく。

ショートフィルムをキーワードに時代が集約してゆく

懸命に作ってきた1年が積み重なり、ようやく中長期的なビジョンを描ける余裕が出てきたのは、アカデミー賞公認の映画祭となった’04年。コンペティション部門の創設、アジアの作品限定の「ショートショートフィルムフェスティバル アジア」の同時開催、スカラシップの導入など、ショートショートフィルムフェスティバルは“いわゆる映画祭”らしい体裁を獲得してゆく。

2004年、LA開催にて、ロジャー・ドナルドソン(左)とコリン・ファレル(右)と。

「個人が手軽に使える機器の発展とか、YouTubeなどネット上の動画配信プラットフォームの整備とか、ショートフィルムによる動画マーケティングを取り入れる企業や団体の増加とか……僕からすると、時代がショートフィルムをキーワードに集約してゆくような感覚があって。すべてが追い風になったような気がします」

だがその一方で、通常の映画祭であれば考えられない大胆な発想も多い。最たるものは、別所自身が「パンドラの箱を開けた感じ(笑)」と語る、2014年からの「上映の無料化」だ。

「事業が中長期的な発想になったときに、映画祭についての考え方が少し変わってきたんです。それは単にお祭りをやるだけでなく、集まった作品を世に出してゆこう、そのためのビジネスプラットフォームを作ろうというものでした。そうした流れの中で、オウンドメディアへの作品への貸し出しなどで収益を得る仕組みが少しずつできあがっていったんです。そうなると今度は、映画祭のイベント自体で収支を立てることがナンセンスじゃないか、そういう時代じゃないんじゃないかという気がしてきて。ならばいっそ映画祭での鑑賞は無料にして、その出会いが配信の収益につながってゆくほうがいいんじゃないかと。確かに20世紀型の映画祭の経営上にはなかった発想ですが、ネットワークの世界観で上手くやっていく方が自分たちにはあっているし、楽しいのではないかと思ったんですよね」

日本の物語を世界に発信する新プログラム「ブックショート」

もとより、「20世紀型の映画祭=ランキング機関」のようなあり方に、この先10年も居座ろうとは思っていない。ライバルと目するのは、アメリカのオースティンで毎年3月に開催されている「SXSW(サウス・バイ・サウスウェスト)」。音楽、映画、ネット関連技術、ビデオゲーム、家電見本市などあらゆるジャンルを巻き込んで、毎年拡大し続けているイベントだ。

「サブカル? エスタブリッシュ? どっちでもいいじゃん! ジャンル? 関係ないよ! みんな一緒にやろうよ! っていう既成概念にとらわれず、直感的に面白いことが起きそうだな! という自由さ。そして跳躍力。すごいなと思います、僕ら日本人には足りないものだなあと(笑)。でも思えば最初に心を奪われたサンダンス映画祭は、そういうものだった。スパイク・リーが地元のおばちゃんに“あんたの映画面白くない”って言われて“すみません”って謝っている、社会的立場も何も関係ない、あのノリです。ショートショートフィルムフェスティバルはそういうコミュニケーションの場でありたい。僕はショートフィルム自体があらゆるジャンルに広がっていける可能性を持ったものだと思うし、負けていられないなと」

環境、ミュージックビデオ、CGアニメ、観光、テクノロジー、戦争と平和、ファッション……その言葉を裏付けるような特別プログラムのバラエティには枚挙にいとまがない。既存の物語を二次創作した短編小説を映像化する「ブックショート」部門は、3年前に始まった最も新しい部門のひとつだ。

「海外から見ると、日本は物語の宝庫。マンガやアニメ、純文学はもちろん、昔話から民話、落語まで、奇想天外な物語がたくさんある。例えばシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』を、現代版にして映画で蘇らせたように、そうした物語を自分たちで開発して世界に発信してゆかないのはもったいない。例えば去年の作品では、芥川龍之介の『鼻』に着想を得て、「ハナ」という名前の女の子が胸が大きくなって困るという物語を作っています。そういう発想の集積回路を作り、映像化して発信したら、世界が面白がってくれるんじゃないか。もしかしたらそこからハリウッド超大作や、Netflixの次の作品が生まれるかもしれない」

新たなイノベーションは、ショートフィルムがつなぐ街

「俳優なのに何やってんの?」と周囲に言われ続けた20年前、だが別所にはその当時から「きっと成功する」という直感があった。

「20年前、サンダンス映画祭に行った時、シリコンバレーの連中が5000ドルの手形を切って、ショートフィルムメーカーを口説いていたんです。“君の作品を1年間だけ、僕らに預けてくれ。悪いようにはしないから”って。彼らは今でいうYoutubeのような、動画配信プラットホームの起業家たちだった。もしかしたら、映画映像のメディアが変化した時、ショートフィルムはコンテンツの主役になりえるんじゃないか。表現としてもビジネスとしても動いていくんじゃないか。そんな光景を目の当たりにして、ざわざわしたものは感じていましたね」

そして新たな節目を前に別所が目指すのは、さまざまな会社や団体、業界と手を取り合い、ショートフィルムを通じた映画配信事業を、世界的なマーケットで展開してゆくこと。刻一刻と変化してゆくネットのビジネス環境のなかで、コンテンツの供給者として、常に中心的な存在を果たしてゆくこと。そして次の10年、新たな時代のイノベーションへと夢は広がっている。

「実は『ブレードランナー』に出てくるような街を日本に作りたいなと思っているんです。デジタル・サイネージ(電子看板)と情報とコンテンツがあって、それによって人がハッピーになれるようなリアルサイトを。ここからの10年で一番実現したいのはそれですね。その頃までには、ショートフィルムを介して、あらゆるものをジャンルレスにつなげてゆきたい。そもそも原宿・表参道で生まれたストリートカルチャーですから、その身軽さを失わずに、今後も進んでゆくつもりです」

【前編】はコチラ


SSFF & ASIA とは?

ショートショート フィルムフェスティバル & アジア(SSFA & ASIA)は、米国アカデミー賞公認の国際短編映画祭。ショートフィルムとは長いもので30分前後、短いものはわずか1分ほどの映画作品のこと。SSFF & ASIA のオフィシャルコンペティションでは、25分以内の作品を公募の条件とする。短尺とはいえ、ドラマ、アニメーション、ドキュメンタリーなど多彩な持ち味の作品があり、短い尺だからこそできる映像表現や、ウィットに富んだ物語が魅力。また、ショートフィルムは若手映像作家が力を養うためのフォーマットであり、映画祭はまさにその登竜門といえる。今年は20周年を迎え、6月4日より24日まで「Cinema Smart」をテーマに開催される。

20周年を迎える今年の「SSFA & ASIA」の情報はこちらから

Tetsuya Bessyo
1965年生まれ。'90年、日米合作映画『クライシス2050』でハリウッドデビュー。その後、映画・ドラマ・舞台・ラジオ等で幅広く活躍中。「レ・ミゼラブル」「ミス・サイゴン」などの舞台に出演。'99年より、日本発の国際短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル」を主宰し、文化庁長官表彰受賞。観光庁「VISIT JAPAN 大使」、映画倫理委員会委員、外務省「ジャパン・ハウス」有識者諮問会議メンバーに就任。日本を発信する日本人の一人に選出される。

Text=渥美志保 Photograph=尾崎 誠