ムロツヨシのカッコ悪い捨て身の営業 ~滝川クリステル いま、一番気になる仕事~

独特の存在感で唯一無二の魅力を放つ喜劇役者、ムロツヨシさん。人生のどん底を味わったからこそ、常にプラスに考えて生きる姿そのものがまるで喜劇のよう。周囲に愛されるその理由に迫ります。

「勝負の仕方を変えたら、暗黒時代から抜け出せた」

ムロ 柴咲コウさんに「今日、滝川クリステルさんと対談なんだ」って話したら「えー何、また文化人っぽく撮ってもらうんだ(笑)」って、いたずらっぽい顔で軽くディスられました(笑)。

滝川 そういえばコウさん、ムロさんのつくる「ムロ鍋」が美味しいって言ってましたよ。

ムロ 大河のメンバー、よくうちに来てくれるんです。寂しがり屋だから、しょっちゅう人を呼んでいるんですよ。

滝川 シリアスな役柄もこなされていますが『俳優』ではなく『喜劇役者』なんですね。

ムロ 4年くらい前から、自ら率先してそう名乗るようになりました。自分で言う人、いないですよね(笑)。「笑わせる役者じゃありません、喜んで劇をする役者なんです」と言って、ハードル下げてるんですけど。

滝川 私が初めてムロさんを知ったのは『しゃべくり007』なんです。芸人さんのなかでずっとひとりで喋っていて、みんな大笑いしていて。「この人、何者なんだ?」って。

ムロ 緊張すると喋っちゃうんです。間(ま)が怖くて。

滝川 芸人を目指そうと思ったことはないんですか?

ムロ ないです。芸人さんには憧れもリスペクトもあるんですが。でも役者はなりたいとも、なれるとも思ったんですよね。

滝川 19歳の時に東京理科大学を中退して、演劇の世界に入られたと聞いています。

ムロ 10代の頃は特に目的もなく、ただ偏差値の高い大学を目指したんです。4歳の時に両親がいなくなって親戚に育ててもらったので、「育ててよかった」と思ってもらいたくて。親戚は皆自営や職人で、大学行ったの、おそらく僕が初めてでした。でも志ある同級生と出会い「自分が本当にやりたいこと」を考えるようになり......。それと、うちは優しい家庭だったんですけど、成功した人に対して「運がよかった」「境遇に恵まれていた」とまとめてしまう傾向があったんですね。僕はそれがちょっと嫌で。運や境遇に関係なく、自分で好きな仕事を選んで自由に生きたかった。その頃、深津絵里さん見たさで行った舞台で、段田安則さんの演技を見て「自分もあちら側に行きたい」と思ったのがきっかけです。

滝川 大学をやめることに、反対はされませんでした?

[滝川クリステル] 心地よい距離感と安心感のある話し方。皆さんから愛される理由がわかります。

ムロ 経済的な事情もあったり、「すぐ役者になれる」という根拠のない自信に満ち溢(あふ)れていたため、友人たちの反対意見にも耳を貸さず......。それが8年におよぶ暗黒時代の始まりでした。

滝川 その頃から喜劇役者を目指していたんですか?

ムロ いえ、トレンディードラマ世代なので、役者といえば斜に構えたカッコいいイメージで、元々はそうではなかったんです。でもオーディションには落ち続け、一人舞台をやっても誰も笑ってくれない。24、25歳の時、役者仲間を4人集めて劇団を主宰したこともあるんですけど、旗揚げから半年で全員に「もうムロとはやりたくない」と言われて喧嘩別れ。散々でした。

滝川 喧嘩は何が原因で?

ムロ 「食える役者に早くならなければ」と焦って、趣味的に芝居を楽しんでいたメンバーを無理に引き上げようとしちゃったんです。うっかりそこで成功してたら、押しつけがましい人間になってたと思う。でもひとりになって「ひとりじゃ芝居はできない」と身にしみました。

滝川 コミュニケーションの取り方も変わりましたか。

ムロ 変わりましたね。圧や熱量だけでは人はついてこないと学びました。そして26歳になっても、オーディションには受からない。自分には才能がない、ということを、痛烈に自覚せざるをえなくなった。それでも「役者を続けたいですか?」って自分に聞くと「やりたいです」って答えるんです。ならやり方を変えよう。カッコつけてないで、捨て身の営業活動をしよう、と完全に方向転換することに。

滝川 どんな営業ですか?

自分が芝居しているところを見てもらう場『muro式』

ムロ 小劇場界隈の人間が集まる飲み会に行って、とにかく「僕を使ってください」と売り込む。それをほぼ毎晩やってましたね。「カッコ悪いな」と面と向かって言われたことも何度もありましたし、凹むこともありましたが、使ってもらわないことには、何も始まりませんから。

滝川 その行動が実って、27歳で映画に初出演されるんですね。

ムロ 奇跡のように嬉しかったです。でも続けて仕事が来るわけでもなかったので、引き続き営業をしながら、32歳で『muro式』という舞台を立ち上げました。自分が芝居しているところを見てもらう場をつくらなきゃ、と。芝居の楽しさに気づいたのも、この頃だったかもしれません。喜劇役者の話につながるんですが、人が笑ってくれることにやりがいを感じられるようになったというか。最初は空席だらけでしたけど、テレビに出させてもらうようになって少しずつ興味を持ってくださる方が増え、3年くらい前に初めて満席になりました。来年の春で10年目になります。

滝川 それだけ続けてこられた理由、ムロさんの演技の強みって、何だと思いますか?

ムロ 自分発信で失敗した数、惨めな思い、さんざんスベった恥ずかしい思いは、同じ年代の役者さんには負けないくらいしているつもりです。「もっと出せ」と言われるだけ、さらけ出してみせる。そこですかね。

滝川 今まさに自分の力で好きな仕事をされていますが、言われて嬉しかった言葉って、何かありますか。褒め言葉とか。

ムロ うーん。パッと浮かんだのは、小学校3年から一緒にいる友人です。そいつ、いっさい褒めないんですよ。何も変わらない。「どうせ一生やるんだろ、もっと上を目指すんだろ」って思ってくれてると、勝手に解釈してるんですけど。それが嬉しいのかもしれない。つまらない芝居は見せられないなと思います。

滝川 ずっと黙って見守ってくれている存在なんですね。小学校3年からって長いなあ。

滝川さん、大丈夫って言ったよね!

ムロ 彼には借金もかなりしているんです。30歳を機にバイトもやめましたから、ホントいろんな人に奢(おご)ってもらいながら食いつないできて。やっと今返せるようになってきたところなんですが、彼は受け取ってくれないんですよ。前に「金を返すよりも、いつかうちの家族4人を手ぶらでハワイに連れていってくれ」って言われたので、いずれやってやろうと思うんですけどね。でも最近、ギャラ教えろとか言うようになったな(笑)。

滝川 そろそろハワイに行きたいのかも(笑)。

ムロ とはいえ、まだまだ新しいことをやっていきたいので、安定を捨てる勇気もどこかで持っていないといけませんね。

滝川 これだけの経験と覚悟があれば、大丈夫でしょう。

ムロ 本当に?

滝川 え?

ムロ もし安定を失ったら、会いに行きますからね。テレビ局の前でボロボロの服着て出待ちして「滝川さん、大丈夫って言ったよね!」て叫んでやる。

滝川 わかりました(笑)、その時は奢るから大丈夫!

ムロ 奢ってくれるんだ、すげえ(笑)。そうならないようにがんばります。10年後にまたぜひ対談してください。今の僕は「喜劇」を「ハッピーエンド」と捉えています。10年後にはこの考えも、好きな自分の在り方も変わっているかもしれません。でも41歳の僕は、いろいろあっても最後はみんな笑っていられるような、そんな何かを作っていける「喜劇役者」でありたいなぁと、そう思うんです。

Murotsuyoshi
1976年神奈川県生まれ。東京理科大学在学中に役者を志し、99年に作・演出・出演を行ったひとり舞台で活動を開始。映画、ドラマ、舞台など幅広く活躍中。4月から始めたインスタのフォロワーはすでに82万人を突破し人気を博す。

Text=藤崎美穂  Photograph=Ryugo Saito  Styling=吉永 希、森川雅代(ムロさん)  Hair & Make-up=野田智子、池田真希(ムロさん)

*本記事の内容は17年7月取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい。 14年4月以降の記事では原則、税抜き価格を掲載しています。(14年3月以前は原則、税込み価格)

滝川クリステル
滝川クリステル
Christel Takigawa 1977年フランス生まれ。WWFジャパン 顧問。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 顧問。一般財団法人クリステル・ヴィ・アンサンブル代表。現在、『教えてもらう前と後』(TBS系)でMCを務める。2018年、2度目となるフランス国家功労勲章「シュヴァリエ」を受章。インスタグラム:@christeltakigawa
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