なにを悩むかによって、自身の内面を新たにしていく。ドリアン助川【ゲーテの名言⑯】

世界的文豪、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ。作家のドリアン助川さんは言う。ゲーテの言葉は「太陽のように道を照らし、月のように名無き者を慰める」と。雑誌『ゲーテ』2008年6月号に掲載した、今こそ読みたいゲーテの名言を再録する。
      

問題の選びかたにこそ、その人がどういう人物であるか、どういう精神の持ち主であるかがあらわれる

――『ゲーテとの対話』より

問題の選び方。これは、なにを悩むかということにも通じている。悩みのない人はめったにいないが、悩みどころはそれぞれ違っている。家族のことや部内の人間関係ばかりで頭がいっぱいの人。世界の不均衡や暴力について嘆きながらも、身近な人物の悲鳴はまったく耳に入らない人。問題の選択と悩みは、まさにその人自身を表している。

となれば、逆手にとるという意味で、なにを問題とするか、なにを悩むかによって、自身の内面を新たにしていくことは可能だ。

そこでお勧めなのがちょっとした頑張り。

私の高校時代の数学教師もちんぷんかんぷんな問題を黒板に書きながら、「君たちは若干難しい問題の時にいい顔になる。きっと、伸びているのだろう」と、ご満悦であった。

ふっ。それは勘違いというものだと思いますけどね。

ただ、その図式でいくなら、問題の選択と悩みのスケールを地球規模に拡大し、なおかつ生活をしている人間の声から離れないことが、より魅力的なあなたを育てる。その妙法は、外国に友人を持てということだ。インターネット上でのやり取りもいいが、たまには肉筆で手紙をくれるぐらいの大人がいい。

私にも幾人かいて、たとえばそのうちの一人は、ブルックリン在住の売れない作家だ。高いところからかなり低いところまで互いの胸のうちを語り合える仲だが、彼はアフリカ系アメリカ人なので、あの大陸で先祖代々が経験的に抱え込んでしまった、決して消えないもやのような不定愁訴にいつも苛まれている。言葉はたいていウエットであるし、希望を語る時はどこかに強ばりを感じてしまう。それは理解できる部分もあるし、山際の日没で一瞬垣間見える木々のシルエットのように、その時を逃してしまえばもうわからなくなる吐息も含まれている。

だが、彼からの手紙には確実に、地球の裏側で懸命に生きる一人の人間の思いと、ブルックリンのさびれた街の匂いが詰まっている。

「公園からツインタワーのシルエットが見えなくなって、もう十年になる」

こうした書き出しの彼の吐露に寄り添うことにより、私の想像力もまた、マンハッタンを遠くに臨むその視線に近付こうとする。

私にはこの種の脳の使い方があるので、外面ほどには中身は老けていないはずだ。勘違いかもしれないが。

世界全体のことを問題として捉えられ、一人の人間の声も受け入れられる間、人は決して老い込まない。

――雑誌『ゲーテ』2008年6月号より


Durian Sukegawa
1962年東京都生まれ。作家、道化師。大学卒業後、放送作家などを経て'94年、バンド「叫ぶ詩人の会」でデビュー。'99年、バンド解散後に渡米し2002年に帰国後、詩や小説を執筆。2015年、著書『あん』が河瀬直美監督によって映画化され大ヒット。『メキシコ人はなぜハゲないし、死なないのか』『ピンザの島』『新宿の猫』『水辺のブッダ』など著書多数。昨年より明治学院大学国際学部教授に就任。